120.馬?
「町っていうか、都市の方がしっくり来る位規模が大きいな」
よくよく見れば真新しい建物と古い建物が混在しているように見える。店ではなくアパートのような住居の類いが建築されているので、子爵領からの移民を受け入れているのかもしれない。
西洋史には余り明るくないけれど、農村部の家屋と言えば主に平屋、そして都市部と比べて建築技術の水準が低くガラスが普及していない為、多少薄暗くとも防寒の為に煙突や窓を極力作らないことが多かった筈。二番目の村に、まさにそんな家屋がいくつかあった。
それに比べてここの住居は窓もあり、建物自体も三階建て。そして何より窓にはガラスが使用されており、煙突も存在している。つまり、この町には都市部に引けを取らない腕と知識を持った大工が居るか、派遣して貰うだけの資金力があるいうことだ。この町の規模がそれだけ大きいことの証明でもある。先の酒場の店主が言った通り、これだけ大きな町が近くにあるのだから、あの村が外部からの収益に期待をしていないのも頷けた。
そしてもう一つ分かったことがある。シヴェフ王国に関しては中世ヨーロッパを元に世界観が作られているのは元々王都で気付いていたけれど、こうして村や町を訪れた結果、中世の中でもかなり時代にばらつきがあるのだ。
例えば最初の村。あの村の家屋は泥や茅を使用した掘立小屋で、恐らく中世初期の建造物。そして二番目の村は石やレンガを用いているものの、窓や煙突といった開口部が少なく未熟な建築。十三世紀頃の農村に多く見られた建築構造な筈だ。そして今居るこの町に関しては、土台に石材を利用し、上部は木材で柱を建て、その隙間をレンガや土壁で埋める、いわゆるハーフティンバー様式が用いられている。これは確か十四世紀以降の建築方法だ。
ゲーム内時間で半日程度の距離でここ迄建築方法に差が出るというのも変な話ではあるけれど、住民の考え方の違いを考えれば少しは納得がいく。自分達の生活をよりよくする為に努力しているかしていないかは、村の状況にも差として現れていくのかもしれない。
そして一つ前の村で話が出ていた魔獣。現実の中世ヨーロッパには存在しなかったそれらの生物もこの世界観に大きな影響を与えているだろう。例えば、本来農民はもう少し後の時代から貨幣経済に参入する筈だけれども、魔獣が頻繁に村を襲ってくれば悠長に畑を作っている場合ではないと考える筈。より持ち出しやすい貨幣の入手に力を入れ始めたり、どの村も防壁だけは妙に立派なのはそのせいかもしれない。
「凄い……! 今迄のところと違って人がたくさん居る。王都みたい」
僕の考察に連動するように、教皇も感激したように町の景色に見入っている。うっかり駆け足でここ迄来てしまったけれど、文明発達レベルの調査と言った意味でも興味深いし、何より「外の世界のことを知りたい」と言った教皇の意見を取り入れて、ここからの旅路はなるべくゆっくり、各拠点一、二泊程度はすることにしよう。
「まずは宿を探そう。それから買い物がてらこの町をじっくり見て回って、明日、もしくは明後日に出発。それで良いかな?」
事前に打ち合わせた通り、町の中では僕は教皇に対して馴れ馴れしい態度をとっている。いつもの口ぶりで接していては、誰が見ても「やんごとなき身分の少年とその護衛」だと分かってしまうからだ。金持ちの子供とみれば身代金目当てに攫おうとする輩はどこにでも居る。教皇本人も魔法で自衛は出来るだろうけれど、誘拐のリスクを下げるに越したことはないと判断した結果だ。
「ありがとう……と、父さん。嬉しいです」
慣れない演技に戸惑いながらも、教皇も僕を父と呼んでくれた。見た目的には黒髪黒目同士、十分親子設定は通じるだろう。
『かわええのう』
『癒やしだー』
『父さんとか……くっ!そこを変わってほしい!』
『お父さん、随分と異国情緒溢れる服装ですがそれについてはw』
「お父さんはカラヌイ帝国出身なんだよきっと……お母さんがこっちの人なんだ、うん」
『本当にそれっぽくて草しか生えない』
『ちょっとした騒ぎがあった直後にヴィオラちゃんがお母さん役とかよくやるわw』
「ここでヴィオラだけ赤の他人とか、逆に不自然でしょだって……」
『まあな』
『護衛枠w』
『↑護衛ついてる段階で芝居が無に帰すんだよなあ』
一般市民が護衛をつけるなんてないからね、ヴィオラが護衛役ならその時点で「やんごとなき身分」だって言ってるようなもの。勿論却下である。
「さ、それじゃあ買い物を……、と。必要なのはターバン、水、それから着替え。今は秋だから薄手の服と防寒具、どっちも用意した方が良いかな? 他には……移動用にラクダ?」
「ラクダはここの町かしら? それとも次の村かしら」
「移動は馬だよ、そこの人。砂漠に最適化した馬が居る。この町、あるいは次の村でも貸出してる。あとは……そうだね、初めてならまず間違いなく体調を崩すから、薬は必須だと思った方が良い」
突然僕達の会話に割り込んできたのは市場で露店を開いている女性だった。僕達と同じことを知りたかったのか、すぐ近くを歩いていたNPCも頷きながら女性に礼を言っている。
「砂漠に最適化した馬? それはまた随分と好都合だな……普通、砂漠に馴染むにしてももっと時間がかかる気がするけれど」
「さてね、その辺はあたしには分からないけど。子爵領の動物たちは割とすぐに砂漠に馴染んじまって羨ましいって話なら前に旅人から聞いたよ。それで? 教えてあげたんだからうちの店で薬を買っていかないかい」
にやりと笑う女性。よくよく見れば確かに彼女が広げている商品は草や陶器の小瓶。草は薬草、陶器の小瓶には薬が入っていたのか。
「体調不良って、具体的には? どれが何に効くの?」
俄然乗り気になって質問をしているのはヴィオラ。薬草に関しては彼女に一任して良いだろう。僕は教皇を連れて他の物を買いに……と思ったけれど、教皇本人も女性の説明に興味津々といった様子。はぐれても面倒だし、急ぎの旅ではない。ここは全員で行動した方が良いか。
「よく聞くのは頭痛・発熱・下痢だね。これが頭痛、こっちが発熱。こっちは下痢によく効くよ。あたしの手作りだ、効果は保証する」
「ふうん……全部六個ずつ買う代わりに、材料を教えてくれない? 分量は言わなくて良いから」
「なんだ、参ったね、同業者に声をかけちまったか。まあ、ここいらで商いをしないって言うなら教えなくもないけど……」
「しないわ。手持ちの薬草で再現出来るか知りたいだけ。しばらくは子爵領内に滞在することになるから、自分で作れるようになっておきたいのよ」
「そうだねえ……頭痛はこれとこれ、発熱にはこれとこれだ。下痢止めにはコンフリーの根茎。あとはまあバイバイ草だね。分量は自分でなんとか頑張っておくれ」
「バイバイ草? どんな見た目をしてるの?」
「おや、あんたバイバイ草を知らないのかい? そりゃまた……まあバイバイ草は大抵の薬草の効果を文字通り倍になるんじゃないかって位増幅させるんだ。症状が軽い場合には別に用いる必要はないし、副作用なんかを考えて使わないようにしてる人も居る。あんたの師匠はそういう考えだったのかもね」
そう言って女性はヴィオラに対してバイバイ草とやらを掲げて見せてくれた。コンフリーは日本にも存在するし見たことはあるけれど、バイバイ草とやらは見たことも聞いたこともない。大抵の効果を増幅させるという効能、それに「倍々」なんて安易なネーミングから察するに、GoW製作者による架空の植物だろうか。
「ありがとう、参考になったわ。情報料だと思ってお釣りは貰ってちょうだい」
「気前が良いねえ! 毎度! それならこれもサービスでつけておこう。道中で何かを作ったときに入れ物にしな」
そう言って手作りと思われる陶器の小瓶もいくつかつけてくれた。おお、こういう、杓子定規じゃない対応を見ていると、NPCなのかと疑いたくなるよね……。
『すげえ』
『おまけとかしてくれんのかw』
『NPCじゃなくて一人の人間として接した方が良さそうだな』
『バイバイ草とかいうネーミングよ』
「それじゃ、次はターバンと着替えでも買おうか」
「お洒落な色があると良いわね」
「え? あ、うん」
頭や顔の防護としか考えてなかったけれど、見た目にこだわるのなら店選びも慎重にならないといけないかも。
『完全に装備としてしか見てなかったな、今』
『砂漠でターバンって写真映えしそう』
『ラクダなら完璧だった。まさか馬だとは……』
『ここ数年で砂漠化した地域にラクダが居たらそれはそれでってなるしな』
「馬か……馬ねえ……」
やっぱりそこは気にかかる。先程女性と話した際に【クエスト情報が更新されました】の表記が上部に出たので、やっぱり動物の生態が変化したことも一つのヒントなのだ。
『動物は最初から砂漠化に備えていたみたいだね』
『謎が更に深まった』
『動物は勘が鋭いっていうしなんか感じ取ってたのかな』
「どうだろうね。確かに自然災害が目に見える前から察知して逃げたりするらしいし、その可能性は十分あるけれど……なんとなくしっくり来ないな、ただの勘だけど」
『お、野生の勘ってやつか!?』
『蓮華さんの勘も動物並みってことっすか』
『戦闘力高いし、そういう意味では勘も鋭そう』
『↑実戦経験豊富なこと前提で言ってね?w』
「気になるなら馬を借りたときにでも調べてみましょう」
ヴィオラの言葉に頷いてから、僕は教皇の様子を確認した。彼が興味を示しているものがあるなら、買い物よりも優先しようと思ったからだ。ところが教皇は、僕の予想に反して周囲を見ることもなく、何かを深く考えている様子。
「どうかした? 何か気になることでもあった?」
「あ……うん。えっと、どうして皆薬を使うのかなって。教会で治療をすればすぐ治るのに……」





