127.衝動買い
各自必要な買い物を終え、集合場所である宿に戻った後。いざ出発という段階になってから僕は少し悩み始めた。
僕とヴィオラ、アインの三人だけであれば、迷わず一番疑わしい流砂の下へ直行しただろう。けれど今は教皇とナタリーが居る。彼ら二人の安全が保証されていないのにむやみに中に飛び込むのか……?
教皇の母君が「砂漠化の原因を調査中に行方不明になった」という確証がそもそもない。流砂に飛び込んでみたものの、当てが外れたとなったら教皇を危険に晒すだけ。護衛としてはそれは避けたい。でもそもそもナタリーは妹が流砂に飲み込まれたのをその目で見ている。遠回りでも一度子爵領の冒険者ギルドで調査して貰うのが先か、そのまま流砂の下へ直行するのか。どちらが良いだろうか。
教皇の母君が流砂を調べに行った訳ではないと分かれば教皇だけ子爵領の町でそのまま滞在してもらうと言う手もある。
ただしその場合、一つだけ懸念点がある。ナタリーの依頼で流砂の下――地下――へ行った際に、地上に致命的なダメージを与えるような何かをしてしまったら。町に一人置いてきた教皇も危ない可能性がある。そう考えると、僕達と一緒に居た方が安全だろうか。
「どう思う?」
悩みをヴィオラへと告げる。するとヴィオラよりも先に、教皇が口を開いた。
「僕は絶対に一緒に行く。流砂に挑むなら僕は絶対役に立つ。そうだよね?」
思いのほか強い口調で断言する教皇。思わぬ意思表示に僕は少し驚いた。
「そうね。私も離れるのは反対よ。これだけ流砂による被害が出ているのだから、生存率を上げるという意味でもヨハネスには居て貰わないと」
ナタリーさんは不思議そうな顔をしている。それはそうだ、自分より年下の少年が流砂探索で役に立つなんてどういう意味だと思うだろう。
「それじゃあ、先に流砂に巻き込まれに行こうか」
『流砂に巻き込まれにw』
『不穏な響きで草』
『ネタバレになるからあんまり言わないけど……死なないように頑張ってw』
視聴者さんから嫌な忠告を貰いつつ、いざ子爵領へ向けて出発。ナタリーさんやビルさんの話からすると、適当に歩いていれば流砂の方からやってきてくれるのだろう。
そう思って馬で進むこと現実時間一時間。ちなみに人数が一人増えてしまったので馬の割り当ては僕、肉付きの悪いアイン、小さな教皇で一頭。もう一頭はヴィオラとナタリーさん。その上で、移動に支障は出るけれど念の為全員の身体をロープで結んでいる。万が一流砂に遭遇してもはぐれないようにだ。
砂漠横断用の馬は王都で借りた馬の数倍の価格だった。子爵領での行方不明者続出により、比例して馬も戻って来ないことが多い為らしい。一種の保険のようなもので、無事に返却さえすれば大半の金額が戻ってくる。そろそろ財布が薄くなってきたので、僕の中で馬の保護優先度がとても高くなりました。
「思ったより流砂に襲われないな。もっと頻繁に襲われるイメージがあった」
道中、サンドワームには大量に遭遇したものの、流砂は一切見かけない。食肉調達という意味ではサンドワームは大歓迎だけれども、生きてるときの見た目が見た目なので、どうやら皆、食指が動きにくいようだ。確かに巨大みみずといった容姿はお世辞にも美味しそうには見えないか。今はまだ食料に困っていないので、確保はしているものの、使用は控えておこう。
『俺達はもっと早くに遭遇した』
『なんか変だね』
「ふむ……ナタリーさん、護衛の人達はどんな人でしたか? 身体的特徴とか、何か教えていただけますか」
「ええと、男女混合で四人。皆さんとても身体を鍛えていて、女性の方も、妹と荷物を持った状態で平気そうな顔をしていました」
ビルさんの話では、流砂はその場に居る全員を巻き込む訳ではないらしい。そしてナタリーさんの話では、流砂から蜘蛛のような生物が出て来て人を攫っていったと言う。つまり二人の話をまとめると、特定の条件の人々のみを地下に落としているのではないだろうか。
細身の男(僕)、女性、少女、少年、骸骨――、
「あれ、仮にがたいの良い人を選んで流砂に落としているんだったら、もしかして僕達は永久に襲われないのでは?」
『さすがにプレイヤーはどんな容姿でも襲われると信じたいけど……』
『ここまで条件(仮)に当てはまらないPTは草』
『でもナタリーさんの妹連れ去られたんでしょ?どう考えても条件に当てはまってなさそう』
「うーん、ナタリーさんの妹さん……のがたいも良いとかはないですよね?」
「妹は十歳で、多分その年頃の平均的な体格だと思います」
となると僕の見立ては外れているのだろうか?
「でもビルさんはプレイボーイって感じだったからやっぱり予想は外れてない気がする……まだ何か見落としてるのかな」
『条件が一つとは限らないかも?』
『でも子供って意味ではヨハネス君当てはまりそうなのに』
『蓮華君なら気合いで流砂呼び寄せて飛び込みそうだけど』
「気合いで……。そうか! 僕達の前に流砂が出て来ないなら、流砂が出て来そうな見た目の人達にくっついて歩けば良いのか」
『それは草』
『理論的には正しいけどそういうことじゃない』
「まあでも、そう都合良くがたいの良い集団に遭遇するとは思えないし……とりあえずご飯にしよう」
『待ってました!』
『何を作るのかな』
『wktk』
手早くテントを設置し、砂埃が料理に入らないように準備をする。
「じゃじゃーん! トレネの町で見つけたので衝動買いした鍋!」
『衝動買いw』
『タジン鍋じゃん』
『なるほど!無水調理!水が節約できて良き』
『発想が天才』
「実は無水調理初めてなんだよね。うまく出来るか心配」
『砂漠で初挑戦w』
『無謀すぎて笑った』
『どうせ蓮華君のことだからそう言いつつ、そつなくこなすんでしょ……』
「それじゃ、ヨハネスのリクエストにお応えしてシチューを作っていこうと思います!」
「やった!」
大はしゃぎの教皇。おお、良かった。実はシチューをリクエストされたとき、内心もの凄く焦ってたんだよね。結構水を消費するなあ……と。でも市場でこの鍋を見つけたとき、気付いてしまったのだ。無水調理なら水は殆ど使わず、コップ二、三杯程度の牛乳で済むことに。
早速調理開始。ジャガイモ、人参、タマネギにキャベツ、そして鶏肉を一通り適当な大きさに切っていく。ナタリーさんも興味津々といった表情だ。調理器具が限られている状況なので、品数は作れない。シチューの他には、せいぜいインベントリに入っているパン位か。なのでシチューを多めに作ることにした。残っても多分インベントリに収納は出来ると思うし。
調理時間はゲーム内の経過時間が基準。まずは鶏肉を炒めて、それから野菜と塩を少々入れる。野菜から出た水分が沸騰してから大体十分~二十分程度加熱。牛乳とコンソメを入れて再び煮込む。ちなみにコンソメは、顆粒コンソメをオークションで流しているプレイヤーが居たので事前に購入しておいた。顆粒コンソメ……作り方は知っているけれど、フードプロセッサーがこの世界にあると思えない。一体どうやって作ったのかはとても気になるところだ。
最後にバターと軟質小麦を使用した小麦粉――いわゆる薄力粉――を加えてとろみがつく迄混ぜ合わせればシチューの完成。
「思ったよりちゃんと形になった」
「良い匂いね」
「凄いです……!」
「シチューだ!」
『本当にそつなくこなしたw』
『これだから料理上手は』
『結婚してほしい。毎日ご飯作ってほしい』
「うん……? 誰か居る」
完成したシチューを木皿に盛り合わせたところで、後方に人の気配が。まさか盗人じゃなかろうな……と思って一瞬構えるか悩んだものの、殺気は感じないので振り向いて声を張り上げる。砂埃で余りよくは見えないものの、三人程居る筈だ。
「何かご用ですか?」
僕の声が聞こえたのだろう、警戒しているようなそぶりを見せながらも、一行が徐々に近付いてきた。
『何故気付けるのか』
『気配感知熟練度高そうw』
「何百メトルも離れていたのによく気付いたな……。いや何、君達の料理の匂いがあそこ迄届いたものでね。無理を承知でお願いするが、俺達にも分けて貰えないだろうか? その、実は寝ているところを流砂に襲われて、逃げるのに必死で荷物をまるごとなくしてしまったんだ。腹が減るし喉が渇くし、これ以上動ける気がしない……」
近付いてきた人々は男性三人。全員がたいが良い。先程の仮説通りなら、いかにも流砂に狙われそうな見た目をしている。
「それは構いませんが……、その代わり条件があります。僕達は流砂に飲み込まれる為に砂漠を彷徨っているのですが、残念ながら流砂が現れる条件に当てはまっていないようなので……流砂が来る迄一緒に居て貰っても良いですか? その後は逃げて貰って構いませんので」
『本当に気合いで流砂呼び寄せようとしてて草』
『流砂ホイホイ』
『いや、このタイミングでNPCと遭遇って出来すぎ。システム上の救済措置とみた』
「流砂に飲み込まれる為に!? 一体何だってそんな酔狂なことを。いや、それはともかく、料理を貰えるなら喜んで協力するが、発生条件って言うのは何なんだ?」
「あくまでも仮説ですが、恐らく貴方達のように体格の良い人々が狙われやすいのだと思います。ご覧の通り僕達の中には条件に当てはまりそうな人が一人も居ないので、もう何時間も歩いていますが、一向に流砂が現れなくて……」
「それはまた」
「俺達にとっては羨ましい限りだが」
「それが事実ならその仮説は正しそうだ」
ひとまずシチューとパン、それから彼らの革袋に水を注いでやる。突然目の前にバレルサイズの樽が現れたことに三人は驚いた様子だったが、すぐに納得したように頷いた。亜空間魔法とやらはこの世界では常識、かつ非常に珍しいものなのかもしれない。本当に存在するのであればインベントリとしてではなく、色々と使い道がありそうなので、是非収得したいものである。しかし、師匠は魔法はイメージと言っていたのでせいぜい属性位しか分類はないと思っていたのだけれど。それなら「亜空間魔法」なる言葉が定着しているのは何故だろう?
「ありがたい……」
「ところで、何故流砂に飲み込まれようと?」
水を飲み、シチューを半分食べたところで落ち着いたのか、男性が質問をしてきた。
「実は身内が巻き込まれまして。救出しに行こうかと」
「それはまた……しかし、危険では? アレに飲み込まれた後、どうなるのかも分からないのに」
「そのようですね。まあでも、何とかなるでしょう」
僕の言葉が楽観的過ぎると不安になったのか、男性三人は顔を見合わせ、そしてしばらく視線で会話をしたかのように頷いた。
「ほとんど無条件で貴重な料理と水を分けてくれたんだ。その恩に報いたい。身内の救出に俺達も参加させてくれ」
「ですが、あなた方が仰ったように多分危険ですよ? それに、どこかへ行く途中だったのでは?」
「いや、何。最近揺れがひどいんで、いよいよもって駄目だって話になって子爵領を出るところだったんだ。でも、もしかしたら俺達の知り合いも流砂に巻き込まれているかもしれない。助けられるなら助けたいからな」