124.仕事が早い
日持ちしやすい野菜、干し肉などを中心に食料を買い込んでいく。宿屋で食事している最中に流砂の話を聞いたこともあり、念の為ロープも何種類か購入。誰かが地上に残れれば、引き上げることが出来るのではないかと考えた次第。引き上げられる側は砂で窒息死しそうな気もするけれど。
どうしてのんきにゲームをしているのか? それは結局、あのニュースが流れたところで僕に出来ることは何もなかったからだ。むしろあのタイミングでゲームにログインをしなければますます変な疑いがかかると洋士に言われたのでログインをしている。けれど、改めて考えてみればおかしな話ではないだろうか。あのニュースと僕とを結びつける根拠って何もないよね……? どうして、いや、何を疑われているのだろうか、僕は。
本当はもう一泊位して町を見て回ろうと考えていたのだけれど、教皇が満足したとのことで出発。表向きはそう言っているけれど、どうにも神官との一件が気になって余り町に長居をしたくなかったとみえる。全く忌々しい。今度あの神官達を見かけたら一発殴ってやろうか。
次の村迄は徒歩でおよそ六時間。この旅の中で一番長い道のりのようだ。ちなみに、ここが子爵領前最後の拠点でもある。泣いても笑っても物資を調達出来る最後の機会。忘れ物がないかだけはしつこい位チェックしておかなければならない。
常歩と速歩を駆使して三時間強で踏破。ヴィオラの乗馬技術が高いからか、教皇も割と平気そうな表情で一安心。
『君ら二人本当にあっさり乗りこなしてるよねー』
『尻とか痛くならないの……』
『けろりとした表情がなんか腹立つw』
「ん、このゲームそんなところ迄再現されてるんだ? 凄いね。……痛みは特にないね、まあ慣れてるから感じないのかもしれないけれど……とりあえず、うん」
『超他人事で草』
『本当に痛いっていうか、デバフ出るよね?』
『熟練度高いと出ないんじゃない? 二人ともデバフついてないよ』
『まじかよ、一体いくつから外れるんだデバフは!!!!』
なんだか視聴者さんは乗馬について思うところがあるらしい。なるほど? 熟練度が低い状態で長時間馬移動するとデバフが発生するのか。一体どんなデバフなんだろうか……。聞きたいような聞きたくないような。
「さあさ、よく来た。ここ迄随分と長旅だったろう? 急ぎの旅じゃないなら、今夜はゆっくり休んで、何をするんでも明日にしときなさい」
宿屋の店主は親切な人だった。そして急な来客にも慣れている感じがする。僕らは王都からやってきたけれど、村の位置的に子爵領から逃げ込む人が多いから慣れているのかもしれない。
店主のアドバイスに従って今日はもう寝てしまうことにした。教皇は道中で既に限界だったのか夕飯も食べずに寝てしまったし、ヴィオラもそろそろ寝る時間なのだ。ここ最近ずっとゲームをしているけれど、大半が移動時間で大した進展はない。一度行ったことがある場所はテレポートスクロールで移動しないと効率はとても悪い。しかし、高いのだ……。
「……うん? 考えてみればテレポートスクロールって要するにテレポートの魔法が込められたスクロールだよね……ってことは、僕がテレポートを覚えてしまえば時間もお金も節約出来るのでは……?」
『確かに』
『その発想はなかった……!』
『テレポートってどこで習えるんだ?シモン師匠は知ってそうか』
『でも一人だけ移動出来ても意味ないよね。複数人移動出来るんかな』
「あー、そうか。五人迄移動出来る方のテレポートスクロール……あっちの魔法を覚えないと駄目か。魔法熟練度に依存とかだったらどうしよう、暫くは無理だ」
『それは確かに地獄』
『しかし覚えたらめちゃくちゃ節約出来る』
『テレポスクロール妙に高いと思ってたけど、プレイヤーが魔法覚えること前提で価格設定されてんのか』
『魔法熟練度上げてない俺涙目なんだが』
『つまりテレポートを覚えれば稼げる……?』
確かに、主要な都市辺りでテレポート代行なんかを始めれば儲かりそうではある。けれど、運営がそれを考慮していないとは思えない。例えば、もの凄くMPを消費するので、ポーションを使わない限り一日に一回が限度……なんて罠があるかもしれない。まあ、普通に遊ぶ分には一日一回でも大丈夫な筈。
ひとまず、夜も更けてきたので視聴者さんに挨拶をしてログアウト。三、四時間で何か進展があるとは思えないけれど洋士に状況を尋ねてみた。
「あれから何か進展はあった?」
「ああ。あいつらの家を作ってくれる業者は見つかった」
「あ、うん……いや、それも大事だけどそうじゃなくて」
まあそれを真っ先に言うということは、何事もないのだろうけれど。というか仕事が早いな……こんな夜にもう業者を見つけるって凄い。
「特に進展はないな。見回りもしているが、昨夜は問題なし。今日も今のところは平和なもんだ。朝になる迄は油断は出来ないが、もしかすると……神奈川と青森の奴らが最後の斥候だったのかもしれないな」
「だと良いな。またいつ来るかは分からないけれど、少なくとも今居ないなら皆少しは休めるだろうし」
「正直今回で諦めてもらいたいところだがな。これだけメディアが騒いでるんだ、次来られたら今度こそ隠し通せないだろ」
「そうだね……」
「ああ、進展といえば、言い忘れていたがエルフ一行が今日入国したみたいだ。暫くは騒がしくなるぞ」
「そうなんだ。って言うかそれを最初に言ってよ。随分早かったね?」
「まあ、和泉が頑張って他種族と交渉したらしい。日本政府側は俺達全員が賛成さえすればいつでも受け入れるスタンスだったし、エレナは俺達に会った後すぐにとんぼ返りしてこっちからの連絡待ちだった。入国許可が下りてすぐにあっちを発ったらしい」
移動中に襲われるような事態にならず、何よりだ。もしかするとこっちに派遣をしていた斥候からの連絡がなくて、それどころじゃなかったのかもしれない。
「そっかー……何にせよ無事に入国が出来て良かった。こっちで住む場所とかは既に手配済みだったってこと?」
「ああ、それも和泉がな。徐々に慣れて貰う為にそこそこ自然が残った田舎を選んだみたいだ。都内じゃないから俺達が年中守るって訳にはいかないが、エレナ達も来たから戦力って意味では前より増えてるし大丈夫だろ」
それを聞いて僕はほっとした。斥候との戦いで、仲間は結構怪我をしたらしいし、傷が癒える前に新たな敵が現れたらどうしようかと思っていたのだ。エレナ達の集団は僕達よりも多い。エルフと一緒に移住をしてきたのであれば、人数という意味ではひとまず安心ということだ。
「食事はどうするって?」
「森の中で動物を探すらしいが。あっちと違ってこっちの森はそんなに大きくないからな、取り急ぎ俺達が飲んでいる血液パウチを用意しておいた。が……、人数が人数だ。今後は提供者の数を増やさないと、在庫が足りなくなるかもしれない」
一難去ってまた一難。僕達の存在を公にする訳にはいかない以上、大々的に血を集める訳にはいかない。
「まあ、そっちに関しては和泉経由で病院に掛け合っているところだ。献血分を少し分けて貰うことで解決する……と思う。味さえこだわらなければ、俺達にとって血液の鮮度はそれほど重要じゃない。血液は保存が利かないからな、輸血に使用せずに廃棄になる分がある。それを貰うことになる筈だ」
「なるほど」
そういえば血液の保存期間はせいぜい三、四日なんだっけ。それを超えた分は輸血には使われず、研究や試験に使用される。それでも使用しきれない分は処理される……んだっけ。それが貰えれば確かに食糧問題は解決出来る。
「まあ、色々心配なのは分かるが、父さんは何も心配せずにあいつとゲームでもしててくれ。俺がちゃんと処理しておくから」
そう言って洋士は軽く手を上げて、リビングから自室へと戻っていった。洋士の能力は勿論信用出来る。彼が任せろと言うのであれば、確かに完璧に処理をするのだろう。けれど……やはり父親としては息子に任せっきりというのは何だかもやもやするのだ。例えばそう、僕が居ることによって洋士の足を引っ張るのであれば喜んで待機する。でもそうじゃなくて、僕の戦闘能力を買ってくれているにもかかわらず、僕が怪我をするのではないかという理由で前線から外されたことは、未だに不満がある。
勿論、ヴィオラの護衛も大事な役目なので、放棄して迄無理に前線に行くつもりはない。けれど洋士は前線に行っている。彼は気付いているのだろうか。洋士が怪我をしたら、洋士が恐れている苦しみを僕が味わうことになるということを。洋士に万が一のことがあれば、僕は自分自身が許せない。だからこそ、彼が前線へ行くときは、僕も一緒に行きたいのだという気持ちを理解してくれているのだろうか。勿論洋士だけじゃない。顔を合わせて話した仲間が亡くなれば、自分に出来ることが何かあったのではないかと自問自答してしまう。驕っている自覚はある。けれど、そう考えてしまうのだ。