111.もしかしてチート
後片付けはジャックさんと千里さんの二人に任せて、一足先に僕は自室へ引き返してきた。ちなみに千里さんも人間サイズになりました。なるほど、そりゃそうだよね、家妖精なのに大きくなれなかったらどうやって家の事を手伝うのかって話になっちゃうもんね、納得。しかし、姿を消せたり、大型化出来たり、千里の距離も見渡せたり……家妖精さん有能すぎでは? もしかしてチートというのはこういう人のことを言うのでしょうか。
「さて……、東へ行く準備は明日で良いとしても、ひとまずギルドで報酬を貰って師匠のところで地獄の魔法陣授業を受ける位はしておかないとな……」
ヴィオラに言われなければ報酬を受け取り損ね、師匠の機嫌は火山並みに悪化していたかもしれない。危ない危ない。
ステーキの余韻を楽しむ為にログイン前のBARでの飲み物は赤ワインを注文。ちなみに、血液量に合わせた飲み物が出てくるのでワイングラスなんてしゃれたものではない。六百ミリリットル分だからね! ちょっとしたペットボトル飲料並の量。当然ジョッキで出てきました。
飲み干してGoWへと接続。
「あ、そうか。最後にログアウトしたのってオフィス街だったか……」
今は良いけれど、ちゃんと王都に戻ってログアウトしないとそのうち部屋を別の作家さんと共有するときに困るかもしれない。想像するだけでぞっとするよね、自分が執筆中にいきなり他人が出現するなんて……。
いや、むしろゲーム内で部屋を借りるか家を買うか、そろそろちゃんと考慮するべきだろうか? ヴィオラ曰く、自分が所有する建物内では事細かに配信設定が出来るとのこと。つまり、どこかの部屋を仕事専用の部屋と決めて配信を自動オフにする設定さえ行っておけば、いくら間が抜けている僕でも事故で原稿内容を流出することは防げる。ゲーム内とはいえ、所有する建物内のセキュリティはオフィス街と同等らしく、配信外でのセキュリティリスクによるデータ流出もソーネ社が常時監視しているらしい。
まあ確かに、例えばファッションデザイナーさんがオークションで販売する為の服のデザインを考えていたとして。セキュリティが低かったらデザインが流出して収入減なんてことも十分あり得る。ソーネ社が日本円とGoW内のゲームマネーの互換性を保証している以上、当然GoW内での生産工程のプライバシーも守られる訳だ。
僕は今エリュウの涙亭の二階に居候をしている状態。「部屋が余っているから」と店主のご厚意で住まわせて貰っているだけで、正式に家賃を支払って僕が所有する状態になっている訳ではない。なので配信の設定を行うことは出来ず、例え配信をオフにした状態で執筆していたとしても、その原稿データはオフィス街並の堅牢性を持って保護されることはない。言ってしまえば窓の外から誰かが盗み見たり、出しっぱなしにしている原稿は盗むことが可能な訳だ。
ちなみにオークションでの売上がそこそこあり、一事業として開業届を出しているなど、GoW内で仕事をしている場合はオフィス街ではなくゲーム内に用意した家の家賃もある程度は経費として計上出来るらしい。その辺りの境目に関してはソーネ社と政府、そして法曹関係者が膝を突き合わせて話し合ったと言うのだから驚きである。
まあ、現実でも自宅の一室を仕事部屋と定義して家賃や光熱費を家事按分して経費に出来るのだから、それの電子空間と考えれば何も驚くことはないのかも。むしろ、デジタル空間だからこそ部屋の使用状況の実態がソーネ社にログとして残っているので、税務署としても仕事がし易いかもしれない。
「オフィス街でマンションでも借りるか、こっちでアインと一緒に住める家を買ってしまうか……迷うな」
いつまでも居候だと好きな家具一つ買えないし、何となく落ち着かない。仕事の有無問わずいずれ引っ越すつもりならば、いっそのこと仕事を兼ねてこっちに家を買ってしまっても良い……のかなあ。そうすれば黎明社さんも一部屋開くから別の作家さんを入れられる筈。ふむ、ひとまず、家の相場を確認する為にも今後は売り家の看板を見かけたら注意深く観察するようにしておこう。
何はさておき、まずはギルドに行く為に王都に戻らないと。篠原さんから貰ったアイテムを使用し、王都へと帰還。場所はエリュウの涙亭の二階である。久しぶりに僕に会えたことがうれしかったのか、アインが書籍を放り出して飛びついてきた。こうしてみると元人間と言うよりも何だかペットなんだよなあ……。あ、やっぱり視聴者さんも同じことを思っているみたい。
『アイン君の前世って犬だったんか?』
『人間って感じはしないよね、めっちゃ喜怒哀楽はっきりしてるし』
『でもデンハムさんがアインの前世心当たりありそうだったしどう考えても冒険者だよね、熟練度的に』
『こんな純真な人居る?それとも転生したら性格変わるんかな……』
『やさぐれ骸骨とか想像したら確かに嫌だわ』
「ごめんね、アイン。一人で寂しかったでしょ……。今日はちょっとばたつくけど、明日以降は王都を出るから一緒に居られるよ! アインの意思疎通用に紙とぺンも補充してから行こうね」
僕の言葉を聞いてアインは大喜び。そうだよね、やっぱりずっと部屋に缶詰は辛いよね……。僕も昔、仕事で自主的に自分を追い込む為にやったけれど、あれは本当に地獄だった。やっぱり人間、いくら引きこもり体質だったとしても適度に外の空気を吸わないとストレスは溜まるらしい。
「それじゃあ、僕は先日の依頼の報酬を受け取って、そのまま師匠のところで授業を受けてくるから。戻って来たら下でご飯を一緒に食べよう」
アインは一度頷いてから、腕を振って見送ってくれた。ああ、本当に良い子だなあ。元人間とは信じられないくらい犬感が滲み出てるけれど……。
§-§-§
「蓮華さん! ギルドマスターがお呼びです。二階に居ますから、顔を出していただいても良いでしょうか?」
相も変わらずギルドでは二階待遇。どうして一階の受付で済むことがないのだろう……。
『また二階か』
『知ってた』
見慣れた扉をノックして、静かに開く。
「失礼します……」
「あ、蓮華くん。すっかりご無沙汰で……てっきり報酬はギルドに寄付していただけるのかと」
『にこやかな笑みで嫌みを言うギルマスw』
『ゲーム内十七日位経ってるもんなあ』
「すみません、別件で少しバタバタしてました。寄付はしませんよ! 寄付出来る程、裕福な暮らしはしていませんからね……」
配信はともかく、ゲーム内での収入という意味ではかつかつ。デンハムさんに刀を依頼するときに変に刺激しちゃったから、とんでもないものが生み出されてそうで支払いが怖いのだ……。
「本当は蓮華くんからも当日の話を伺おうとは思ってたんですが……、当日はずっとロストテクノロジーを稼働してくださっていたんですね。バートレット侯爵家から映像を提供いただきました。お陰で聞かずとも状況は全て把握出来たので今回は割愛します。で、評価の方なのですが……」
『何だ、歯切れが悪いな』
『え、評価低いとか絶対ないでしょw』
『どうせ高すぎて支払えないとかそういう』
例によって例の如く、ダニエルさんは飲み物を一口飲んでから口を開く。本当にこの人、言いにくいことは飲み物に頼るなあ。実はお酒が入っていたりするのだろうか。
「実は、教会からの住民救出及び教会の不正調査に関しては文句なしのSなのですが、その前段階の証拠収集がDランクになっています。今回の依頼の報酬条件と蓮華くんの役割がミスマッチでして……、どうにも出来ず、本当に心苦しいのですが」
『ふぁ!?』
『Dって……ギルド除名のEを除いたら最低報酬やん、評価低っ』
『え、あんだけとりまとめに苦労してDランクとか絶対やりたくないんだけど』
『これはさすがに運営にクレームものでは?』
「あー……なるほど。確かに僕自身は証拠集めに奔走しませんでしたねえ……」
「その代わり教会の方の報酬を少し多めにしておきました。本来は三金~三金五十銀が限度ですが、四金です。それでも併せて五金なので、両方Sランクの方々には負けてしまうのですが……今回の依頼規定上これ以上差し上げる訳にも行かず。もしかするとバートレット侯爵家から個別に報酬があるという可能性も否めませんが……」
バートレット侯爵家側としては既に報酬はギルドを通して支払った想定だろうから、特に個別に報酬を、とはならないのではないだろうか。まあでも五金って五十万だよね……十分じゃない?と僕的には思うのだけれど。
「大丈夫ですよ、十分です。僕の為に心を砕いてくれたみたいで……ありがとうございます」
「いえいえ、これ位当然です。今回の映像を拝見しましたが、魔法陣を破る術がお得意なようで……あれがなければ大神官代理は死に、教皇聖下の発見も遅れていたと思います。今の状況があるのは蓮華くんのお陰なのですよ」
『そう思うならギルマスのポケットマネーから出したれよ』
『これ報酬云々じゃなくて今後のランクアップに影響したりしない?』
視聴者さんの方が僕の代わりに怒ってくれているようで、コメント欄が凄い勢いで流れていく。中には今回の報酬の少なさを埋めるように投げ銭をしてくれている方々も居て……皆優しいなあ。
「お話は分かりました。ひとまずお話が以上であれば、他に行くところもあるのでこれで失礼します」
「ああ、うん。そうそう、今回の件が完全に片付く迄は噂は絶えないからね……落ち着く迄王都を出た方が良いかもしれない。もしも東に行くことがあるなら、教会から折り入って頼みたいことがあるらしいから聞いてみてくれるかい? うちを介さない依頼になるから、トラブルの際は自分で解決しないといけないけど実入りは良いようだよ」
「分かりました。ご丁寧にありがとうございます、それでは失礼します」
ふむ。きっと教会からの頼みというのが教皇の護衛クエストなんだろうなあ。実入りが良いのであれば今回の報酬を使って装備をしっかり調えても安心出来るかも。
『そう言えば、ガンライズくんと何かあったりする?』
「えっ、急に何、どうしたの?」
『いや。最近ガンライズくんログインしないなあ→なんかナナちゃんが不穏な事言ってなかったっけ→内容的に蓮華さん関係ありそう。って話題になってただけ』
『今日もガンライズくんログインしてないねー、本当に怪我してるんじゃないだろうか……』
やはりというか何というか、ナナの発言と僕に対するクリスマスプレゼントの色を結びつけて、ガンライズさんと僕が一悶着起こしたのではないかと言われているらしい。皆凄い洞察力だなあ……。
『今日電車内で蓮華さん見かけたって人が居たけどもしかして一緒に居たのがガンライズくん』
「僕は一日中家に居ましたとも、はい。他人のそら似じゃないですかね?」
『噓下手すぎない?』
『突然口調がおかしいw』
『背中に背負ってた荷物が日本刀ってま??』
「いや! 僕は家から出ていない! 従って日本刀も持ち出していない!」
『日本刀持ってることは否定しないんだw』
『喋れば喋るほど墓穴掘りそう』
『答えたくないことはスルーでええんやで』
「あー、そうだ、師匠のところに怒られに行かないと……」
『あからさまな話題転換で草』
『何から何まで下手だな、今日』
『それだけ危ない生活してるなら噓くらい上手くならないと……』
皆よってたかって随分言ってくれるなあ。どうせ僕は噓が下手ですよ。分かってるなら質問しないでくれませんかね。他の話題があるならそっちを選ぶけれど、どうもコメント欄が目撃情報と背中の荷物の正体、そしてガンライズさんの安否についてばかり。他に選択肢がないとなると無言になるか、ゲーム内の話題に強引に転換するかの二択になって、後者を選んだ結果がこのざま。本当、こういうところで自分のトークスキルのなさが悔やまれる……。
言い訳させてください、日中投稿に戻したことをすっかり忘れていたんです(言い訳でもなんでもない
あ、いや、そうだ、仕事に熱中してたんです(遅
仕方がないので15時10分、分だけ日付と連動してみました……気付いたときには15時直前だったんや……おやつの時間だったんや……シフォンケーキ食べます。





