109.何が食べたい?
ふっふっ……バッファを積むことが出来たのでしばらく日付と連動した時間に投稿出来る予定です!
やっと!やっと余裕が出来たよ皆!
「あ、大変、お金返し忘れた」
帰りの車の中で僕は思わず大声で叫んでしまった。しまった、電車代ガンライズさんに借りっぱなしだ……。
「電車代か? それならこっちで送金しておく」
「本当? 助かるよ……ごめん」
「まあこれに懲りたらもう少し準備には時間をかけることだな。俺が言うのもなんだが」
確かに洋士の反対がなければもう少し準備に時間をかけていたかもしれない。とはいえ、コートも靴も用意せずに着の身着のまま、日本刀とディナーナイフだけを持って出陣というのはいくらなんでも無茶苦茶過ぎた。次からは財布と血液摂取状態もチェックしないとね。
「ところで、千里さんともう一人の妖精さんは? さっきは見当たらなかったけれど」
「あいつらはあの女のところで一時的に預かって貰っている。銃一に説明するのも面倒臭かったからな」
「そっかー、確かに。僕も妖精が本当に居るとは思わなかったし……まあ僕の場合はエルフもライカンスロープも居るなんて知らなかったけれど」
「それについては悪かったと思ってるよ。正直、父さんが特殊なだけなんだ。俺達は今の今迄お互いに対する不可侵条約みたいなものが暗黙の了解として存在していたからな。どうせ仲良く出来ないなら、言ったところで父さんはがっかりするだろう?」
「まあ、それは……正直あるかも。居るって聞いた瞬間突撃して行きそうだし」
自分で自分が信用出来ないのだから、洋士の判断は確かに正しい。
「言い訳をするなら俺達もその存在を知ってからそんなに年月は経っていない。要は政府側が他種族の存在を認めて、積極的に受け入れるようになってからの話だからな、ここ数十年の話だ。父さんが海外くんだり迄他種族を探しに行ったときなんかは本当に存在しているのか疑わしいと思っていたさ」
「ふうん……? まあ、エレナにもそういう話は聞いたことがなかったし、僕も想像上の種族なのかなあとは少し思っていたよ。まさかエレナがエルフと懇意にしてるなんて……ここ最近の話なのかなあ」
「何だ? エレナに隠し事されたみたいで寂しいのか?」
茶化すように話す洋士。すぐそうやってからかおうとする!
「別に寂しい訳じゃないし! っていうか、そういう洋士こそ急に僕を『父さん』呼ばわりしてどうしたの? 何、父親が恋しくなっちゃった?」
「おい、人をファザコンみたいに言うな! あんたが相変わらず抜けてて目が離せないから面倒を見てるだけだ。『父さん』と呼べばあんたのことを舐めてる奴らも手出しはしないだろう? 他意はない」
「ふうん……」
別にガンライズさんは僕のことを舐めてなんかいないと思うけどなあ。全く素直じゃないんだから、うちの息子は。それとも随分と遅い反抗期かな? ん?
なんて雑談をしている間にも、車は静かにマンションの地下駐車場へと滑り込む。おお、案外ガンライズさんの家と洋士の家って近いんだな……。オフ会もそう難しくないかもしれない。
いつものようにエレベーターに乗り込み、五十九階のボタンを押す。そうだ、千里さん達に食事を作らないと……どうせなら一緒に買い物に行かないか聞いてみようかな。
「僕はヴィオラの家に寄って一緒に買い物に行かないか聞いてくるよ。洋士は先に戻ってて」
「……俺も食べる」
「え?」
「そんなにあからさまに仲間はずれにしなくても良いだろう。俺も一緒に食事をすると言ったんだ。だから買い物もついて行く」
「いやいや……だって人間の食事は不味くて食べられたものじゃないんでしょ? 無理しなくて良いよ。一人が寂しいなら一緒のテーブルで血液を摂れば良いだけだし」
「いや、一人分……はさすがに厳しいものがあるが、半分くらいならいける筈だ。どうせ排泄問題が解決したんだから、俺も食べたって問題はないだろう。どうしても食事を避けられない場面の練習だと思えば良い」
「それはそうだけれど……まあ、そこまで言うなら良いけどさ。本当に無理だけはしないでよ?」
急に何を言い出すんだろう、この子は。またヴィオラに変な感情でも抱いてるのかな……。まったく、何歳になっても子供のままなんだから、洋士は。
ピンポーン。五十九階に到着し、ヴィオラの住む部屋のインターホンを押下する。しばらく後、ガチャリと解錠する音が聞こえたので、玄関扉を開く。
「お帰りなさい、蓮華くん。……と洋士さん?」
驚いたような顔で洋士を見つめるヴィオラ。いや、洋士が一緒に来たからってそこまでの反応なの? この二人どんだけ普段から顔を合わせてないのだろう……。
「ヴィオラ、夕飯がまだなら一緒に食べない? 僕達今から食料品を買いに行くんだけど」
「え、ええ。まだだから良いけど……食事、出来るの?」
「んー、今日ちょっと色々あって、食事をしても問題ないことが分かったから! これからは好きなだけ食べられるんだー」
「それは良かった。それじゃ、ちょっと準備してくるから上がって待ってて」
「蓮華様なのです! お帰りなさいなのですー!」
部屋に入ると千里さんからの熱い歓待。と、隣にいるのが青森に居た妖精さんだろうか?
「ふん……お前か、僕がここに来る羽目になった元凶は」
随分とお怒りモードのようです。
「あ、はい。蓮華と言います。以後お見知りおきを……ええと……?」
「お前に名乗る名などないわ!」
「そんなこと言わないで欲しいのです、元はと言えば千里が妖精の道を開いたのが悪いのです」
「そんなことは百も承知、だがお前が道を開いた理由がこいつならば、悪いのはこいつ。僕は認めないぞ」
名前も教えて貰えない程の激怒っぷり。けれど千里さんとは会話をするらしい。仕方がない、ここは千里さんを介して少しずつ会話を試みるしかないかな。
「そうだ、今から夕飯を作るために買い出しに行くんだけど、よかったら一緒にどう? 何が食べたいとかあれば言って欲しいな」
「本当ですか! 私は温かいスープが飲みたいのです!」
「お前は僕を殺すつもりなのか!?」
「ええー!? 別に熱いもの食べられる癖に、どうして蓮華様を困らせるようなことを言うのです? 何だか今日のジャックは嫌いなのです」
千里さんの言葉にショックを受けた様子の妖精さん。と言うか、ジャックって呼ばれたけれど、それが名前? ……千里さん、悪気はないのだろうけれど妖精さんの意図を汲み取れていないみたい。良いのだろうか……。
「おい、お前。居候の分際で父さんの好意を踏みにじろうとは良い度胸だな。何、ここが嫌ならお前だけ出て行けば良い。まあ、青森迄は自力で帰って貰うがな」
「なんて無礼な奴! おい千里、悪いことは言わないからこんなところに住むのはよせ。住むところがないなら僕と一緒に行こう、ね?」
洋士迄参戦し始め、もはや収拾がつくとは思えない状況に。
「嫌なのです! ジャックは暖かくなったらすぐ寝ちゃうじゃないですか。一緒に暮らしてもつまらないのです!」
千里さんの発言に項垂れるジャックさん。もしかしてジャックさんは寒い時期しか活動出来ないとか? それであれば青森から東京迄急に移動させられたことに怒っても無理はない。いや、そういう理由がなくても普通は怒るよね、うん。なんて考えていると、服を着替え終わったヴィオラが現れた。
「お待たせ。そう言えば蓮華くん、今日一日どこで何をしてたの? だいぶ噂になってるけれど」
「え、噂!? 何が!? 怖いんだけど!」これ以上問題を増やさないで欲しい。
「誰かが電車内で貴方を目撃したみたいよ。背中に背負っていた細長い鞄の中身が日本刀じゃないかって盛り上がって……そこから週刊誌に載ってた連続不審死や、昨日の神奈川県の抗争事件を解決しに行ったんじゃないかって話題になってたわね」
「え、何それ怖い……あながち……と言うかほとんど間違ってないのが更に怖い」
「……間違ってないの? ……GoWにログインしてないと思ったら自分だけ熟練度が上がりそうな……いえ、危険なことをしてたのね……。本当に無事で良かったわ」
もしもし、ヴィオラさん? 心の声が漏れてますよ? 明らかに羨ましがってましたよね、最初? 熟練度の為なら何でもしそうだよ、この人……。
「う、うーん、まあ話せば長いからそれは夕飯のときにかな。それで? ヴィオラは何が食べたい?」
「そうね……たまにはお肉が食べたいかも」
「お肉と温かいスープか……それじゃあステーキとミネストローネ、それにパスタとか?」
「良いわね」
「美味しそうなのです!」
「……ふん」
「俺は何でも良い」
意見もまとまったようなので早速買い出しへ。そう言えば、千里さんとジャックさんはどうやって連れて行こうか。
「千里さんと、えーと……妖精さんは姿を隠せたりするのかな? それとも誰かのコートのポケットにでも入る?」
名前が判明したとはいえ、軽々しく「ジャックさん」なんて呼んだら爆発しそうなので、「妖精さん」と呼んでおく。
「千里は姿を消せるのです、でもジャックは大人しくポケットに入っておくと良いのです」
「誰がこんな奴らのポケットなんかに……!」
「何だか分からないけど胸ポケットがあるのは蓮華くんのコートだけみたいよ。素直に入るか、それが嫌なら留守番ね」
ヴィオラの指摘にジャックさんはしばし無言になり、それから盛大な舌打ちをしてボクのコートの胸ポケットに潜り込んだ。おや……意外や意外。留守番という選択肢はなかったみたいです。