132.理想と現実
先に残りの機械を停止させるべきか?という話もでたけれど、全停止した際に想定外の出来事が起こらないとも限らず、先に資料を確認することにした。
出入り口以外全て壁一面本棚という想定以上の分量に一瞬焦りはしたものの、よくよく部屋をぐるっと見渡せばいくつかの書籍の背表紙がうっすら光っている。これを読めというシステムアシストのようなものだろう。
ヴィオラと手分けして何冊か読み上げていくものの、どれも書いてある内容は似たり寄ったり。現在の状況に符合するような内容はどこにも記載がされていない。
「神々との戦いは終わりを告げた――」
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我らが神、■■■はその身を挺して我々の施設を守ってくださった。この技術は後世に残すべきだと。そう言ってくださったのだ。
かねてより、我々はある悩みを抱えていた。施設が稼働してから百数十年余り。自己修復機能と自己生産、そしてデータのコピーの開発は完了した。これにより、万が一我々が滅亡、あるいは施設の運用に対する技術がこの先失われたとしても、この施設自身が自分達で運用、生産が出来る環境になった。当然、修復や生産に必要な資材となる鉱山も生み出せる技術も完璧だ。
だが、一つだけ問題がある。動力の問題だ。肝心の、これらのサイクルを支える半永久的な動力が見つからない。資材を生み出す為の核融合は、非常に大きなエネルギーを扱う為、危険すぎる。将来的にこの施設が無人になってしまった場合を想定すると、危険な賭けに出ることは出来ない。場合によっては地上を吹き飛ばしてしまう恐れがあるからだ。
核融合や施設の運用に使用する動力を管理する、最上位の動力はクリーンなものでなければならない。万が一暴走をした場合でも、周囲への影響がほぼゼロの動力。我々の研究では、ついぞそれを見つけることが出来なかった。
この施設が停止するとき、地上は再び砂漠へと戻るだろう。また渇きと飢えに怯え、天災に怯える日々がやってくるのだろうか? 数多の命が簡単に失われる、恐ろしき日々が?
そう悩んでいたときに、我らが神は仰った。「直に私が消える。先の戦いで力を使い果たした。私はお前達と、お前達が作り上げたこの空間を守る事が出来て満足だ。だが、それが『動力』とやらの不足で消えゆくのはやるせない。かくなる上は、この命の全てを持って、動力とやらに私がなろう。これでお前達の悩みは消える筈だ」と。神は我々の作った機械へとその魂をお移しになった。その後の調査によってお言葉通り、半永久的に動力となりうるとの結論が出た。
この地はこれで安心だ。我々が居なくなったとしても、この地に緑が絶えぬよう動き続けてくれるだろう。
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「要するに神様達が人間に味方する側と敵対する側で二分して、長いこと争ったと。ロストテクノロジーがロストテクノロジーたる所以はこの辺りにあるのかな?」
「そうみたいね……。トセさんやヨハネスの言う『魂』や『古代魔法』と、書籍の記述は一致するわね」
「でも一番大きな謎が氷解しないなあ……。そうやって完璧に作り上げたシステムが、急にどうして暴走し始めたんだろう。それも全部じゃなく、一部だけ」
「人間が作る物に完璧なものなんてないし、どこかのタイミングでシステムに不整合がでたんじゃないかしら。それが徐々に大きくなって、ついに動作に異常を来すようになった……とか。そもそもこの資料に書かれている日付から、何年経ったのかも分からないもの。千年単位なら壊れてもおかしくないんじゃない?」
視聴者さん達もヴィオラの意見に賛成みたい。確かにそう言われればそうなんだけど。うーん……どうにも何かが引っかかる。
本棚を改めてじっくり確認する。既に背表紙が光っている書籍はない。けれど、よくよく見ればどの書籍にもしっかりタイトルが振られており、脳内で対応する日本語が浮かび上がる。読みもしない書籍にわざわざタイトルや対応する日本語を振ったりするだろうか?
試しに一冊取り出し、パラパラとめくってみる。読める。そして内容もちゃんとある。多分この施設の設計図のようだ。見てもさっぱり分からないけれど。
となると、実は光っていない書籍に今起きている事象のヒントがあったりしないだろうか? だってそもそも、今迄のクエストも分かりやすくNPCにマークがついていたり、光っていた訳ではない。「クエストが欲しい」と言うだけでも実はクエストは発生するらしいけれど、僕のように普通に会話をする中でもクエストが発生するし、あれだけ高度な会話が可能な辺り、むしろソーネ社は会話を想定して作っているような気がする。
そう考えると、書籍の背表紙が光っている方が不自然ではないだろうか。何故急にここだけゲームのように分かりやすい仕様にしたのか。
「気になる……」
「蓮華くんがそう言うなら何かありそうね……もう少し調べましょうか」
『第六感ってやつだ』
『今度はどんなことをやらかしてくれるのか』
『wktk』
僕がやらかすことを前提に盛り上がる視聴者さん。失礼な。皆がそう言うからやらかしてしまった!と焦るけれど、よくよく考えればやらかしじゃない、筈。だって運営側が用意したシナリオの範疇なのだから、そういう展開を予想して作っていたってことだもの。運営すら想定していなかったような……例えばNPC扱いでプレイ開始されてしまったとか、そういうのが本当のやらかしというのだ。
気を取り直してじっくり棚の一つ一つの書籍を見ていく。特に何も違和感はない。いや、でも何かある筈!と自分の直感を信じ、天井付近の書籍ももっと近くで確認することに。おや? そう言えばこの部屋にははしごや台の類いがない。上にある書籍はどうやって取っていたのだろうか。
「はしごか何かはありますか?」
「そう言えばないわね。どうせ読めないからって気にも止めていなかったけれど……どこかにあったかしら」
「いや、俺が見て回った限りは存在しない筈だ」
ますます怪しい。上の書籍は一体どうやって並べられたというのだろうか。それとも、昔の人は全員空でも飛べたのか?
「僕がやるよ」
そう言って教皇が僕の身体を浮かび上がらせてくれたので、お言葉に甘えて天井付近の書籍が見える高さ迄上げて貰った。移動するよりは魔力の消費は激しくないらしく、教皇は涼しい顔である。それならばと、遠慮なしに時間をかけてじっくり確認作業を行う。
「お? なんか怪しい書籍発見」
本棚の奥、他の書籍の上に横向きに置かれた書籍。他の書籍よりもサイズが小さいので本棚の奥の方迄入り込んでいた。つまり、下からはどうやっても見えないようになっていたということ。これは怪しいのでは!?
「誰かの日記……みたいだね」
先程読み上げた書籍も日記と言えば日記だけれども、どちらかというと報告書のような形式でまとめられていた。けれど今手に取っているこの書籍に関しては、紙質も表紙も、この本棚の中のどの書籍とも似ても似つかず、誰かが持ち込んだ私物のような感じがする。
『怪しい』
『これは何か隠しクエスト的な?』
『ここに秘密が隠されているのか!?』
視聴者さんも興味津々と言った様子。先程とは違って重要なページが光っている訳でもないので、パラパラとめくってみて自分で中身を確認するしかない。やはりこれは誰かの日記のようだ。ゲーム内の出来事とはいえ、関係なさそうな部分を読み上げるのはプライバシーにかかわるので無言で読み流し、気になる点だけを声に出して読み上げる。ふむ……ここが怪しいのでは?
「日付が書いてあるけど読めないな。『砂漠に戻さないと』と彼女は常々言っている――」
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「周辺地域も含めて、様々な環境を破壊する恐れがある。人が触れてはいけない領域よ」と。
でも現実問題、この地域は他と比べて厳しい暮らしを強いられている。僕らの技術が彼らの生活を豊かにし、一人でも多くの人が生き延びられる土地になるのなら、その方が良いと思う。彼女はこのプロジェクトのリーダーなのに、どうしてプロジェクトそのものを否定する様な発言をするのだろう。それなのにどうして、このプロジェクトに参加したのだろう?
■■月●●日。彼女の手際は実に見事だ。天才というのは、ああいう人のことを指すのだろう。工期が大幅に短縮した。これでこの地域の人々を、予想よりも早く助けることが出来る。
●●月▲▲日。やられた。彼女が率先して自ら作業を行っていたのは、秘密裏にこのコードを埋めるためだったんだ。既にシステムは稼働し、運用状態にある。コードを解除しようにも、一体どういう手を使ったのか、全く手が出せない。
既に彼女はプロジェクトを去り、行方も分からない。かくなる上は設定出来る最大日時迄、彼女が書いたコードのプログラムが実行されるのを引き延ばすしか方法はない。
およそ三千年後……、大丈夫。それまでにはサーバは一新され、システムも新たに作り直されているだろう。コードの存在は電子の海へと葬り去られる筈だ。
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「いや……これじゃない?」
「そんな気がするわね。一体何が実行されたのかは結局書いてないみたいだけど……」
「具体的には書いてないね。でも多分、今のタイミングで蜘蛛が暴走し始めたのはその『リーダー』とやらがこっそり仕込んだプログラム?が意図せず発動したからって可能性が高そう。きっと多分、彼の日記を後の時代の研究者達は見てなかったんだ。コードの存在も、重要事項として引き継がれていなかった……」
『本当にありそうw』
『現実でもあるあるや……』
「最初に読んだ書籍に書いてあった通り、後の研究者達は自動化を成功させてしまった。データも自動でコピー出来ているみたいだし、システムを新たに作り直す様なことはしなかったんでしょう。結果として、この日記の持ち主の思惑とは逆に、『リーダー』が書いたコードはそのまま残り続けてしまった」
「それじゃあこのシステムが作られてから三千年が経ってるってことかな……。リーダーは砂漠の緑化に反対だったみたいだし、蜘蛛が施設を壊すように仕向けたみたいだね。でもどうして一部の蜘蛛だけなんだろう」
「それこそバグじゃないかしら?」
『2038年問題とか関係ありそう』
「2038年問題?」
「そう言えばあったわね、そんなこと。大規模なシステム障害がいくつかの旧式サーバで起こったとかなんとか……理由は知らないけど」
あー……なんか記憶には残ってるかも。世界中にある一部の古いサーバが障害を起こして、システムトラブルに発展したんだっけ。重要なサーバ程移行リスクが高いからって、古いサーバを使ってたせいで問題が起こったんだっけ? 僕もよく知らないけれど。
『簡単に言っちゃえば、古い一部の機器はある制約があるから、「西暦2038年1月19日午前3時14分7秒を過ぎるとコンピューターが誤作動を起こす」って前々から言われてて。実際に誤作動をしちゃったね!って話なんだけど』
「へー。前々から言われてたんだ。……この日記でも『設定出来る最大日時』に変更したって書いてるから、もしかしてそれが現実世界でいう2038年1月19日……だったって可能性があるのかな。それを超えて誤作動を起こした結果、一部の蜘蛛にしか正常にプログラムが実行されなかった?」
「もしそうだったとしても、リーダーの言うとおり砂漠に戻りはしたわね。ただ、問題はその誤作動とやらで蜘蛛同士が争った結果、人間が地下に引きずり込まれる事態に発展したことね」
【告知:限定称号『理想と現実』を獲得しました。装備効果及び設定はキャラクター画面より行うことが出来ます】
「あ、何か出た」
「……私も出たわ」
『知ってた』
『おめおめ』
『へえ、一緒にやれば複数人同時に貰えるのか』
『効果!開示求む!』
『またやらかしてる』
うん、運営側の設計の通りなんだし……やらかしではない、筈!