130.古代……魔法?
「……想像よりも随分大きいな。ああ、でもこれだけの距離なのに作動音が響くんだから大きくても不思議じゃないのか」
壁一面に設置されている何らかの機械を見ながら、僕は呟いた。
けれどのんびりはしていられない。その巨大な機械からは今も新しい蜘蛛、あるいは修理が完了した蜘蛛が次々とこちらに飛びかかってきている。やはり蛸が運んできた先にあったのは修理用の施設だったらしい。
「ヴィオラ、停止は任せた。機械関係は僕じゃ無理だから」
「分かったわ。アインくんと貴方でなるべく蜘蛛を引き付けておいて」
そう言って蜘蛛を蹴散らしながら機械に向かって突進していくヴィオラ。本来なら近接武器である僕が行くべきなんだろうけれど……壊してしまいそうで怖い。壊しても停止はするのだろうけれど、変なところを触ってむしろ活発化したりしても困るし……。
蜘蛛と格闘することしばし。がたん、ブゥン、とひときわ大きな音を立て、機械の作動音が徐々に小さくなった。どうやらヴィオラが停止に成功したらしい。急いで残りの蜘蛛を処理し、皆で彼女の居る場所へと向かう。
「止まったの?」
「ええ、なんとか。停止って書いてあるボタンがあったからね」
「これがロストテクノロジー……」
教皇は目をきらきらと輝かせて機械を見つめている。どうやらこういうものが好きらしい。
この機会に僕も機械音痴を克服しようと、改めて観察する。表面にはボタンやらレバーやらがいくつも並んでおり、その下には見慣れない文字のようなものが並んでいる。と、その文字に目を凝らしていると、突然脳内に日本語訳が浮かんできた。なるほど、僕達プレイヤーはこの文字が読める体な訳か。視界に文字が浮かび上がってこない辺り、重要な場面での世界観を極力壊さないように配慮しているのかもしれない。
「ヴィオラさん、この文字読めたの?」
と教皇が困惑気味に聞いている。
「ええ。何故か文字を見ていたら頭に思い浮かんだから」
「うーん……? 僕、王都をでる直前迄ハリーから色々勉強を教えて貰っていたけれど、ロストテクノロジーとか古代文明って、現存する資料が全くないから全然研究が進んでないって聞いたんだけど。何となく使い方が分かりそうなロストテクノロジーは積極的に使われてるけど、そうじゃないものも山ほどあって、そういうのは発掘したまま研究所とかで眠ってるって。この文明が使ってる文字の解明なんかも全然だって言ってたけど?」
「え、そうなの?」
僕は驚いた。王都クエストのときにロストテクノロジーを使いこなしていたし、てっきり新たに作れないだけでそれなりに研究とかは進んでいるものだと思っていたのだけれど。まさか誰も解明出来ていないとは思わなかった。
そうすると……? このゲームは熟練度制で、自分が出来ることが出来て、出来ないことは出来ない。つまり世界観とリアリティを大事にしているので、プレイヤーだからって問答無用でありとあらゆる言語が読める設定とは考えにくい。考えられるとしたら僕達プレイヤーは、今は失われたこの古代文明の存在を知っていたという筋書き。
そういえばヴィオラが、僕達プレイヤーは記憶喪失の設定だと言っていた。つまり、失くした記憶の中にこの古代文明との関わりがあったという設定があるのだろう。
「ふむ……まあ不思議と僕も読めるし、この文明について何か知っていたのかも。僕達の記憶の手がかりになる何かかな?」
解明はされているけれど、誰かがこっそり研究しているので世の中には出ていないとか。そして僕達プレイヤーが研究者だったとか。
「二人とも記憶が無いの?」
「そうだねえ……僕は気付いたら最南端のオルカの町に居たって感じ」
「私もよ」
「それじゃあ、この文字が読めることは大きな手がかりになりそうだね。早く記憶が戻ると良いけど……。ところで、ここには何て書いてあるの?」
「えーと、左から順に起動、速度、種類、メンテナンスモード、再起動、停止、だね。ヴィオラは一番右の停止ボタンを押したのかな?」
「そうよ。とっても親切な設計だったから、これなら蓮華くんでも止められたわね」
「ははは、確かに。ごめんね、ヴィオラは接近戦は苦手なのに……」
「丁度良い訓練になったから良いのよ」
「ねえ……随分とすんなり読むんだね。紙もぺンも、分厚い本も使わないの?」
「「え?」」
「この間ハリーと一緒に、今はもう使われなくなった言葉を研究してる人達の見学をしに行ったんだ。皆色々書き取ったり分厚い本と見比べたりしてたよ? すんなり読める人なんて居なかったけど」
「確かに……」
『その発想はなかった』
『そうはいってもゲームだしなあ』
『いや、でもNPCの言葉一つ一つがヒントだと考えたら、色々見えてくるものがある』
『研究者だったのかなーとか思ってたけど、違うってことか』
『古代人が時空の渦に巻き込まれて現代に飛ばされたとか』
『前世の記憶がうっすら残ってて文字が読めるとか』
『ファンタジー世界の中で更にファンタジー展開草生える』
『まあ人間族だし、過去からずっと生きてる説はなさそうだよな』
『人間族「いつから俺達人間の寿命が百年と錯覚していた……?」』
『ま、まさか人間族の寿命は数千年あるというのか……!?(愕然』
視聴者さんがまたもや盛り上がっているけれど、なかなか興味深い話をしている。一番最後はさすがにないとは思うんだけど……、魔法の類いで時空を駆け抜けるとかはちょっとありそうだよね。その拍子に記憶を失ったとか。
なんて考えている内に、視界上部に【熟練度一覧に「古代文字」が追加されました】の文字が浮かび上がった。熟練度を皆に見せる訳にはいかないので開かないけれど、今機械の文字を読んだことで、新たな熟練度の項目が解放されたという意味なのだろう。
「まあ、ひとまず無事に蜘蛛の再生は止められたし……さっきの分岐路迄戻って右側の方に進んでみる?」
「そうね。この部屋にはこれ以上何もなさそうだし……行きましょうか」
「あ、待って。『何か』ならあるよ。このロストテクノロジー、古代魔法の力も感じるんだ」
「古代……魔法?」
『え、何それ』
『またよく分からない単語出てきたwww』
『俺の時ヨハネスくんそんなこと教えてくれなかったんだけど!』
『ヴィオラちゃんの「これ以上何もなさそう」って言葉に反応したんじゃないの』
『うわー、そういうことか!!!もっとちゃんと会話しとけばよかった!』
「うん。あれ? 二人とも古代魔法を知らない? 噓でしょ? ナタリーさんは知ってるよね?」
「……え? あ、はい。知ってます」
そんな驚いた表情をされても困る。何で知ってるのが当たり前みたいな顔してるんだろう。え? この世界の常識? 常識なの? ナタリーさんも知ってるなら常識なのかも……。
「え、……二人とも古代魔法使ってますよね?」とナタリーさん。
「え」
「待って、順を追って説明してちょうだい。私達はその『古代魔法』とやらについて何の知識も持ち合わせてないわ」
「そっかー。えっと、元々神様は大きな力を持っているらしくて。で、神様が各々自分が気に入った人達に力を授けたのが古代魔法と呼ばれるみたい。古代魔法は基本的に子孫にも引き継がれる。昔は人々と仲良くしていた神様達だけど、いつの間にか人間の前に姿を現すことはなくなったんだって。それで新たに古代魔法を授かる人も少なくなったし、元々授かった力もどんどん弱まっていって、今じゃもう伝説みたいなものになってる」
「なるほど。それで、僕達が使っている古代魔法っていうのは?」
「亜空間魔法。基本的に僕達人間が使える魔法っていうのは、火・水・土・風・光・闇の六属性と、それらを組み合わせて使用する派生属性だけなんだって。あ、ちなみに神聖魔法は光と水の派生属性ね。だからそれ以外の魔法は古代魔法みたい。特に亜空間魔法は時を操る魔法だから、神様しか扱えない領域だって言われているよ。伝説の中でも一番人気の魔法だね。やっぱり何でも持ち運べるのって、便利だから」
なるほど、インベントリは古代魔法扱いだったのか。道理で露店の店主さんとかがやたらと目を輝かせていた筈だ。伝説と名高い古代魔法をその目で拝めたのだ、それは喜ぶ筈だ。
「あ、あと、誰かと念話するのも古代魔法でしょ。ロストテクノロジーは古代魔法を真似て作った物が多いらしいから」
「あー……」
なるほど、僕達が配信だ、攻撃隊だ、と遠距離で会話をしているものも古代魔法として片付けているのか。そして最初の王都クエストで配付されたロストテクノロジーは、僕達が使っている古代魔法を模倣したものだ、と。なるほど色々腑に落ちた。
『そんな裏設定があったとは!』
『世界観にそぐわないシステムを魔法でまとめただと』
『古代魔法っていうからには当然理論は解明されていない、と』
『上手くまとめたなあw』
『古代魔法を真似した古代人何者?科学力高すぎないか』
「なるほど。色々分かったけれど脳の処理が追いつかないね。つまり僕とヴィオラは古代文字を読めるから、魔法を真似出来る位の科学力を持った古代人と何らかの関連性がありそうで。それでいて古代魔法の使い手でもある、と。……ヨハネスはどうして古代魔法の存在に気付いたの?」
「僕も古代魔法の使い手だから。れん……父さんも見たでしょ? シヴェラ様」
「あっ、あー。そういうことか!!!」
おっといけない、つい大きな声を出してしまったせいでナタリーさんがびくっとしている。彼女はヨハネスが教皇だと知らないのだから気を付けなければ。
『普通の蘇生術と違ってあれは古代魔法だと』
『そりゃ神降ろしてたもんね。回復魔法ではないわな』
『彼の場合は先祖からの遺伝というか、女神様に気に入られてるから古代魔法を授かったクチか?』
「で、話は戻るけど。僕もこれから古代魔法を感じはするんだけど……具体的に何に使われているのかとか、どういう効果なのかは分かんない」
「うん、十分だよ。説明してくれてありがとう。でも古代魔法か……停止はしたけれど、また勝手に起動し始めるなんてこと、あり得るかな?」
「それは分かんないわね。まあ、その可能性を考慮するならさっさと進みましょう。ここが危険なことは十分分かったことだし、早くナタリーの妹を探さなきゃ」
ナタリーさんの頭を軽く撫でながらヴィオラが言った。その仕草にナタリーさんはほっと胸を撫で下ろしたのが傍目でもよく分かる。
ああそうか。ここまでの道中、蜘蛛に襲われて自分の命が危険に晒される度、ナタリーさんは妹の安否が不安になったのだ。でも自分のわがままで急がせる訳にはいかないとでも思っていたのか、ずっと黙っていたのだろう。教皇に突然話しかけられたときに一瞬焦ったのは、心ここに有らずで話を余り聞いていなかったから。
そんな状態でのんきに古代魔法の話をしてしまった自分が恥ずかしい。ヴィオラとナタリーを見て教皇も同じことを思ったのか、少し顔が赤くなっている。僕は教皇の頭をぽん、と撫でて慰めた。
ナタリーさんの妹は無事だろうか。気持ち、来たときよりも速い速度で僕達は道を引き返した。