115.事態についていけない
そういえば、東に行こうと言う話は昨日マンションでしたんだった。当たり前のように準備をして出発したけれど、ここ最近GoW内では仕事か単独行動ばかりでヴィオラと行動を共にしていたことはない。視聴者さん的には確かに不自然だっただろう。
『おやあ』
『まさか……』
『は?』
『え、待って待って待って待って無理無理無理無理』
『その続きは聞きたくない……聞きたくないよ……』
『え、二人ってそういうこと?』
『うわーまじかーショックだわー』
『氏ね』
『え、まじで!?超うれしいんだけど』
『ペア推し勢歓喜じゃん』
コメント欄の流れる速度が一気に加速した。え、何? 何でそんなに皆慌てているの? ペア推し勢とかまたよく分からない単語が出てきたし、28銅とか、28銀28銅なんて中途半端な投げ銭がやたらと流れている。なんだろう、何かの暗号だろうか。
「……事態についていけない」
「うーん……とりあえず誤解だとだけ言っておくわね」
『事態についていけないは草』
『蓮華くんの反応的に白なのでは?』
『いや、でも外部で連絡取ってんのは確実じゃない?』
『まだオフィス街に居るときって可能性もわんちゃん』
「白? っていうか28銅とか28銀28銅とか何かありそうだけどどういう意味?」
「ええと、つまり私と蓮華くんが付き合っていると思っている人が居て、ニヤニヤしてるのよ」
ふむ……ヴィオラの発言を踏まえて改めてコメント欄を見ていると、反応が二通り……いや三通りに別れている様子? 僕ら二人が付き合っていると思ってショックを受けている人と、喜んでいる人、何とも思って居ない人。……いや、どういう状況なんだ?
「うーん、それはないなあ」
『秒で否定』
『ヴィオラちゃんが振られてるみたいになってるやんけ!』
『おい!言葉に気を付けろ!』
『ガチ恋勢は喜ぶかぶち切れるかどっちかにしてもろて』
『忙しいなwww』
「あ、ごめん。別にヴィオラを振ったとかじゃなくて、僕達二人が付き合ってるとかそういう事実はないよっていう意味だったんだ、ごめんね」
『それは分かる』
『別に蓮華くんは悪くない』
『まだ不思議そうな顔してるのウケる』
「えー、だって何で僕ら二人の関係云々でこんなに悲しんでる人?と喜んでいる人?とまあ、普通の人が居るのかなーって思って」
『まあそりゃそうだわな』
『それはそう』
『気にしなくて良いよ……妄想してる人達が多いだけだから』
『悲しんでる人=本気で二人に恋してて、自分達が付き合えると思っているor付き合えなくてもフリーで居てくれていると信じている人』
『喜んでる人=最初から二人がお似合いだと思ってゲーム内だけじゃなくて現実でも恋人同士だったら良いなと望んでる人』
『普通の人=二人の関係とか関係無い、配信が好きでただ見てる人』
「あー、なるほど。あ、じゃあ氏ねとかってコメントはヴィオラに恋してる人ってことかな」
『その通りだけどにこやかな笑顔でいうことじゃないw』
『ガチ恋勢の中にも過激派が居て、平気で人を傷つける発言するから気を付けて……』
うーん、とにもかくにも、僕が否定をしてもコメント欄の混乱は収まらない。配信を一度切って東に向かっても良いけれど、どうしようかなあ……。
「どうする? 日を改める? もしくは配信切っても良いけれど」
ヴィオラに聞くと、彼女ははっとした様子でこちらを向いてから頷いた。
「え、ええ……そうね。今日はちょっとやめておきましょうか。ごめんなさい、急用を思い出したから先に失礼するわね」
そう言って、僕が返答する間もなくログアウトしてしまった。待って、急用って何? 護衛の僕が居ないのに出掛けられる訳がないし、多分ログアウトする為の噓だろうけれど……何でそんなに慌ててログアウトしたのだろうか。
『ごめん、気付くのが遅かった。あっちの配信もっと荒れてたみたい』
「え?」
『ヴィオラちゃんの配信の方で、蓮華君のガチ恋勢が相当ひどい悪口書き込んでる。確認出来るなら確認してみて』
『ビ○チとか雌豚とかひどいこと書いてある』
「ええ……なんでそんなことに」
ヴィオラみたいな美人ならともかく、僕みたいなおじさんにガチ恋勢とやらが居るのも驚きだけれど、その過激な発言っぷりに正直驚きを通り越して呆れてしまった。
「うーん、ひとまず今日は僕も落ちてその発言とやらを確認してみるけれど、皆忘れないで。僕もヴィオラもゲームの世界でアバターを通じて皆と話したりしてるけれど、現実世界にちゃんと存在してる、一人の人なんだよ。別に僕を好きになるのを止める権利はないけれど、こういう発言で彼女を貶めるような人が僕のファンっていうのはちょっと……いや、かなりがっかりだな」
『モデレーター権限誰かに渡すのも手だよ、良かったら調べておいて』
ログアウト直前、そんなコメントが見えた。モデレーター権限……助言通り、調べてみよう。
考えてみれば、僕も混乱しちゃって「付き合っている」という件については否定したけれど、「外部で連絡を取っている」について誤魔化すのを忘れてしまった。これはまた一波乱ありそうな……予感。
「どうした、随分早いな」
部屋から出て来た僕に気付いて、洋士が言う。
「うーん、なんか配信のコメント欄が荒れちゃって」
「何? 今すぐ確認するからちょっと待ってろ」
待つ事しばし。確認を終えたらしい洋士が、溜息をついてから言葉を発した。
「とんだ馬鹿が居たもんだな」
「うーん、まあ……馬鹿って言っちゃうとあれだけど……」
「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い。最後の言葉、もっとはっきり言ってやったって良かった位だ。父さんは知らないだろうが、今回の一件だけじゃない。元々二人がパーティを組んだ当初からあの女のことについては掲示板で色々言われていた。まあ、父さんに対してとやかく言う奴も居たけどな」
「ええ? どういうこと? だってあのときは付き合ってるとかそういう話にすらならないような、完全に初対面だったよね?」
「一人でのんびりとゲームをプレイしていたところに、あいつがパーティを組もうと提案してきた。それに腹を立てて誹謗中傷する輩が居たんだ。『あの女は誰だ!』ってな。勿論、元々あいつのファンだった中には父さんに対して『彼女に近付くなんて!』みたいな意見もあったが……そもそも接触してきたのが向こうだったから、そんなに問題にはなってなかった筈だ」
「へえ……面倒臭いんだねえ、配信者って。一種のアイドルとかそういう感じなのかな?」
「他人事みたいに言ってるが、明日からどうするんだ? 明日になったからって何もなかったように『さあ東に行きましょう!』とはならないだろ。あと、あいつのチャンネルの登録者数……結構減ってるぞ。まあ父さんの方も減ってるが。あいつの今の収入はゲームの配信で得た投げ銭と広告収入だけだろう、なんとかしないとまずいんじゃないのか? まあ、無理に引っ越しさせたのは俺だ、部屋の料金と水道光熱費以外の生活費もこっちで出せば大丈夫だろうが……そういう問題ではないだろう」
「彼女は多趣味だからね、収入が絶たれたら何も買えなくなっちゃうだろうし。かと言って彼女の性格上、趣味のお金迄洋士に払わせようとはしないだろうしね。……それ以前に、ヴィオラだって現実ベースのキャラメイクだから……あまりに誹謗中傷が多いと、生活にも支障が出そうだよね。僕だって電車に乗ってるところを目撃された位だし」
「余りひどいようなら父さんみたいに法的手段に頼る手もあるが、現時点ですぐに対応出来る方法じゃないし、裁判だなんだと金は出る一方だからな。すぐに対処するとなると……コメントに対するモデレーター権限を誰かに渡せばどうにかなるだろうが、問題は渡せる程信用出来る奴が居るか、だな」
「あ、そうだ、そのモデレーター権限って、何?」
「コメントを管理・削除出来る権限のことだ。配信してる本人は配信に集中してるからコメントの管理が難しい。要は本人に代わって視聴者のコメントをチェック、削除する人物を用意するってことだな。問題はどんなコメントでも本人の裁量次第で消せてしまうことだ。信頼出来る相手以外に渡すと面倒なことになる」
「あー……なるほど。そういう意味だと僕はヴィオラにならモデレーター権限を渡しても良いと思えるけれど、お互い一緒に行動してるから無意味だね」
自分の配信をしながらお互いの配信をチェックしてコメントを削除、なんて難しすぎる。ましてや僕の場合ヴィオラが寝ている時間帯にも配信をすることがあるし。
「あとは月額課金オプションの中に、AIをモデレーターとして設定、コメントを管理して貰う機能があるらしい。月一六五〇円……まあ妥当だろうが微妙な金額だな」
「へえ、そんなのがあったんだ……。被害者はこっちなのにこっちがお金を出してコメント欄を管理するってなんだかな、って感じではあるけれど。まあそれが一番平和な解決方法なのだろうし……プッツン星人の件以降、多少落ち着いたとはいえ、まだまだ荒しコメントも多いし、僕は導入しようかなあ、AIモデレーター」
「それが良いかもしれないな。……あとは特定のキーワードを禁止用語に登録して、そのキーワードが入力されたコメントは公開しない、あるいはコメント欄を設けない、もしくは全コメントを一時保留扱いにし、あとで許可したものだけを表示する方法があるが……後者二つの手段は今迄通り、リアルタイムに視聴者と雑談しながら配信、という訳にはいかなくなるな」
「盛り上がらなかったら投げ銭も減るだろうし、あまり良くない選択だね」
「キーワード設定に関しては、当て字なんかですり抜けてくる輩も居るだろう。あいつの配信のAI導入費用をこっちで出してもいいし、これが一番無難かもしれないな」
ふむ。まあヴィオラなら自分で出すと言うだろうけれど……そんなことより、一つ気になることがある。
「珍しくヴィオラに優しいんじゃない?」
「っ、馬鹿なことを言うな。単に馬鹿な奴らの餌食になっているのが見るに堪えないだけだ。別にあいつに同情している訳じゃない」
どうかなあ。いつもヴィオラに対して冷たいけれど、なんだかんだ言って自分の身内みたいに思っているのでは? だから外部の人に攻撃をされたら腹が立って、どうにか守ってあげたいと思ってしまう。そんな気がするけどなあ。呼び方だって「あの女」から「あいつ」になっているし。
顔に出てしまっていたのか、洋士が露骨に僕の顔を見て渋面を作り、部屋を出て行こうとする。
「どこに行くの?」
「あいつのところだ。今後の父さんの活動にも支障を来す、泣き寝入りなんかしている場合じゃないだろう、さっさと対処をするように言ってくる。AIモデレーターのことを知らないのか……あるいは金額が金額だからケチっているのかもしれないからな」
パタン、と音を立てて閉まる玄関。本当に素直じゃないなあ、洋士って。一言心配だから様子を見てくる、って言えば良いだけなのに。