139.ドライバー
アキノさんからはすぐに許可が下りた為、僕達は早速A05区画へと急いだ。
A05区画は食料庫だという。ちなみに、数年前にアキノさんが迷い込んだときにはほぼ空っぽの状態だったので、昔の用途は不明らしい。深く考えずに食料庫として使い始めたので、元々あった物に関しては一切触れていないとも言っていた。
辿り着いた部屋は、アキノさんの言う通り食料庫として使われており、パネルを調べようにもどこにあるのかが分からない状態。そもそも僕が想像しているパネルと皆が想像しているパネルのイメージは一致しているのだろうか。
「パネルといえば薄くて……物によっては正方形だったり写真とか絵が描いてあるあれよね?……見当たらないけど」
どうやら僕が想像している物はヴィオラと同じの様だ。でも彼女の言う通り、この部屋にはそれらしい物が一切見当たらない。食材が山積みになっているから見つからない……と言う可能性もあるけれど、そもそも壁も床も天井も金属で出来ていてパネルらしい物は何も飾られていない。
唯一あるのが、アキノさんから聞いた「開かずの扉」だ。
開かずの扉の前に立ってもうんともすんとも言わない。この部屋の入り口の扉も含めて、この施設の扉は全て横スライド式の自動扉になっている。センサーの様な物があるのだろう、人が近付けば勝手に開くシステムだ。ちなみに手動に切り替える事も出来るので、動力切れや故障時にも安心な仕様。ただ、この扉は手動で横に引いてみてもやはりびくともしない。まさに「開かずの扉」だ。
「うーん……ただの扉……だよね?」
扉の向こうを覗こうにも、現実で良くガラス窓がついている部分は金属で覆われている。でもこの扉の先もA05区画だったら、捜し物はそちらにある可能性もある。開けない訳にはいかないよね……。
念の為一度A05区画から外に出て開かずの扉の方向を確認してみた。A05は角部屋で、扉の方向は通路になっている様だ。食料庫の端と、通路の間には人二人分程度のゆとりがあるので、確かに小部屋の様な物があってもおかしくはないかもしれない。
「この扉の向こうに手がかりがあるのかな……」
「その可能性はあるわよね。困ったわ」
「破壊出来るか試してみるか?」
ガンライズさん、たかしくん、バッカスくんの三人は腕の見せ所とばかりに準備運動をしている。でも急にここだけ力業というのも何となく違和感。扉を開ける手立てがありそうな気はするけれど……。
「ちょっと待って。念の為、扉その物を調べてみたい。単に動力切れなら手動で開く筈だし、それすらも出来ないというのはある意味ヒントだと思う」
マッキーさんが三人を制止し、扉に近付く。扉を撫でたり軽く叩いたり、観察しながら色々試している様だ。
その様子を見ながら、僕は僕でやれる事をしようと思い直す。床や天井、壁に関してはパネルはなさそうだけれども、食料を置いてある棚に隠されている……なんて可能性もあるかもしれない。
棚自体は室内同様、金属で出来たラックだ。今の住人達からしたら贅沢な使い方なのかもしれないけれど、古代人達にとっては最も原価や加工コストに見合った材料だったのだろうなあ。日記によれば施設内に鉱山も生み出したらしいし、むしろ木材の方が育てるのに時間がかかる分高価だったのかも。この辺りの地域に至っては砂漠だったのだから尚更かな。
よくよく考えてみれば、多分だけど書斎にあった本も紙ではなかった様な。あのちょっとざらざらした質感は、僕にとってはなじみ深い、石灰石とかプラスチックを元にした紙の様な素材だと思う。個人的な話だけれど、何故かアイディアってお風呂に入ってるときに限って湧いてくるからね。耐水性もあってお風呂で書けるから紙のメモ帳よりも重宝するから、僕は好みだったりする。
「ああ……なるほど。皆ちょっと来てくれる?」
僕が脳内で変な事を考えている間に、マッキーさんが何かを発見したらしい。役に立たなくて申し訳ない……。
「扉の開け方はまだ分からない。というよりもこれが本物の扉なのかも自信がなくなってきた。けどガラス窓が嵌まりそうなこの部分が気になるんだ。ガラスの代わりに金属が嵌まってるよね? わざわざ金属をはめるくらいならわざわざここをくり抜いて同じ金属を嵌める必要はなかったと思うんだ。つまりこれって……」
「「あ」」
「……もしかしてこれがパネル?」
「じゃないかと僕は睨んでいる。音的にもね、多分この中に何かがありそうで」
「でも外れないわね。しっかりネジで留まってる……ドライバーがどこかにあるのかしら」
「この部屋にはそれっぽいのは見当たらなかったけどなあ」
「とりあえず誰かに聞いてみるか? まあここの住人が『ドライバー』って言葉を知ってるかどうかも怪しいが」
「正直余り金属に馴染みがなさそうだものね。一応聞いてみましょうか」
「それじゃあ僕は土魔法と火魔法でドライバーが作れないか試してみるね。耐久力はなさそうだけど、慣れればすぐ作れそうだから」
「それは良いですね。僕も試してみましょう」
「それじゃ、二手に分かれるって事だね。ドライバー作成組は上手くいったら教えてね!」
大半のメンバーは住人達にドライバーを貸してもらえないか聞きに行った。僕とマッキーさん、オーレ君は居残ってドライバー作り。同じ魔法系でもえいりさんだけは天族の制限上、土属性も火属性も使えない為、残念そうに去って行った。天族と地族はちょっと癖のある種族なんだなあ。ああでも、有翼種だから練習さえすれば空が飛べるのというのは楽しそう。僕もやってみたい……。
「ネジ穴に合わせて土魔法でドライバー本体を作って……、乾燥は風魔法かな。うん、見た目は良い感じ。あとは火魔法で焼いてみて……と」
厳密には土の種類や焼成温度と焼成時間によって耐久性が全然違うらしい。けれどここはゲームの中だし、魔法はイメージが大事と言っていたので強度に関してはある程度の補正が効くと信じている。
「あ、魔法を使って焼いても陶芸熟練度が上がるんだ。興味深い」
「その様子じゃ蓮華さんは陶芸も得意みたいですね? 僕は全然駄目で、ボロボロに崩れるか割れるかの二択です」
「得意って程じゃないけど、料理関連でちょっとかじってみた事はあるので」
やっぱり料理に凝ると、それを盛る食器もこだわりたいと思うよね? きっと料理好きで陶芸にも手を出した人は僕以外にも居る筈。
「とりあえず出来上がったこれで試してみますね。失敗しても割れるのはドライバー側で、ネジの方に影響はないと思うので。……多分」
二人は頷いて僕の作業を見守っている。試作品を作るのにそこそこの時間がかかったけれど、住人へ確認しにいったメンバーは誰も戻ってきていない。やっぱりこちらでどうにかするしかない様だ。
「どれどれ……、あ、慎重に回せばいけるね。もしかしたら全部のネジを外す前にドライバーの先端が削れるかもしれないけれど、作り直せば良いし。やれない事はなさそう」
無事に一本目のネジが外れた。中さえ確認出来れば良いのでひとまず左下、左上、右下の三辺を優先的に回していく。上手くいけば右上のネジを起点に金属パネルを回転させて中を確認出来る筈。僕がネジを相手に格闘している間に、オーレさんがパーティ通話を使って皆に呼びかけてくれている。
「よし、外れた! 後はこのまま回せるか……?」
ぐっと力を入れて金属パネルを軽く浮かせた状態で左下を時計回りにずらしてみる。僕の狙い通りパネルはくるりと回って中が確認出来た。
「日記……ともう一つ何かある」
日記をマッキーさんに手渡し、もう一つの小さな物体をゆっくり取り出す。続続と戻って来たメンバーも、僕の手元に注目している。
「何だろうこれ……多分ロストテクノロジーの一種なんだろうけど。とりあえず鑑定してみるね」
『鑑定用デバイス 効果:鑑定熟練度や鑑定士で確認出来ない類いの鑑定が行えます』
「あれ……これはもしかして例の鑑定用ロストテクノロジーでは……」
「ギルドから盗まれる位高価な物だって言ってたわよね」
「一個しかないね。どうしようか。僕的には暗号を解いたマッキーさんが持つべきかなって思うけれど……」
「確かに、間違いなく私達じゃここまで来れなかったものね」
「ちょ、ちょっと待ってください。僕は自分が得意な事をやっただけで、あの蜘蛛を倒す為のメンバー集めも無理ですし、それ以前にこの空間まで辿り着く事も出来ていなかったんですよ? とてもじゃないですが受け取れません。それよりもこれでしか鑑定出来ない物を持っている人が使った方が良いと思います」
「俺も別にそういう物はないなあ。蓮華さんとヴィオラさんじゃなかったっけ? 遺物装備持ってるの」
確かに、全知全能で鑑定をして貰ったダンジョン産のリングは僕もヴィオラも持っている。けどなあ……。
「蓮華さんが持ってれば良いんじゃないでしょうか!」
「でも皆だってこの先使うだろうし……」
「別に所有者しか使えない訳じゃないんでしょ? だったら蓮華さんが持っててくれた方が良いんじゃない? 今の所ログイン頻度が一番高いのは蓮華さんだし、使いたくなったときに声かけやすいから」
「いっその事蓮華くんがクランを作ったらどうかしら? クランハウスにこれを置いておけばクランメンバーも使えるんでしょうし」
「あ、それ良いなあ。蓮華さんがクラン作るなら入りたいかも」
「私も入りたいです! 勿論蓮華さんさえ良ければですけど」
「僕としてもクランは興味深いですが。ひとまず所有者が蓮華さんだと満場一致で決まった訳ですし、まずは日記の確認といきませんか?」
あれよあれよという間にこのデバイスの所有者が僕という事になってしまった。皆それで良いのだろうか? 誰も口にしていなかったけど、国宝になる程高い物ならそれこそ国に売却してその代金を皆で山分けするって手もあるだろうし、鑑定の為に所持しておくにしてもこの先一番ダンジョンに挑みそうなゲーマーの人が持った方が良い気がするんだけどなあ……。