121.先が思いやられる
「うーん……そうか。治療関連の教会の仕組みは、どこ迄知っている?」
「治療を求める人が教会を訪れるか、動けない場合は誰かが教会に神官を呼びに行く。治療が終わったら、神官に対して感謝の印として代価を払うって聞いた」
なるほど、その代価の中身を詳しく知らないからさっきの質問が飛び出た訳だ。教皇に対して説明するのも心苦しいけれど……住民一人が一ヶ月余裕で暮らせるような金額を一回に取られるのだから、多少の体調不良や怪我程度で教会を利用する人はまず居ないだろう。
「怪我の度合いにもよるけれど、大体一回の治療につき最低でも三十銀、四十銀は支払うことになる。王都の住民一人当たりのひと月の生活費に相当する額だから、おいそれとは頼めないんだよ」
「そんなに高い金額を払うの……? どうして?」
「俺達神官の力は神聖で崇高な神の力だ。その力を使ってやるんだからそれ位払うのは当然。まあ、お前達みたいな貧乏人にゃ代金は支払えないから一生縁はないだろう」
「え……」
教皇が呆然として声の主を見つめる。全く……人の会話を盗み聞いてしゃしゃり出てくるとは、よっぽど暇なのだろうか、神官というのは。
今回の旅には、実は二通りの意味合いがあった。一つは教皇の母君の足取りを調べること。そしてもう一つは、近隣の神官達の様子を確認すること、だ。最初の村と二番目の村には教会が存在しなかった。ようやく辿り着いた最初の教会の神官がこれとはまったく、先が思いやられる。
『飛んで火に入る何とやら……か?』
『あーあ、一番喧嘩を売っちゃいけない人に……』
『王都の神官すら顔を知らなかったんだから仕方ないのかもしれないけど、自分達のトップに喧嘩売るとかw』
「おい、こんなところで何油を売ってるんだよ。お前あの噂を知らないのか? 黒髪黒目なんかに関わったら祟られるかもしれないぞ」
もう一人やってきた神官もまた随分好き勝手を言ってくれる。とはいえ、ここで騒ぎにすると何の為に親子の振りをしたのかが分からないし、そもそも現在、教会内部の管理権限は特例としてバートレット侯爵家へと一時的に移っている。先日の一件の調査が全て完了次第、教会に戻されるらしい。つまり、教会内部の規則に「教皇に対して不敬を冒した神職はその官位を剥奪する」という条項はあるものの、管理権限がない今この場で沙汰を下すことが出来ないのだ。
出来ることは、後でこっそりハリーさんに報告すること位。せめて名前だけでも聞き出したいところだけれど、これ以上面倒なことになる前に離れた方が良い。顔はバッチリ覚えたのでどうにでもなる筈だ。それにしてもまさか、この町迄あのくだらない噂が広がっているとは。これはマカチュ子爵領の教会迄は既に伝わっているかもしれない。
「いや、ちょっと待て。こいつアンデッドを連れてないか? ネクロマンサーじゃないだろうな」
「何? ああ、確かに。フードで顔はよく見えないが、身体は骨だな……捕らえるべきか?」
「そうじゃないのか? 先日王都にアンデッドが襲撃したって言ってたよな、もしかしたらその犯人かもしれない」
「おいお前達、ついてこい」
話が突然面倒臭い方向に転がり始めた。うーん……大人しくついていくべきか、断るべきか? 断る場合、確実にここで乱闘を繰り広げる羽目になりそうだ。仮にも冒険者、一般人相手は後で面倒臭いことになりそうだしなあ……。
「確かにこの子はアンデッドですが、ちゃんと首元を見てください。テイミング用の首輪がついていますよ?」
「そんなもの、自分が召喚したアンデッドにつければいくらでも偽装が出来るだろう。そもそもアンデッドのテイミングなんて聞いたことがない」
まあそれは確かにテイマーの人にすら言われたことではあるけれど……。首輪の管理は冒険者ギルドが行っている。だからギルドにさえ行けば偽証は一発でバレるのに、どうして偽装を疑うのだろう?
「僕は王都を拠点にしている冒険者です、この町にも冒険者ギルドはありますよね? そこで照会して貰えれば僕の身分もこの子がテイミングされていることも保証されると思いますが」
「うるさいな! つべこべ言わずについてこい!」
明らかにギルドとは違う方向に連れて行こうとする神官達。僕の話の裏をとろうという気も最初からないってことですよね?
「……と言う状況なんだ、ハリー。ここの神官達に見覚えはない?」
『そうですか。想像以上に噂は広まっているようで困りましたね……。それにしても随分と奔放な方々が神官職に就いているようですね。一体どこのどなたなのか……おや? その顔には見覚えがありますね』
「ハリー神官殿!? これは一体……」
『大神官猊下……いえ、教皇聖下から事情を聞いていたところですよ。突然『貧乏人』がどうとか絡んできた挙げ句、急にネクロマンサーだと責め立てたようですね。あ、言い訳は結構。私もこの耳で直接聴きましたから』
突然の展開に僕は一瞬ついていけなかった。つまり、ええと? 教皇が水を媒体にして王都に居るハリー神官――いつぞやのクエストでフェリシアさんの治療をしていた神官で、最近は教皇の教育係のようなポジションらしい――に魔法で連絡を取り、一部始終を報告。そしてハリー神官と今目の前に居る神官とはどうやら顔見知りらしく、一気に顔が青ざめている、と。権力って凄いな。
「あ、ええと……きょ、教皇聖下……? そんなまさか……ははは」
もう少しましな取り繕い方はなかったのかと突っ込みたくなる程お粗末な発言。まあ教皇相手に貧乏人だなんだと言ったのだから、今更どうにもならないと気付いたのだろうけれど。
『今はこちらがばたばたしていますから沙汰が下るのはもう少し先になるでしょうが、分かっているでしょう? 貴方達二人、近日中に神官位を剥奪されると考えておきなさい』
「そんな……! 待ってください、僕達は凶悪犯の可能性を考えて拘束しようとしただけであって……」
『言い訳は結構だと言いましたよ。教皇聖下に対して貧乏人だなんだと言った段階で内部規則を犯しているのです。例え聖下のご尊顔を知らなかったとしても、人々に対して「貧乏」であることを理由に治療をしないという発言をした段階で神職としてあるまじき行為です。神聖力というのは神のご慈悲で与えられた力。それをお金儲けの道具のように扱い、貧困を理由に治療を放棄する行為は神の意志に反します。我々が代価をいただくのは、あくまで教会の存続の為であり、私利私欲を貪る為ではありません』
ぐうの音も出ないとはこのことか。何かを言おうと口を開いては閉じる、を繰り返す二人の神官。僕としては騒ぎにならなければ何でも良いのだけれど、神官二人が顔面蒼白とあって、別の意味で注目を集め始めてしまっている。
「……聖下、そろそろ行きましょう。注目を集めすぎています」
教皇の耳元で囁くように伝える。教皇は一度頷いてから、「それじゃあハリー。またね」と言ってさくっと魔法を終了。ハリーさんの返答を待たなくて良かったのだろうか?
「さて。服……よりも先に水を調達しようか。いつ今みたいなことがあるか分からないし、すぐに町を出られるよう、絶対に必要な物を最優先で揃えていこう」
勿論、服とターバンも優先順位は高い。とはいえ、砂漠と言えばやはり一番大事なのは水分補給だと思う。
「ごめんなさい、僕余計なことをした?」
「いいや、助かったよ。ごめんね、僕とアインってどうにも誤解されやすくて」
「それは別に、と、父さんが悪い訳じゃない。あんな噂を流した人と、アンデッドを召喚したネクロマンサーが悪いだけ。大神官代理みたいな人が居るとしても、神官全員が悪い訳じゃないのと一緒で、ネクロマンサー全員が悪い訳じゃない。……そもそも父さんはネクロマンサーじゃないしね」
『世の中の真理』
『凄い、その年で……なんて賢いんだ』
『まさに教皇に相応しい人格者』
「ありがとう。そうだね、僕はネクロマンサーじゃない。でも、例えネクロマンサーだったとしても、ヨハネスの言う通り、僕自身が悪いことをしていない限りは責められる理由にはならない。ネクロマンサーそれ自体は人々の生活に根付いた、大事な職業だってことは前にギルドのマスターに聞いたしね」
そうだ。今更気付いてしまったけれど、ヨハネスの母君の生死を手っ取り早く確認する方法として、ネクロマンサーに降霊術を頼めば良かったのだ。亡くなっている場合、確実に降ろせるのかどうか分からないけれど、少なくとも存命だった場合は百パーセント降霊は失敗する。生きているのか死んでいるのか、それによって探し方も変わる可能性があるし、王都を出発する前に調べておくべきだったかもしれない……。
そんなことを考えていると、水の看板がぶら下がった店舗が視界に飛び込んできた。まあ、もしも教皇の母君も子爵領の砂漠化について依頼を受けていたのであれば、メインクエストを進める過程で足取りも掴める筈。今は買い物に集中しよう。
「いらっしゃい」
「水が欲しいのですが」
「子爵領へ行くのかい。革袋込みで二リトル二十銅、革袋が要らないなら二リトルで十銅だよ」
「そこの木樽に入った分を直接買うことは?」
「そりゃ構わないが……水は二百リトルで十銀。だが樽代が高いからな、負けてもせいぜい合計二金だ。素直に革袋で買った方が良いんじゃないか?」
普通の旅人なら木樽を運ぶ手段もないし、樽代が高すぎてなんのメリットもない。だから店主としては革袋を薦めてくるのは当然なのだろうけれど――、
「一人当たり一日二リットル飲むとして、三人で六リットル。二百リットルならひと月ちょっと持つ計算だから……初めての砂漠だから不測の事態に陥ったとしても、買い足す必要がないと思うんだよね。同じ量なら革袋の方が安いのは分かる。分かるけどやっぱりインベントリ問題がね……」
現時点でインベントリの枠を拡張するアイテムの販売は行なわれていない。既存の枠内でアイテムの整理を行う必要がある以上、なるべく一枠に収めたいというのが本音だ。革袋の一スタックがいくつかは分からないけれど、もしも十個なら教皇の分も僕達が持つので、一人五枠は水で潰れることになる。
『ちなみに革袋は一スタック十個だよ』
『酒樽代=インベントリの節約費かw』
『まあ砂漠化の原因究明ってなると結構うろつきそうだしね。水は多めにあった方が良い』
『インベントリに重量って概念がないからこそ出来る芸当だよな』
『いい加減インベントリ拡張来てほしいよなー。ちょっと遠出すると武器がかさばってどうしようも無い』
やっぱり視聴者さんもインベントリ問題には悩まされているらしい。
「それにさ、水を飲み終わった後も色々使えそうじゃない? 魔獣の血液とか、なんかそういう液体の採集とかに。まあ血液が必要かどうかは知らないけれど」
「確かにそれはあるかも。血液なんかはポーション作りにも使いそうだし、大型獣になればなるほど大きな容器が必要になるものね。水は共有財産だし、今後もパーティを組み続けるなら樽は私の方が使いそう。買うなら勿論半額出すわよ」
「……ということなので、一樽いただけますか?」
「まあ良いが……どうやって運ぶつもりだ? 馬一頭で引ける重さじゃないぞ」
「それはこうやって……」
代金を支払って、インベントリに格納。普段は僕達の行動をある程度スルーしてくれるNPCだけれど、今回ばかりは気になったらしい。
「亜空間魔法か!? なるほどなあ……それなら納得だ。珍しいもんを見せて貰ったからな。サービスに革袋を三枚つけてやろう。これに入れて飲めば良い」
既にここに来るまでの道中で革袋は用意済みだけれど、サービスと言うのならば断る理由はない。親切な店主に礼を言って店を出た。さて、次はヴィオラお待ちかね、ターバンの購入といきますか。