137.いけえええええええええ
「引き続き気を引き締めていきましょう」
ヴィオラがそう言った途端、蜘蛛の尾から何かが飛び出してきた。溶解液ではなく、糸だ。複数物質を出せるなんて一体どういう構造なのだろう。
尾の溶解攻撃を常に警戒していたお陰で、糸は誰にも直撃しなかった。糸の存在を失念していた訳ではないけれどまさか尾から出てくるとは思わなかった……。普通はお腹の下な筈。お腹であれば蜘蛛の真下なので、問題ないと高をくくっていた己がいる。でも考えてみればこの蜘蛛は人工物、当然本物の蜘蛛と同じ構造ではない。蠍の尾の段階で分かっていたのに……。先入観って怖い。
床に放出された蜘蛛の糸は、見るからにベタベタしている。これに触れたら最後、装備を脱ぎ捨てない限りはその場を離れられないのではないだろうか。見た目から既にそんな雰囲気を感じる。
「何度も出されると僕達の足の踏み場がなくなっちゃいそうだね」
一番良いのは尾を切り落とす事なのかもしれないけれど、固いし物理的に尻尾をぶん回してくる攻撃が厄介でなかなか難しい。正直な話ここから魔法で尾を狙った所で、使用不可能にするだけの命中精度も威力も備えておらず、僕には自信がない。それに何より、残り時間は半分を切っている。折角弱点を見つけたのであれば、そちらを集中的に狙うべきだろうか。
「糸は無視して今迄通り攻撃を仕掛けましょう。それから、もしも糸が地面を埋め尽くしたら住居方面に後退します。僕達を追ってきたタイミングで自分の吐いた糸で身動きが取れなくなると思います。足に特殊なコーティングなんかが施されていなければ、ですが」
僕達が迷わない様、マッキーさんはきっぱりと作戦の続行を明言してくれた。それに別案も。確かに通常の蜘蛛の糸とは違って弾の様に細長く塊になった糸を吐いている。蜘蛛は器用に縦糸だけを歩くと聞いた事がある。縦糸も横糸もない以上、確実に本人も捕らわれる筈だ。独自改造していない事を祈ろう。
「それじゃあ、蜘蛛の注意を惹きつけるのは任せて。お腹の下への攻撃をよろしく!」
宣言通り、僕は自分が出しうる限りの最高速で次々と火魔法と水魔法を交互に繰り出し、蜘蛛の上部を執拗に攻撃した。ここからは残り二分を切った制限時間との闘い。ヘイト管理については考えず、最大出力で攻撃を仕掛けた。
「蜘蛛が浮いた! 今だ!」
マッキーさんの言葉と同時に、マッキーさん、オーレさん、えいりさん、それから僕の攻撃が蜘蛛の腹に炸裂する。今度は確かに目に見えてHPバーがガクッと減少したのが僕の目にも見て取れた。
≪順調≫
≪これは時間内に討伐出来るのでは≫
≪糸の放出間隔えぐいな。足場すぐなくなりそう≫
≪てか魔法系弱点のボス多くない?近接涙目≫
確かに、一度目の王都クエストのアンデッドといい、この蜘蛛といい、妙に魔法系ばかり効くボスが多い気がする。とはいえ、それは大人数を大前提としたイベント系であって、近接を選んだからといって普段のクエストやギルドの依頼に関しては差し障りはない。今は魔法で参戦しているけれど、それこそ普段は太刀を主武器とした完全近接職である僕が言うのだから間違いない。
まあでも、近接の人も魔力感知と魔力操作位は出来ておかないと後々困るかもなあ。武器の恒久エンチャントを発動させる為には自身の魔力を注入させる必要があるし。エンチャントなしの武器では歯が立たない相手……というのはこの先出て来てもおかしくはないよね。そもそもこの施設の敵の小型の蜘蛛が既にエンチャントありきだったし。
僕みたいに血液の流れが分かる……なんて人はまず居ないだろうし、にもかかわらず魔術師プレイヤーが増えている事を考えると、多分一定の熟練度に到達したタイミングで魔力を自動で感知出来る様になるとかそういう仕様だと思う。であれば時間はかかるかもしれないけれど、眠る直前に少しでも良いから毎日体内の魔力を感知する練習をすれば良い。それこそ根気強く練習さえすれば、近接武器よりも簡単に条件は満たせる筈だ。そしてその頃には今よりも近接武器の扱いは上手くなっている筈。恒久エンチャントの力に依存しすぎてまともに武器を扱えない……なんて本末転倒な事にはならないだろう。
そう考えると、運営が設定した魔法系の想定取得時間は案外悪くないのかもしれない。勿論、魔法一本で行こうとしている人にとっては地獄の様なバランスだっただろうけれど。
のんきに考え事をしながら魔法を撃ちこんでいるうちに、ついに蜘蛛のHPバーがゼロになるまでのカウントダウン状態へと突入した。ちなみに残り時間は三十秒、こちらもカウントダウン状態である。
≪何もなければいける≫
≪火力高ければ十人でもいけるんだな≫
≪魔法の練習しようかな……≫
「……っ! 飛んだ!?」
突然の事に慌てたものの、ほぼ真上に近い角度で飛んでいるので落下までの時間的猶予は多少ある。落下地点が恐らく僕が居る場所だと当たりを付けてから僕は後方へと跳躍した。予想通り、蜘蛛は先刻まで僕が居た場所に向かって着地をした。そしてその場で半円を描く様に尾を地面へと突き刺している。金属で出来た地面が陥没しているので、逃げ遅れていたらまず間違いなく命を落としていたであろう威力だ。
恐らく蜘蛛の腹を狙う為に、ダメージ調整をせずに魔法をたたき込んだのが原因だ。それによって盾職の二人よりもヘイトが上がってしまったのだろう。それにしても飛んでいる所を狙えば良かった……。今更ながらに気付いたものの、皆それぞれ退避に大忙しで攻撃する事が出来なかった。二回目……があれば良いのだけれど。
突然蜘蛛が動きを変えた所為で時間をロスしてしまい、残り十五秒。けれどHPバーの方は先程から全く減っていない。今から攻撃をしてギリギリ間に合うかどうか、といった具合だ。
いや。微妙にHPバーは今も減り続けている。僕達が魔法攻撃を再開したというのもあるけれど、ナナとたかしくんが蜘蛛の真下、腹に対して武器を突き立てているではないか!
なんて危険な事を、と思ってよくみると、どうやら蜘蛛がまき散らした糸に引っかかって逃げられなかったのが原因らしい。転んだのか何なのか、二人とも背中にべっとり糸がついているせいで起き上がる事も出来ないでいる様だ。結果として、仰向けのまま蜘蛛の腹を攻撃するのに都合が良かったのだろう。
ナナのピンチにガンライズさんは? と思えば、彼は空を飛んでいた。というと語弊があるかもしれないけれど、僕の真横で脚を前に突き出すポーズのまま蜘蛛目がけて身体が吸い込まれていった。真正面からガンライズさんの脚技を食らった蜘蛛は、驚くべき事に前面がひしゃげている。え、脚の力で機械ボディを陥没させたって事……?
「あ」
残り数秒。その状況で、ガンライズさんの攻撃で蜘蛛のHPバーはゼロに……はならなかった。ガンライズさんは体勢を立て直し中だし、今の攻撃の反動でナナ達が横になっている場所から微妙に蜘蛛が動いてしまい、二人の攻撃は届かない。既に四人共、魔法は全力で叩き込んでいる。あと一手あれば良い筈なのに。その一手が足りない所為で、また失敗してしまうのだろうか?
「蓮華くん! 燃やして……!」
そうヴィオラの声が聞こえたかと思えば、四本の矢が勢いよく蜘蛛の巨体へと吸い込まれた。脚の関節やガンライズさんが陥没させた前面など、脆くなっている部分に絶妙に突き刺さっている。
「いけえええええええええ……っ!」
僕は自分の魔力を辿ってヴィオラの矢を燃え上がらせた。一瞬で蜘蛛の身体から四カ所、炎が上がった。これでどうだ!?
【残り時間:〇秒】
【終わらせる者スパイピオンの阻止に成功しました】
≪お≫
≪おめでとおおおおおおおお≫
≪すげえ、よく間に合ったな……もうだめかと≫
≪ナイス連係プレイ!≫
≪初戦とは思えない程素晴らしいチームワーク≫
体力がゼロになった途端爆発しないかと戦々恐々としていたけれど、どうやらその心配はなさそうだ。
ガンライズさんとバッカスさんが、それぞれパートナーを蜘蛛の糸から救出している間に、僕達はスパイピオンとやらを調べる。やはりこれもパーツの取得などは一切不可能な様だ。ダンジョンではないから報酬がしょっぱいのだろうか。これだけの激戦の割に報酬らしい報酬は貰えていない様な気がする。
「やっぱり駄目か……ポーションとか武器の修理費用考えたら赤字だよね」
「まあそうだけど。あくまで教皇やナタリーさんからクエストでここに来ただけだものね、仕方がないのかも。クエストの報酬でギリギリプラスにはなるんじゃないかしら?」
「阻止と言うのが気になるね。破壊じゃない辺り、別の方法があったのかも」
マッキーさんがぼそりと呟く。確かに告知は「阻止」だった。阻止さえ出来ればどんな手を使っても良い……そういう風にも読み取れる。でも、僕は現時点でこの蜘蛛をどうにかする手段は攻撃以外に思いつかない。
「ひとまずは住人の皆に報告しましょう。きっと今頃男性達からの報告を受けて今にも蜘蛛が襲ってくるんじゃないかと怯えている筈よ」
確かにその通りだ。丁度ナナとたかしくんも蜘蛛の糸から脱出出来た様なので、住居スペースに戻るとしよう。
「蜘蛛の糸だけは取得出来た」
「粘度も高いし何かに使えそう。俺は全然思いつかないっすけど」
とガンライズさんとバッカスくん。ふむ……粘度はともかく耐久力は気になる所。普通の蜘蛛の糸みたいにすぐちぎれるなら何の役にも立ちそうにないからね。