128.何とかなる!
「ちょっとした休憩には良いが、なくしたくなきゃテントなんかはしまっておいた方が良いぞ。何、俺達がいるんだ。流砂の奴はじきに現れる」
力強く宣言する男性。その自信はとっても心強いけれど、彼らはそれで良いのだろうか。
はぐれないように彼ら三人、そしてお高い金額を支払って借りてきた馬も僕達とロープで繋いでおく。全員がロープで一列になっている様子は、ムカデを彷彿とさせる。とにかく、これで全員流砂に飲み込まれる準備は万全。馬も生き残る保証は低いけれど、僕としては極力返却してお金を返してもらいたいし、何より砂漠に取り残されたら後が地獄だろうと思うので。
各々雑談をしたり装備を調えたりと、流砂が訪れる迄の間を思い思いに過ごしている。どこか表情がぎこちないのは、やはりこれが最期かもしれないと思っているからだろう。
「……っ! 多分来るぞ!」
男性の一人が鋭く叫ぶ。確かに地面から微かに振動が伝わっていて、何かがこちらに近付いているのが分かる。
「俺達の近くに集まれ!」
その声に僕ら四人は馬を引き連れ素早く男性の近くに。男性三人が円を描くように僕達と馬の外側を囲ってくれる。この状態なら、複数の小さな流砂が彼らを個別に狙うなんてことが起こらない限り、僕達の真下に流砂が発生する筈。
ほんの一瞬、身体がふわりと浮いたような気がした。足元の砂が消え、流砂が現れたからだろう。そう思った直後には既に足元が砂に埋まっていた。周りを見れば、男性達は金属質の何かにがっちり掴まれており、既に身体の半分迄埋まっている状態。馬は突然の出来事に慌てふためいているが、暴れ回った為むしろ深く沈み込んでいる。どうやら僕達が一番浅いようだ。
「皆、なるべく暴れて! 三人が落ちきったタイミングで流砂が消滅したら大変だ」
僕の言葉に皆ジタバタもがき始めたものの、苦戦しているのは子供と骸骨の三人トリオ。彼らは元々の体重が軽い為、暴れたところで大して沈んでいかないようだ。地中に身体が埋まった状態で流砂が消滅し、そのまま出られず全員渇死、なんて未来は避けたい。
どうやら一番最初に馬が落ちたようで、いななきも聞こえず、姿も見えなくなった。ついで、馬に引っ張られたのか、ナタリーさんとヴィオラの二人が続けて視界から消える。アインと教皇も次々に消え失せた。既に男性達の姿もなく、流砂の消失も時間との闘いだろう。僕は渾身の力で暴れ回った。既に周りには誰もいない。遠慮することなく両手足を振り回すことが出来る。まあ足はとっくに埋まっていて、振り回せてはいないのだけれど。
『ひどい絵面』
『徐々に砂に埋まっていくさまが怖い。夢に出てきそう』
『目とか口とか耳の穴とか、抜けたあとに地獄を味わいそうな予感』
既に目は瞑っている。閉じたまぶたの裏側、暗闇の世界に視聴者さんのコメントだけが次々に流れている状態は何だか不思議でならない。
彼らの言うことももっともだ。目と口は閉じているものの、鼻や耳の穴から砂は入ってくるだろうし地獄だよね。痛覚設定は低めにしてあるので、なんとなく気持ち悪い程度だけれど。最初に塞いでおけばよかった。しかしまあ、思いつかなかったのだから仕方がない。
ふと、足のつま先から徐々に周囲を圧迫する砂の重みが消え失せたように感じる。既にここは流砂を抜けたあと……なのだろうか。顔への圧力もないので、手で軽く顔の砂を払ってからそっと目を開ける。水で顔を洗ってから目を開けようかと思ったけれど、状況把握の方が先だと判断したからだ。
目を開いた途端デバフ「異物混入:眼球」なるものが表示され、涙が両目からこぼれ落ちた。お陰で視界がぼやけて周囲が上手く見渡せない。やはり、痛みを感じなくともデバフは厄介だ。
なんとか目を凝らすと、ぼんやりながらも、ヴィオラらしき人物やナタリーさん、アインと教皇が動いているのがなんとなく分かった。良かった、全員無事みたい。馬……も無事ですね。しっかり立っているところをみると、骨折の類いも大丈夫そう。
涙の効果で徐々に砂が洗い流され、視界がクリアになってからあることに気が付いた。
「げほっごほっ、……あの人達は?」
声がひどい。よくよく見ればデバフ「異物混入:口」もついていた。砂が口の中に溜まっており、まともに話せないということだろう。革袋を口に直接つけないように水を流し込み、軽くその場で何度かうがいを行った。
同じ様にうがいを行ったヴィオラが口を開く。
「見てこれ。ロープが切れてる。切り口が鋭利だし、さっき彼らについていた蜘蛛もどきに切り落とされたのかも」
「……当初の目的通り彼らだけ連れ去ったってことか」
僕らはお呼びじゃないので放置……ということなのだろう。必要とされていないようで、何だか悲しい。
周りをぐるっと見渡すと、一面コンクリートと金属らしき素材で出来た、ひどく現代的な空間。流砂に飲み込まれた直後に目撃した蜘蛛っぽい何かのことも考えると、辿り着く答えは一つしかないだろう。
「どうやらここはロストテクノロジーの内部……みたいだね」
「ええ、そうね」
「これがロストテクノロジー……」
ヴィオラに手伝って貰いながら目と口の中の砂を洗い流したナタリーさんも、周りを確認して呆然と呟いている。アインもキョロキョロと見渡してはいるものの、何を考えているのか迄は分からない。教皇もナタリーさんと同様、初めて見るのだろうロストテクノロジーに目を白黒させている。
道は前後どちらかしかない。そしてそのうちの一方――便宜的に後ろと呼ぶ――は金属製の大きな扉。前は長すぎて先が見えない通路。
「さて、と。どうしようか。そもそもここから移動する、で良い?」
「勿論。移動しないことにはここがどういう所なのかも分からないし」
「ロープはもう解いちゃって良いかな? それともはぐれないようにつけたまま?」
「何かあったときの為に外しておきましょうか。繋がったままじゃ何かと不便でしょ」
ナタリーさんを見ながら話すヴィオラ。対処出来ないような敵に遭遇したときに、僕達が囮になって彼女を逃がそうとでも考えているのだろう。繋がったままでは逃げるに逃げられない。
再利用をする可能性を考慮して、ロープは極力切らずに結び目を解く方向で回収をした。といっても落下時にきつくなってしまったので、結局何カ所かは切る羽目になってしまったけれど。まあ予備もあるので大丈夫でしょう……多分。
背後にある、重要そうな金属質の大きな扉は触ってみたものの、ピクリともしなかった。恐らくここが鍵となる部屋なのだろう……とは思う。この施設の中を探索すれば、開ける方法が分かるのだろうか。とりあえず今は一本道を先に進むことにした。
「ここってダンジョン扱いなのかな」
「……ノーコメント」
「あ、ヴィオラは知ってるのか。じゃあ何も聞かないでおこう」
『ヴィオラちゃんは知ってるのか』
『知ってて今迄何も教えなかったんかw』
『蓮華くんのプレイスタイルを考慮したらそうなるな』
「生産とか熟練度系の情報はともかく、クエスト関連は私もノーヒントで挑むわ。地図位は前もって調べるけれど。……でもさすがにNPCが二人も居たら怖くて、今回は特別。私だって蓮華くんの思いもよらない行動の数々が好きだからパーティを組んで欲しいとお願いしたんだし、それを阻害するような余計な情報は本人に頼まれない限り伝えないわよ」
『良い判断』
『蓮華君は本当にねー、ナチュラルに驚くようなことをやってのけるから』
『ヴィオラちゃん料理は下手(らしい)けど素材を生かす方法は上手いんだな』
『↑喧嘩売ってて草』
僕もヴィオラも貶されているような気がしなくもないけれど、まあ皆僕の方針を受け入れてくれているようなので良しとしよう。
しばらく歩いていると突き当たりが見えてきた。道は左右に続いている――いわゆるT字路――みたいだけれど、どうやら道を選ぶ余裕はないみたい。
「来るわね」
カチカチカチカチカチ……と、無数の金属音がこちらに向かって反響している。蜘蛛の大群の足音だ。ナタリーさんの言う通り、金属で出来ているものだから移動する度に甲高い金属音が鳴り響いている。
しかし機械か。日本刀との相性は悪そうだなあ……。試しに、一番最初に接近してきた一匹相手に太刀を振り下ろしてみる。なるべく関節部分を狙ったつもりではあったけれど、予想以上の堅さに弾き返されてしまった。横を見ると、アインも槍を精一杯関節部分に突き刺しているけれど、同じ様に弾かれたり、逆に抜けなくなったりと苦労をしているようだ。
『エンチャント試そう!』
『攻撃威力向上とか言ってなかったっけ、エンチャント』
『土属性で刀の耐久上げて脳死プレイでも良いし』
「あ、そうか、エンチャントがあったのか。ええと……どうやってやるんだろ」
考えてみれば今迄一度もエンチャントを試してみてない気がする。砂漠で襲ってきたシーワームは刀との相性が良かったのでそのまま切り刻んでしまったし。あのとき少しでも試しておけば良かったのか……。
『うそん』
『自分が視聴してないだけでどっかしらで試してるもんだと思ってた』
『上に同じ……』
「いや、大丈夫。魔法陣の時に魔力の出し方は理解したから、それを武器のエンチャントに応用してみれば良いだけな筈!」
前回は指先に集中していた魔力の糸のような物を、多分今回はもう少し太くして刀に填め込んでいる魔核へと意識的に流し込めば良い……んじゃないかな、多分。
「あ、なんか光った! あ、あ、凄い! 太刀も淡く光ってる!」
『凄ぇ』
『凄いし綺麗だけど絶対今試すことじゃない』
『緊張感の欠片もなくて笑ってる』
「はしゃいでるところ悪いけれど、こっちの矢にもエンチャントして貰えないかしら!? 全然歯が立たなくって」
ヴィオラの焦ったような声が横から聞こえてくる。そういえばヴィオラの矢にエンチャントしたのも森のダンジョンが最後だっけ……。もしかして、今なら矢に触れずともこの距離でエンチャントが出来たりなんかしないだろうか?
「ヴィオラ、ちょっと矢を持ったまま動かないで」
僕がやらんとしていることを察したのか、ヴィオラは矢を一〇本程手に持ったまま動かずに待っている。要は僕の場合は命中精度が低いだけで、動いていないものに対してなら触手を伸ばすようなイメージで魔力を届かせることが出来るのでは……と思った次第。魔力の注入に関しては教会での一件でそれなりに自信は持てるようになった。それを遠くへ飛ばせば良いだけなので、何とかなる!