117.これで終わり
「さっきは悪かったわね」
東門の検問を抜けた辺りで、ヴィオラが口を開く。
『随分早く戻って来たなw』
『おかえりー!』
『まあ仕方が無い』
『コメントが削除されました』
『お?モデレーター雇ったか?』
『もしくはAIじゃない?対応早いし』
『コメントが削除されました』
ちなみに僕は、先程の件もあるので視聴者さんに事前に了承を得た上で、ヴィオラ側の配信コメント欄も表示している。彼女のコメント欄では、早速AIモデレーターが働き始めているようだ。設定が効いているという意味では良いけれど、それはつまりAIが反応するようなコメントがあったということなので、全然喜ばしいことではない。
かくいう僕の方のコメント欄も、しっかりとAIモデレーターが働いているらしく、ときどきコメントが削除された旨が表示されている。月額費用の元が取れると喜べば良いのか、それだけ悪意のあるコメントが多いことを嘆けば良いのか……。
AIの仕事頻度という意味ではヴィオラの配信の方が多い印象。ということはやっぱり僕の視聴者さんの中の誰か、と言う可能性が高い。ううむ……一応さっきの配信の最後に釘を刺したつもりだったのだけれど、あれでは弱かったのだろうか。皆プッツン星人の件から学んでないのかな。
『結局、二人の関係は?』
『どう考えても二人、現実で連絡とってるのは確かだよね?』
「まあ、そうだね……」
『歯切れが悪い』
『言いたくないなら無理していう必要ないんやで』
「私が説明するわ。私の事情がかかわることだから、蓮華くんからは説明しづらいと思うし」
『お』
『まじか』
『確かに蓮華くん紳士的だし、他人の事情は喋らないだろうな』
「……先日仕事を辞めたのよ。それで、その理由がストーカーで……」
『えっ』
『ちょ、それ大丈夫なん?』
『警察は?』
「警察には行ってない。前々から職場と家とを往復するときに誰かに見られている感じはしていたの。で、その人が先日ついに行動を起こしてきて……人気のあるところへ行こうと思って、本屋へ行った。気分を落ち着かせる為って言うのもあって、いつも見てるコーナーに行ったのよ。そしたら蓮華くんそっくりな顔の人を見つけて……」
『流れが分かった気がする』
『男の人と一緒に居たら相手もひるみそう』
『待ち合わせしてたと勘違いもするし』
『でも逆恨みとかもありそうじゃない?』
「ヴィオラの顔色が悪かったから、話を聞くために喫茶店へ誘ったんだ。それで、ストーカー被害に遭っていること、現在進行形で本屋迄ついてきていたことを聞いた。彼女の話から、職場だけじゃなくて自宅も特定されていることが分かったから、引っ越しと、退職を提案した。すぐに決断出来ることではないと思ったんだけど命も危ないかもしれないと思って」
『それはそう』
『蓮華くんと会ってるのを目撃したらよけいヤバいことになりそうだし』
『家に押し入るとか絶対してくると思う』
「そう、皆の言うとおり、家に帰るのは危険だってことになって、あっさりその場で決めちゃったのよね、私。ほら、前から配信内でも少し触れていたとは思うけど、元々職場に未練はなかった。それで、有休が余ってたからその日以降一度も出勤せずに辞めて今に至る感じね」
『家は?』
『仕事辞めて尚且つ引っ越しって出費やばくない?大丈夫?』
『仕事はともかくその場で引っ越しって難しいよね?家に帰らなかったなら蓮華君の家に泊まった感じ?』
『コメントが削除されました』
『コメントが削除されました』
『おっと、コメント欄がまた荒れてきたぞ』
「まあ、似たようなものかしら……その日以降、蓮華くんの家の隣に住んでる。正確に言えば、彼自体も友人の家に居候しているから、友人宅の隣、ね」
『即日入居できたってこと?』
『コメントが削除されました』
『あんまり喋るとまた場所特定されるかもよ、ストーカーがGoWプレイヤーってこともあるし』
「元々蓮華くんの友人が隣の部屋ごと借り上げてて、ずっと空き室だったからって借りてる感じだけど……まあ正直な話、荒唐無稽な話よね」
『信じるけど……結局ストーカーが蓮華くんに交代しただけなんじゃないかと心配』
『コメントが削除されました』
『蓮華君がそんな人じゃないとは思いたいけど、親切にしてやったんだから見返りに……とかありそう』
『ってか、こんだけ短期間で戻って来たことを考えると、嘘設定考えて口裏合わせしてきた気もするけど』
『コメントが削除されました』
『ヴィオラちゃんの顔がキャラ通りならストーカーは本当にあり得る話だとは思うけどそのあとがなあ』
『前々から配信中に話に出てたけど、職場は役に立たないどころかストレスフルだし、場所特定されてるなら辞めて正解だとは思う』
『蓮華くんが上手に嘘つける筈がない、これは全て事実とみた!』
『まあ何にせよ無事で良かった』
『二人は明らかに外部で連絡取ってる、でもパーティ組んだ当初のことを考えたら前から知り合い説は薄い。俺は信じるよ』
『コメントが削除されました』
『削除コメ目立つけど、別に犯罪犯してる訳じゃないんだから二人はわざわざ釈明する必要なんて無い。説明してくれただけありがたくない?何をそんなにグチグチ言ってるんだろう』
『まあ付き合ってたって別に全く問題ないからな』
『今の話聞いてる限り、ヴィオラちゃん貯金食い潰してる感じかな?少ないけど生活費の足しにして欲しい』【1金】
『すげえ、一日の上限額w』
『そんだけあれば確かにちょっと安心やな』
『職探し焦らなくても良さそう』
全てを説明し終えた段階で、ヴィオラのコメント欄は相変わらず削除コメントが目立っている。けれどそれと同じくらいに投げ銭や暖かいコメントが目立つようになっていた。確かにヴィオラの言う通り、ストーカーから逃げた先で僕と会った、は荒唐無稽な話ではある。でも実際彼女は美人だし、ましてや現実の顔そのままで配信している疑惑――事実その通りである――が出ているし、ストーカーの一人や二人、居ても決しておかしくないというのが視聴者さん達の判断だった。
『二人は本当に付き合ってないの?』
『それは確かに気になる』
『助けて貰った吊り橋効果で……とかありそう』
「蓮華くんには感謝している。でも……、前から言ってると思うけど私本当に自分の恋愛だとか結婚とかに興味ないのよ。それに使うお金があったら漫画とかアニメとかグッズとかに使いたい。それに、前の職場の話をしたことがあるから知ってる人は知っていると思うけど、この手の話のネタにされるのも凄く不愉快ね。直接私の交友関係についてどうこう言ってくる人はファンを辞めて貰って結構。まあ多分、最近コメント欄を荒らしているのは私のファンじゃないでしょうけど」
『「不愉快」のときの表情がぐっとくる』
『まあ誰のファンなのかは一目瞭然』
『蓮華くんが朝の段階で釘刺してるのに、まだやる奴はもはや彼のファンですらないんだよなあ』
「あのね、私も蓮華くんと同じで、法的手段に出ることに対しては別に消極的じゃないの。というより、こうやってAIモデレーターを雇う為に月額費用なんて余計なものがかかるようになった時点で割と頭に来てるから、これ以上何か言うようなら私も考えることになる。AIが削除したコメントって、あとからこっちで見ることは出来るから、送った時点でアウトだってことは忘れないで。勿論、配信コメントじゃなくて私に個人メッセージを送ってきた人も、よ」
個人メッセージでも誹謗中傷してくる人が居るのか……。まあでも、三十年前迄ならともかく、今は個人メッセージでの誹謗中傷に関しても発信者情報の開示請求は認められるように法改正はされている。そういう意味では特に心配する必要はないかな?
ただ、内容によっては立件が難しいかもしれない。配信コメントのような不特定多数が見られる場所での発言に関しては「名誉毀損罪」もしくは「侮辱罪」が成立するけれど、個人メッセージでは公然での発言ではないのでどちらも当てはまらない。一対一におけるやり取りでは「脅迫罪」辺りが当てはまるけれど、これも内容や頻度によって判断が違ったりして、なかなか難しい。最悪、民事訴訟での精神的苦痛に対する損害賠償請求のみということになる。
刑事にしろ民事にしろ、相手が逆恨みして更に被害が増すこともあるので、結局のところ当初に想定していた以上の労力や精神的疲労感を感じることになる。なるべくなら穏便に済ませたいところだけれど……ここまで言ってもやめない人達相手だと、難しいかもしれないなあ。
『マジギレワロタ』
『AIモデレーターの金額調べたら月に1,650円とかするのね』
『単行本一冊買えるわ……そりゃ俺でもキレる』
『まあ嫌なら配信辞めればって話にもなってくるけど、それは違うしな』
『誹謗中傷する方が悪いんであって、誹謗中傷されたからって配信辞めるのはおかしい』
「さ、この話はこれで終わりよ。もう話題にしないで、分かった?」
『OK』
『りょ』
『最後に一個だけ。今回分かったこと。蓮華くんの顔はキャラ通り』
『そりゃ目撃情報もあっちで出てるしな(ボソッ』
『蓮華くんが気付いたってことはヴィオラちゃんも顔そのまま疑惑ない?』
『いや、「蓮華くんよね?」とか声かけられて気付いた可能性は微レ存』
『果たして真相は?』
「「ノーコメント」」
『息ぴったりかよ』
『草』
『これはギルティ』
「ところで……適当に進んじゃってるけど、この方向で合ってる?」
「ええ、多分。マカチュ子爵領は東南……前回のクエストで解放された東区域の更に先のところにあるらしいから正しい筈よ」
『二人は、なにげに東初めてだっけか』
『こんだけ強い二人が東初めてってなんか違和感』
『王都でイベントに巻き込まれるか、森でダンジョンに巻き込まれるか、王都でいちゃもんつけられるかしてたもんね』
「字面だけ見ると運が悪い人みたいになってる」
「ゲーム的には美味しい人だけどね。……ところで、蓮華くんは道中にあるだろうクエスト、どうするの? メインクエストについて、運営に確認した?」
「あー、そうそう。王都到達時点迄のクエストは完了扱いにして貰ったよ。お陰で少し懐が潤ってる」
そう、デンハムさんに武器代金を支払っても問題がなかったのは、ひとえにメインクエストの累計報酬が入ってきたおかげなのだ。これがなかったらさすがにちょっと躊躇したよね……三金は。
「じゃあマカチュ子爵領迄の道すがら、クエストを消化しながら行く?」
「そうだねえ、メインクエストの報酬もそれなりに良いみたいだし、急ぐ必要がないなら色々見ていきたいところだけれど……」
教皇のお母さんの足取りを辿るとなると、一応急いだ方が良いのだろうか。いや、それ以前に王都での裁判が終了する迄の間ってことは、期限があるってことかな? 裁判の日取りとか一切知らないんだけれど……。
「僕も見てみたい。王都以外の町を知らないから」
教皇がぼそりと呟く。おお、これはクエストを消化しながら進んでも良いと受け取って良いのかな?
「ではそうしましょう。ところで……聞いて良いのかは分かりませんが、聖下の母君は冒険者なのですよね? 聖下自身は王都から出たことがないのですか?」
子供連れでどこかに行くのが危険とはいえ、一人で王都に置いていくのもある意味危険。今までの話をまとめると、なんとなく教皇は教会で暮らしていなかったような感じがするし、一体今迄どうやって暮らしてきたのだろうか?
配信関連はこれにていったん収束です。





