122.難しい
ターバンと洋服。ヴィオラはワインレッドを、僕は青を、そして教皇は何でも良いと言いつつ、視線は白いターバンに向いていたので白を購入。むら染め?と言えば良いのだろうか。ところどころ色味が違って御洒落である。白にもちゃんと紫が入っていたので地味ということはない。ちなみにアインにも聞いたのだけれど、必要がないと首を横に振られてしまった。お揃いに出来なかったのが少し残念だったり。
気がかりといえば教皇。自分の考えや希望を一切口に出すことをしない。食事に関しても「何でも良い」、ターバンや洋服の色・デザインも「何でも良い」。食事に関してはメニューを見ても分からないからだろうと想像が出来た。けれど、ターバンや洋服に関しては自分の好みを言えば良いだけ。視線は白いターバンの方を見ていたにも関らず、何でも良いと言う。とてもではないが、これは良い兆候とは言えないだろう。
最初は教会での二年間のことがあってそうせざるを得なかったのかと思った。けれど、先日聞いた限り、十歳の頃迄の生活も割と大差がない気がする。教皇自身の為(と思われる)か、私利私欲の為かと言う違いはあるのだろうけれど、本人の気持ちになって考えればどちらの暮らしぶりも問題だと僕は思う。
自分の気持ちを言うことが出来ない人に、気持ちを聞くにはどうすれば良いだろうか。子爵領での用事を片付け、王都の教会へ再び戻る迄。その短い期間で、僕は彼に何をどう教えれば良いのか。
「……難しい」
「何が?」
「ん? いや……メニュー見ても何が何か分かんないねって話」
宿屋の一階にある食事処。悩む余り声に出してしまっていたようだ。教皇はメニューを食い入るように見つめている。その隙に、ヴィオラへと意図を伝える為に視線で教皇の方を見る。決して僕もメニューがよく分からなかったとか、そういうことではないですよ?
『横文字苦手そう』
『そういうときはおすすめください!って言っとけばいいんだ』
『あるよなー説明見てもさっぱり分からん料理』
僕の意図を察したとばかりにヴィオラは頷き、口を開いた。
「ああ、そういうこと。そうねえ、肉と魚と野菜ならどれが良い?」
「僕は魚かな。子爵領に入ったらしばらく食べられない気がするし。ヨハネスは?」
「え、えーと……な、何でも……」
「肉か魚か野菜さえ選んでくれればヴィオラが適当に選んでくれるよ、きっと」
「え、ええと、ええと……それじゃあ肉……? あ、でも魚が食べられなくなるならその方が良いのかな……」
困り顔でこちらを見る教皇。ふむ、今のは無理に僕の意見に合わせようとしている訳ではなく、純粋に迷っているのかな……?
「それじゃ、私が魚の中から選ぶからヨハネスは肉にしよう。シェアすれば良いでしょう?」
「え、ずるい。僕も分けたい……」
「はいはい、三人でシェアすれば良いでしょう」
『夫婦じゃなくて親子』
『ヴィオラママと二人の子供だったか……』
『てえてえ』
『コメントが削除されました』
「そういえば、規則で食事制限とかはあるの?」
「しまった」とは思ったけれど、口に出した言葉は取り消せない。もし肉も魚も殺生だから駄目とかだったらどうしよう……。
「肉とか魚とかも出てきてたから、ないと思う。なんで?」
「いや、異国の神職にね、殺生が駄目だから肉と魚は禁止、なんて決まりがあるって聞いたことがあって」
僕の言葉に、教皇は首をかしげる。
「その人達は何を食べるの? 食べなくても生きていけるの? 植物も生きてる。殺生が禁止なら何も食べられないよね……?」
「うーん、その通りだとは思うけれど……植物類は大丈夫って考えみたい。だから穀物と野菜は食べるみたいだよ」
「ふうん。それなら僕達のところは……、殺生が駄目なんじゃなくて、殺生してしまったのだから大切に食べましょう、みたいな感じになるのかな?」
「かもしれないね。出されたものを残したらそれは廃棄することになる。命を大切にするなら、自分を生かす為に奪ってしまった命に向き合うことも大事だよね」
『深いなあ』
『人生二度目ですかって位賢いヨハネス君』
「ところで、食材はいつ買う予定なの? なるべく日持ちするように次の村で?」
「食材……。そうか、それも必要だったか」
『それは俺も気になってた』
『まさかの忘れてただけ』
『食いしん坊ヴィオラちゃんが怒るぞ』
『シェフは蓮華くんか? それともヴィオラちゃんの料理をついに拝めるのか!?』
「う……料理は蓮華くんに任せるわ。出来ない訳じゃないのよ、出来ない訳じゃ。ただちょっと配信に映ると思うと自信がないだけで」
『言い訳し始めたぞ』
『料理がちょっと苦手なくらいが人気出るのでは』
『蓮華くんの料理真似したいから大歓迎』
「この町の方が手に入る食材の種類は多い気がするし、明日見てみようか。二人は何が食べたいとかある?」
二人に聞いているように見えて、実は教皇に聞いている。ヴィオラもそれを分かっているからか、悩む振りをして教皇の発言を静かに待っているようだ。多分、彼女が先に発言をしてしまえば教皇がそれに合わせると思ったのだろう。「わざわざ自分の為に他の食材を買ってもらう訳には」なんて、彼は考えそう。
「え、えーと……シチュー……が、食べたいな。無理なら良いんだけど」
「シチューね、了解。ちなみにどうしてシチューなの?」
「よく、母さんが作ってくれたから」
「そっか。それはプレッシャーだなあ。同じ味じゃなくても許してね?」
料理名を知っている段階で珍しい。何かしら理由があるとは思っていたけれど、母君と比べられるのはちょっとプレッシャーだな……。
「うん。ありがとう」
そのタイミングで注文した料理が到着。ついでに僕は店員さんに質問をした。
「この町は子爵領からの移住者が多いようですね。どなたか子爵領での異変についてご存じの方は居ませんか?」
「ああ、それなら丁度カウンターで一人で飲んでるおじさんがそうだね。おーい!! ビル! この人達があんたから話が聞きたいってさ」
ビルと呼ばれた男性が振り向き、面倒臭そうな顔でこちらへとやって来る。
「なんだ、また砂漠に死にに行く奴か? まあ、話が聞きたいならビールの一杯でも驕ってくれよ」
「それは勿論。店員さん、ビールをお願いします。……で、僕達は一応死ぬつもりはないですが、それだけひどい状況なんですか?」
「ああ、ひどい。そんな子供を連れて行ったら間違いなく全滅するぞ。舐めてかかって生き延びられるような場所じゃない」
「舐めてはいないですし……水や洋服、ターバンの類いは準備しました。それでも危険だという理由は何でしょう?」
「流砂だよ」
「流砂?」
「そうだ。突然足元に流砂が発生して、飲み込まれる。皆それっきり、誰も戻ってきた話を聞かない」
「ですが……流砂は本来そんな危険なものではない筈です。少し深くても数メートル、大抵の流砂は足がつく程浅い。突然の出来事に混乱して慌てるのは分かりますが、一人残らず飲み込まれて戻って来ないなんてことはあり得ない……」
「砂漠経験者も同じことを言っていたが、そいつも飲み込まれたんだよ。俺は普通の流砂とやらを知らないが、恐らくあれは別モンなんだろう。名前が紛らわしいが……ありゃ生き物の類いだと思った方が良い」
「ビルさんは生き延びてこの町に?」
「ああ。子爵領じゃまともに生活出来ないってんで仲間と一緒に動いたんだ。最終的に辿り着けたのは俺の他に数人だけだったが……こんなことなら大人しく子爵領で暮らしてた方がまだましだったかもな」
「その場に居た全員が飲み込まれた訳じゃないんですね?」
「そうだ。どういう訳か、一カ所で一人、二人落とした後はパタリと止むんだ。またそれなりの距離を移動したら流砂が発生する。だから生き物だって言ったんだ。まるで俺達の後を追いかけてくる猛獣だ。腹が減れば人を襲い、満足すればその場は落ち着く。直前迄目に見えない分、なお質が悪い。悪いことは言わないからやめておけ。どういう事情かは知らんが、子供を連れて行くところじゃない」
ビルさんはそう言って、僕達の顔を見回して溜息をつき、また元の席に戻っていった。僕達が忠告を聞き入れることがないと判断したのだろう。
「……流砂ねえ」
画面上部に表示された【クエスト情報が更新されました】の文字を視界の端に捕らえ、僕は呟く。教皇の母君はこれに巻き込まれた可能性が高いのか?
「砂の中に何かモンスターが居ると考えた方が良さそうね」
「砂漠を移動するだけでもお手上げなのに、モンスターと来たか。そうなると、装備を脱ぐ訳にはいかないなあ」
「厄介なデバフが多そうね」
「まず間違いなく徒歩での移動阻害系は発生するだろうね。準備不足の場合には口渇とか、熱中症とか低体温症……?」
「砂漠の死因の大半が溺死って聞いたことがあるけど」
「確かに……雨が降ると危険って何かで読んだかも。あ、でもどうだろう? 砂漠は雨量が少ないから、排水口とか、道路の整備がされてないのが原因で洪水が起きる筈。元々は普通の土地だったなら、その辺りはちゃんと整備されてると思って良いんじゃないかな……多分」
『へえ』
『溺死は予想外』
『そうか、雨が滅多に降らないならその辺のインフラは貧弱なのか』
『恵みの雨どころか死の雨ってことか……嫌だな』
『砂嵐で視覚デバフもありそう?』
「自然災害はどうしようもないけど、病気なら僕が治せる。……僕が病気になったらどうしようもないけど」
教皇の心強い発言に僕は頷いた。
「うん。ヨハネスの体調を最優先しよう。……そういう訳だから、ヨハネスも体調が悪いときはすぐに言って欲しい。我慢出来るとか考えないでね」
「分かった」僕達の命がかかっていると思ったからか、教皇は力強く頷いた。うーん、誰かの為とか関係なく、わがままや意見を言って貰えるのが理想なんだけれど。ひとまずはこれで満足するしかないかな。余り無理強いするのも違うと思うし。
「そうか、確かに砂嵐も怖い……テントは普通のと砂漠用で違うのかな」
『分かんないけど砂漠用って銘打ったアイテムが売ってた覚えはないな』
『強風に煽られても飛んでいかない頑丈さなら問題ないんじゃない?』
『まあ流砂のこともあるし野宿そのものが怖いよな』
なるほど、テントは今ある手持ちで良さそう。確かに原因不明の流砂を考えると、野宿自体を避けた方が無難なのだろうけれど……砂漠化の原因を探すのにあちこち歩き回ることになるなら、野宿は避けられない気もする。特に教皇の母君が流砂に巻き込まれたのであれば、僕達も流砂に飲み込まれる必要がありそう。
「万が一流砂に攫われた場合は、僕とヴィオラでヨハネスを守ろう。で、余裕があればヨハネスには僕達を治療をして欲しい。流砂の下がどうなってるか分からないから何とも言えないけれど」
「分かった」
「分かったわ」
「それじゃあ、明日は食材を買い込んでから出発ってことで」
「外泊なんて初めてでドキドキする」
「ベッドのが疲れも取れるけど……興奮して眠れないときは誰にでもあるし、移動中に寝てても問題ないわよ」
『修学旅行前の俺』
『分かる』
『そして当日は眠気で記憶がない』
そうか、皆そういうものなのか。僕も昔そんなことがあったような……なかったような。余りにも昔のこと過ぎて思い出せない。そっち方面はヴィオラに頼り切りになりそうだ。