133.魔法がメイン?
「装備効果はINT+1。『理想と現実を知った証。様々な人の考えは、貴方の知的好奇心を刺激した』だって」
「私も同じよ」
『直接発見した人と間接的に居合わせた人で違いは無い感じか』
『場合によるかもしれないけど、今回は複数人居ても違和感がない称号だもんな』
『INTかー、響き的には魔法職だよね』
『もしかして限定称号は全てパラメータ値系なんかな』
「うーん……確かに魔法系っぽいし、私の場合はこの称号をつける必要性は感じないわね。パラメータ説……まだデータが足りないけれどその可能性は十分あるわね」
『折角手には入ったのに残念』
『蓮華君はあっても良さげ』
「そうだねー、魔法は使うからつけても良いけど、指輪といいこの称号と良い、何だか魔法がメインみたいになってない? 力か敏捷系が欲しいところ……」
『でもエンチャントが魔法ならINTで良いと思う』
『エンチャントって魔法扱いなんかな』
『魔法熟練度の高さによってエンチャントの威力って変わるんだろうか』
確かに皆の言うとおり、エンチャントの威力はどうなんだろう……。正直な話、蜘蛛との戦闘を考えるとエンチャントはかなり有用。もしも魔法熟練度に依存するのであればINTの称号をつけておいた方がかえって良いのかもしれない。
「確かにその辺りは気になるね。でも、鑑定用のロストテクノロジー?とやらが手に入らない限り、+1が一体何に影響して、どれ位効果があるのかも分からない。そもそも同じパラメータを重ねづけすれば+2になるのかもよく分からないからなあ。ひとまず今迄通り、MND+1のままでも良いかも?」
『確かに』
『ここもロストテクノロジーだけど、ドロップする可能性あるのかね』
『蜘蛛系から何もとれなかったし、別途報酬はあると信じたい』
「ダンジョンって感じではなさそうだけど、どうなんだろうね。……さて。原因も分かったことだし、残りの機械を止めに行く?」
「そうしましょうか」
「という訳でトセさん、場所を教えて貰えますか? あ、ヨハネスは熱源探知を阻害する魔法は出せそう? 無理なら日を改めるけれど」
「僕なら大丈夫。ここに来てもう十分休んだから」
気合い十分といった様子のヨハネスに、アキノさんが愛おしそうな表情を向けながら頭を撫でている。彼女の様子を見るに、教皇のことは愛している様に見える。やはり、家から出さなかったのにはそれなりの理由があったようだ。
「それじゃ、行くか? 我はどうせ実体がないから蜘蛛に気づかれん。適当に先導するから坊主のペースでついてこい」
口は悪いがしっかりと気遣いが出来る優しい神様のようだ。
アキノさんの顔には「教皇が心配だ」としっかり書いてあったが、自身も前線に戻らなければいけないと言って別行動を宣言。その代わりしっかりトセさんに僕達を守るよう念押ししていた。
「そうはいってもなあ、目覚めたばかりで力は弱いし、そもそも我は戦いには向かないのだが……」
アキノさんがさっさと身を翻して行ってしまったので、残っている機械の内一番近い場所へと移動を開始しながら、困ったようにトセさんが呟いた。おや、てっきりセト神がモチーフだろうからそういう面では百人力かと思っていたのだが。
「そうなんですか?」
「うむ。もしも我が戦いに向いている神であれば、我の領域を勝手に緑化した原因だと気付いた時点で、蜘蛛どころかこの施設そのものを壊していたであろうな。だが我にそのような力はない。無論、神であるから人間が作った物程度どうにでもなると言えばどうにでもなるが……自分の性質とは逆の方向に力を使うのだ、また眠る羽目になりかねん」
なるほど。セト神自身は、時代によって悪神として描かれたり軍隊の守護神として描かれたりとまちまちだけれど、いずれにせよ力の象徴の神である。トセさんが戦いに向いていないというのであれば、もしかしてセト神の名前を逆につけた辺り、性質が全く逆の設定なのかもしれない。砂漠の神と言うメイン部分だけを残し暴力と無秩序という属性を反対にすれば、暴力とは無縁で人間とも上手く馴染む、まさにトセさんが出来上がる。確か性欲に関しての記述もあった気がしたけれど……、そこはよく分からない。
そして何より、セト神はオシリス神を殺してその地位を奪った簒奪者としても描かれている。でもここでは、むしろ急に自身の領域を人間の手によって緑化され、長い眠りにつかざるをえなかった神だ。ある意味簒奪された側と言っても過言ではない。
「そういえば、トセさんはどうして協力してくれるのですか? このまま全ての機械を停止しても自己修復機能とやらでこの施設自体が修復してしまったら、ここが再び緑化しないとも限らないですよね?」
「うむ。我としては、それは余り喜ばしいことではないな。だが、既に緑化して久しい。砂漠で生き抜くのが厳しいのであれば、再度緑化するのもやむを得まいな。何も砂漠はここだけではないだろう。……まあ、状況が変わったが、この話はアキノと既に話していたのだ。先程までは自己修復等と言う機能を知らなかったからな、蜘蛛は増殖しても施設自体はもう直せぬとみていた。故に緑化は叶わぬだろう、と。だが、アキノがここを何とか存続させねば地上が危ないと言うのでな……ここを我が城とする方向で考えておった」
「確かにこの空間は地下にあるから、施設が劣化して崩壊でもしたら地上も巻き込まれそうね」
「おお、アキノもそんなようなことを言っていたのだ。まあ、施設が元に戻り、再び緑化すればここが劣化して崩壊することもないのだろう? 我も安心して移動出来るというものだ。……ところで、一つよく分からなかったのだが。先程の書物に出てきた女は、一体何を危惧していたのだ?」
「ええと……あくまで想像の範疇ですが。ここではない遠い場所に大規模な砂漠があるんです。そこは年々砂漠の領土が広がっており、人々はどうにか拡大を食い止めようと必死になっています。一部の人々は進行を食い止めるのではなく、砂漠自体を緑化してしまおうと考えており、実際にそれは行なわれています。ただ、それに対して注意喚起をしている人は確かに居ました」
「ほう? それは一体何故だ?」
「砂漠以外の地域への影響も大きいようです。つまり……砂漠の砂には『ミネラル』や『鉄』と言う栄養分が含まれているんですが、砂漠に吹いた風が砂を巻き上げ、熱帯雨林や海といった、遠い地域へと到達します。その地域の熱帯雨林は元々ミネラルが不足しており、その砂漠の砂が届かなくなれば消滅するだろうと言われています。海もそうです。砂漠の砂に含まれる鉄が、海に住む微生物を成長させます。微生物は魚の餌になりますし、動物が生きる為に必要な『酸素』も生産します。もしここの砂漠にも同じ様な栄養分が含まれていて、同じ様に風で飛ばされていたとしたら。三千年は経過したであろう今……いくつかの森や海が消滅してしまった可能性はありますし、『酸素』量に影響が出ている可能性はあります」
「なるほど。つまりその女の計画は、この施設が出来てすぐに実行されなければ意味がなかった訳か……もしも今の話がここにも当てはまるのであれば、その女は広い視野を持っていたのだな。しかし……今度はここが突然砂漠化したことによって、ここが緑であったが故に保たれていた均衡が崩れる可能性もあるか?」
「その可能性も多少はありそうですが、僕は専門家ではないのでなんとも言えませんね……」
『深い話』
『それってサハラ砂漠の話?まじ?知らんかったわ』
『砂漠も意外と重要なんだな』
「修復出来るのであればしておいた方が良いか……ふむ。我も本格的に移住先を探さねばならんようだな、……と。もうすぐ着くぞ」
その言葉通り、前方には先程と同様の開けた空間が広がっており、機械の作動音が部屋中に反響している。蛸が必死に鉄くずと化した蜘蛛を機械の中に放り込んでいる様子が遠目でも分かった。
「ところで、ここは我々の味方をしている蜘蛛ではなく、暴走している蜘蛛が製造されている場所ですか? もしも自己修復させるのであれば、この施設を守る為の蜘蛛は残しておかなければなりませんよね」
「ああ。ここの機械は完全に暴走している蜘蛛しか扱っていないようだ。というより、我らが住んでいるあの中央にある施設以外は全て暴走しておる。四方から攻められる故人手が足りておらんのだ」
状況は思ったよりも逼迫していたようだ。それでも、中央はまるごと無事だったからこそ人間が生活する為に必要な畑なども確保出来ていたのだ。そういう意味では不幸中の幸いか。
「それじゃあ、さくっと止めちゃいますね」
「ああ、頼む」
興味津々といった様子で僕達の行動をじっと見つめるトセさん。まあ、ボタン一つ押すだけなので拍子抜けかもしれないけれど……先程と同じ場所に存在する「停止」ボタンを確認してからそっと押し込んだ。徐々に作動音が小さくなり、最後にガコン、とひときわ大きな音を立ててから機械は停止したようだ。
「意味さえ分かれば単純な仕掛けだったか。古き人間と一切交流を持たなかった過去の我を叱責したい気分だな」
そういえば、神々は人間擁護派と対立派に分かれて争っていたのだっけ。話を聞く限りトセさんは対立派? いや、そうでもなさそうだな。
「書籍に出てきた争いについて、トセさんはご存じなんですか?」
「ん? まあ一応な。だが我は特にどちらにも味方していなかった。その結果がこの施設の存在を知らずに力を急激に奪われる体たらくな訳だが」
「どうしてそのような争いが始まったのかは?」
「さて……どうだったか。砂漠のこと以外にさして興味もなかったのでな、これがよく分からんのだ。恐らく人間が作った何かがどこぞの神の怒りに触れたとか、そんな些細な事じゃないかと思うが……。アキノが居たら『役に立たない』とまた呆れられるな。内緒で頼む」
情けない表情で、ぽりぽりと顔をかく仕草をするトセさん。神に対して随分度胸が良いとは思うけれど、アキノさんがそう言いたくなるのも少し分かる。いくら無関心でももう少し事情を知っていて欲しかったなあ、と。
気を取り直して、残り二箇所の施設を順に回って歩く。トセさんが機械の場所を熟知していたので、想像以上にスムーズに機械は停止出来た。大丈夫です、トセさんは十分役に立ってくれました。