125.考えなければ
「町には居たけど……最初の村とかこことか……門番が居ないのは何でだろう?」
朝食を食べながら教皇は不思議そうな顔で呟いている。なるほど、確かに王都は外に繋がるどの門にも兵士は居たし、教会や治安維持隊の本部にも見張りは立っている。それらの人々が村の入り口に居ないことを不思議に思っているのだろう。
「そうだねえ……大きな町と、小規模な村、違いは何だと思う?」
僕は答えを教えずに、あえて質問を重ねた。
「違い……住んでる人が少ないこと?」
「うん。住んでる人が少ないと、どうなる?」
だいぶざっくりとした問い。教皇はうんうん唸りながら考えている。
「住んでいる人が少ない……畑が大変……でも最初の村はあんまり畑に力を入れてなかった……ううん……」
「それじゃあヒント。門番の仕事は?」
ヒントと言えるのかも分からないけれど、とりあえず考える方向性を変えてみる。ヴィオラとアインはそんな僕らのやりとりを微笑みながら見ている。まあ、アインは微笑んでいるのかは分からないけれど、そんな気がする。
「えっと、中に入る人と外に出る人の身元とか、荷物とか、理由を聞いて許可をすること。あと、周囲の異常を確認すること」
「うんうん。じゃあ、王都とか、この間の町とか。門番さんの仕事の頻度はどれ位だった?」
「順番待ちの行列が出来る位混み合ってた。……あ」
どうやら気付いたようだ。
「村は人の出入りとか、異常が少ないから仕事として成り立たない?」
「そうだね。例えば、作物を育てている人は、自分が食べる……つまりそれ自体が報酬だったり、あるいは他の人に作物を売ったお金が報酬になる。店を開いている人は、物を売ったりした代金が報酬になる。それじゃあ、門番の報酬は、どこから出ると思う?」
これもまた難問だ。教皇が「税金」という概念を知らなければヒントもなしに正解に辿り着くのは難しいと思う。
「どこから……門を通る人はお金を払ってない……じゃあ他の住民? でも仕事の量が少ない人にお金を払うのは嫌かも……うう。父さん、ヒントをください」
『可愛い』
『蓮華君がちゃんと「お父さん」してる』
『これは将来良いお父さんになるわ……』
『てえてえ』
『「お父さん」ってか「教師」ではw』
「ヒントか。そうだね。ヨハネスは『税金』を知っているかな?」
「『税金』……分かんない」
「集落に住むメリットは、何でもかんでも自分達でする必要がないことだね。例えば自分が畑仕事をしているとして、その道具が壊れたとき。同じ集落に修理専門の人が居れば任せることが出来るね。そうやって徐々に人が増えていった結果、個人で所有しにくいものを共有するようになった。例えば、井戸。例えば大型農具。集落の皆でそれらを共有するんだ。それじゃあ、共有するものが壊れたときはどうするか。防壁が壊れたときは? 川が氾濫しそうなときは? 誰が直す? その報酬は?
『税金』というのは、ざっくり言ってしまえばそれらを直すときに直す人や材料に対して支払うお金をあらかじめ皆で貯めておきましょうね、という考え方かな。村の長が代表して皆からお金を少しずつ定期的に貰うんだ」
まあ実際には一口で「税金」と言っても、人頭税だったり十分の一税だったり、結婚税、死亡税、粉挽き小屋使用税だったりと、事細かに別れていたみたい。ただ今は教皇が混乱してしまう可能性があるので、細かいことは割愛する。
「そうか! つまり門番の報酬はその税金から払うことになる?」
「その通り。勿論、税金じゃなくて領主の個人的な財布から出す場合とかもあると思う。いずれにせよ、門番が居ない村というのは、自分達がお金を払って迄門を見張る必要がないと判断したってこと」
「でもそれじゃあ……悪い人が入ってきたり、魔獣が襲ってきたらどうするの? あの防壁には魔法陣もなければ魔法の類いも練り込まれてないよね」
『お?』
『防壁に魔法陣……ファンタジーだ』
『魔法を練り込むってなんや!?』
『教師と生徒の立場が逆転しそうな予感』
「まあ、いざとなったら村を捨てて逃げるつもりなんじゃないかな。だから皆店をやったりして、現物よりもお金を稼いでいたんだと思う。これはあくまで僕の考えだけどね。ところで、魔法陣とか魔法を練り込むって……何?」
「えっと、王都の防壁とかには魔法陣が描いてある……と思う。僕もじっくり見た訳じゃないけど、感覚で分かるから。門の外側に描いてあるから、多分外部に対して発動するんじゃないかな……。魔法の練り込みっていうのは材料に魔法を練り込むこと。王都の教会も材料に魔法を練り込んであるから、建物に対する攻撃には強いってハリーが言ってた」
『まじか……』
『材料に練り込むって、凄い幅広く活用できそうな匂いがする』
『やべえ、蓮華君の講義だと思って見てたらいつの間にか俺達が勉強してる』
『まった初出のやばい情報出ちゃったんじゃないこれw』
なるほど。考えてみれば、教会での一件のときは意識的に魔法陣を探したけれど、普段からそれを実践していなかった。防壁に魔法陣があるなんて気付かなかったなあ……常にそういう感覚が分かるように修行をしておかないと。
「そんなことが出来るんだ、初めて知ったよ、ありがとう。そうか、うーん……今知ったことだからこれは完全に僕の推測なんだけど、防壁にそういう方法が採用されていないのは、お金がないから……じゃないかなあ」
「そんなにかかるの?」
「うーん、多分。魔法陣は完成した防壁に描く訳だから、要するに魔術師を呼ばないといけない。村に魔術師が居るなら出来ないこともないのかもしれないけれど、そうじゃないなら王都とかの大きい都市から、魔術師を呼んで描いて貰うよね。それにかなりの金額がかかるんじゃないかと思う。それから魔法を練り込むのは、材料を調達する段階で練り込めるんだろうけれど。例えば最初の村なんて、あり合わせの材料で家とも呼べないような粗末な建物を建てていたよね。つまり、これもやっぱり材料に練り込む為に人を呼ぶか、最初から魔法を練り込んだ材料を外部で調達してこないといけない。彼らはそこにお金をかけるなら、村を捨てて逃げる方が安いし早いと考えたんじゃないかな」
「でも、村を捨てたらどうやって生きていくのかな」
「ほとぼりが冷めたら戻ってくるつもりかもしれないし、王都や次の村に逃げ込むつもりなのかも。いずれにせよ、そもそもあの村には兵士が居なかった。つまり、例え防壁を頑丈にしたとしても、退治をする人間が居ないのだからいずれ防壁は壊される。だから防壁にお金をかけるのは意味がないと考えたんじゃないかな」
「兵士が居ない……」
教皇は兵士が居ないという状況に衝撃を受けたようだ。確かに生まれてこの方王都から出たことがなければ、戦うことを生業にしている人を沢山目にしてきただろう。魔獣という危険な存在がいる世界で、そういった人達が存在しない場所は確かに信じられないかもしれない。
教皇との話が尽きたタイミングで丁度店が空いてきたので、僕は宿の店主へと声をかけた。
「この村は今でも子爵領からの移民が?」
「ああ、そうだね。てっきり昨夜はあんた達もそうだと思っていたけど……違うみたいだね?」
教皇とのやりとりを聞いていたのだろう。店主は僕達が王都から来たことに気付いたようだ。
「ええ、これから子爵領に向かうところなんです。それで、知っていることを教えていただければと」
「おやまあ、こんな子供を連れて行くなんてよっぽどの事情なんだろうね。わたしは子爵領に行ったことがないからはっきりとしたことは言えないけど……店に来た客が言うには、子爵領はまだ揺れてるみたいだね。なんでも揺れの頻度が増えた気がするらしくて、最近はまた人が増えてきたんだよ」
「揺れる回数が増えた……何だろう。原因は分かりませんが、確かに住んでる人にとっては不安になりますね」
「そうだろう? それで皆こっちに来るんだけど、なんだか砂漠に危険な奴が居るとかでねえ。昨日もそいつに妹を連れていかれたってんで真っ青な顔してやってきた子が居るよ。話せる状況かは分かんないけど、その子にも声をかけてみるかい? ここに泊まってるんだ」
「是非お願いします」
「ちょっと待ってなね」と言って店主は二階への階段を上っていく。危険な奴とは、流砂とはまた別なのだろうか?
『危険な奴=流砂orそれ以外?』
『この村で情報収集は最後だもんな。なるべく知っておきたい』
しばらく後、店主が誰かを引き連れて戻ってきた。髪はぼさぼさ、服はボロボロ。いかにも命からがらこの村へやってきた様子だ。そして一晩経ってもそのままなのは、連れていかれたという妹のことが気にかかっているからだろう。
近くまでやってきたその人物は、どうやらまだ十代と思しき少女だ。多分教皇よりいくつか上、といった程度じゃないだろうか。
「話を聞きたいって聞いたんですけど……」
「そうです。これから子爵領に行くので、なるべく情報が欲しくて。大変な目にあったとのことですが、良ければそのときの状況をお聞かせいただけませんか」
「子爵領へ……? 危険です! こんな子供を連れて行くなんて! 私の妹のように連れていかれますよ!」
「その、妹さんを連れていったというのは流砂でしょうか?」
「流砂……突然砂に吸い込まれることですか。いえ、最終的にはそうですが、妹を掴んで流砂とやらに一緒に消えていったのは別の何かです」
「別の何か……? 見た目など、詳しく教えていただけますか」
「ええと、なんだか変な見た目でした。生き物みたいに動くんだけど、材質?が生き物っぽくないというか。肉じゃなくて、包丁とか剣とか、そういう固そうな素材に見えました」
「金属質ってことかな……動きとかはどうでしたか?」
「足みたいなのが多分八本?とかあって。でも、足でもあって手でもあるんだと思います。その八本の足で移動しながら妹を掴んで、そのまま砂の中へ……。生き物に例えるなら、蜘蛛でしょうか。それが突然砂の中から現れて、私達の護衛についていた人達と妹を掴んで、あっと言う間に砂の中に消えていったんです。妹を助けに行きたかったけど、あいつらが消えた途端流砂も跡形もなく消えて……。食料なんかも皆持っていかれてしまったので、その場に居る訳にもいかず、泣く泣く私だけこの村に来たんです」
少女二人に護衛がついているという事実からすると、もしかすると良いとこのお嬢様なのかもしれない。それはさておき、ここに来て随分と興味深い情報が増えた。
「蜘蛛のような生き物がたくさん。それも、話を聞く限り流砂の出現タイミングを操っているようにも見える。ふむ。生き物は流砂じゃなくて、流砂を操るそいつらなのかな。今の話からいくと彼らは人間をわざと連れ去っている。それも、何か条件があって、それに合致する人物だけを攫っているような……」
「調べようにも、私達がその条件に当てはまってないと難しいかもしれないわね?」
「まさか、わざと捕まる気ですか!? そんな危険な……!」
「まだ分かりませんが……我々の目的地が砂の下なのであれば、行く方法は考えなければなりませんね」
また視界の上部に【クエスト情報が更新されました】の表示。メインクエストである砂漠化の原因調査に関連して、揺れやら流砂やらの情報が更新されるのだから、十中八九砂の下が関連しているのだろうとは思っているけれど。
「だったら……だったらお願いがあります! 私の妹を探して欲しいのです。いえ、出来れば私も一緒に連れて行ってください!」