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108.母は強し

今日は早めに投稿出来ました!やったね!

「悪いな、送って貰って」


 開口一番洋士はそう言った。最初からそういう謙虚な態度で対応して欲しかったなあ……。いや、これを謙虚と言って良いのかも分からないけれど。


「……血の匂いがするな。怪我をしたのか?」


「ああ、うん。実はそうなんだ……」


 そう言って青森での出来事を一通り説明した。血液を摂取していない状態でガンライズさんと対峙するのが難しくあえて自分から攻撃を受けたこと、そして無力化する為にそれなりの量の血液を吸わせて貰ったこと。


「まあ、事情はわかったが……頼むからそんな無茶はしないでくれよ。しっかりと事前に準備をしてればそんなことにはならなかっただろう」


「ごめん、あのときは急いでたからつい……」


「まあ、俺が反対してたのが悪いのか……。だがあのあとだって正直生きた心地がしなかったんだぞ。お前の代わりにちびが更に一人増えた挙げ句に、道は一方通行だと抜かして……その女神に会わなかったら今頃どうなっていたことか」


 いつもの勢いはすっかりなりをひそめ、憔悴しきった洋士の姿を見て僕は申し訳なさで胸が一杯になった。そうか、妖精の道は一方通行だったのか。あそこに井戸がなかったら今頃僕は全身大やけどで大変だった……。本当に運が良かっただけなのだと改めて実感する。


「しかしまあ、女神から色々と話を聞けたのは僥倖(ぎょうこう)だったな。これであんたも食事が出来るし、わざわざあの女の為に食事を作る必要もない」


「いや、どうせ自分の分を作るならヴィオ……あー、彼女の分も作るよ。一人分作るのも二人分作るのも変わらないし」


 いけない、ガンライズさんが居るのを忘れていた。別に隠している訳ではないのだけれど、何となく今隣にヴィオラが住んでいると知られると変な勘ぐりをされそうなので黙っておく。


「お前が作る必要はないだろう! あの女はもう少し自立すべきだ」


「いやいや、今迄ずっと一人暮らししてたんだから自立はしてるでしょう。それに人は誰しも向き不向きがあるのであって……彼女は家事が苦手なんだから仕方がないよ」


 多分だけど、集落で彼女にそれらを教えてくれる人も居なかったのだろうし。世界中を旅しながら独学で覚えたんじゃないかなあ。


「……まあ良い。その話はあとだ。とりあえず、銃一と言ったか? お前は傷を見せてみろ。それから家迄送っていく」


「こんなのかすり傷程度だしそこまでしていただかなくても大丈夫っすよ……自分で帰れます」


 ヴィオラの話題で機嫌が悪くなった洋士を避ける為か、ガンライズさんはやんわりと辞退を申し出る。


「いや、駄目だ。お前達の治癒力も鑑みれば確かにかすり傷かもしれないが、そこの蓮華は他の仲間に比べて抜けているところがある。何か手順を間違えたりしていないかは確認しておいた方が良いだろう」


 失礼な言い方ではあるものの、実際その通りなので僕は全力で肯定した。いや、本当にガンライズさんが気絶しなかったときにはやり方が違ったのかと思って、焦るどころの騒ぎじゃなかったからね。


「あ、そ、そうなんですね……?」


 そういってちらりとこっちを見るガンライズさん。彼の中で僕の評価がすこぶる低下した気がするけれど仕方がない、忘れっぽい僕が悪いのである。


「ふむ……問題はなさそうだな。それに女神とやらがしっかり手当てをしてくれたとみえて想像以上に治癒している。この分じゃ明日には元通りか。あとはまあ、まだ体に蓮華の香りが残ってるからな、しばらく他の吸血鬼が襲ってくることはないだろう。今日明日ってところか」


「へえ、そんな能力があるんすね。……あれ、今後もそうして貰えば俺達も安全に戦えるんじゃないすか?」


「悪いがそれはおすすめしない。そんなに良いものなら俺達が最初に提案した筈だ、違うか? 第一に、蓮華(そいつ)が特殊なだけだ。ライカンスロープの血は珍しい。俺達なら例え腹一杯血を飲んだ状態だったとしても、理性が吹っ飛んでお前達を殺す可能性はある。かと言って蓮華(そいつ)に頼むのは酷だろう。第二に、効果は保って三日といったところだ。効果が消える度に血を吸ってたらお前達が貧血になる。第三に、そもそも吸血鬼に首筋を噛まれるんだぞ? お前達の方が嫌だろうが。少しは考えてからものを言え」


「そうですか……いやでも、一、二はともかく三はそんなことないと思います。……俺だって死にたくはない。前は頭の命令で仕方がなく協力してました。でも、今は俺は自分の意思でこの件に協力したいって、蓮華さんを見て思ったんす」


「まあ、その気持ちはありがたいけどなあ。お前、どうせ家に帰ったらしばらくは出れないと思うぞ? お前が行方不明って聞いて、お前のところの奴らは必死になって探してたからな。頭とか言ったか? そいつも、お前が吸血鬼に誘拐されたと聞いて今回の件で自分の命令がいかに愚かだったかに気付いたみたいだ。恐らくライカンスロープは今回の件から手を引くだろうさ」


「そんな……!」


 洋士の声にガンライズさんが抗議の声をあげるものの、洋士相手に言っても仕方がないと考えたのか、すぐさま口を閉じた。


「まあ、とにかく俺達は今から謝罪も兼ねてお前を自宅に送り届けるだけだ。青森で何があったのか、それから蓮華から聞いたこととかも全て話した上で、今後どうするかはお前達で決めろ。……その前に父さん、ちょっと傷見せてみろ。無理そうなら俺だけで行くから」


「……ん、もうだいぶ良くなったよ。ホレおばさんのところでぐっすり寝かせて貰ったし」


「吸血鬼を寝かせるなんて本当におかしな女神だな。……ああ、確かにだいぶ良い。が、心臓に近すぎだ馬鹿野郎! もう少し余裕を持って避けることは出来なかったのか?」


「いやいや、人間並の身体能力で急所外せただけで十分じゃない? ライカンスロープだよ!? どんだけ身体能力高いと思ってるのさ……」


「怪我させた本人目の前にして言われるといたたまれないというか……あと別の意味でもいたたまれないんすけど……ってかお二人って親子だったんすか?」


「ああ」


「うん」


「そっすか……仲良いんすね」


 心なしか少し遠い目をして言うガンライズさん。と言うか、顔が赤くなってる気がするけれど、熱でもあるのかな? 確かに今日はハードな一日だったし、早く送り届けて休ませないと。


「さあ、じゃあガンライズさんを送っていこう! ご家族を早く安心させてあげないと」


「ああ、そうだな」


   §-§-§


「……結果としてご子息の身体に傷をつけてしまったのは我々の失態です。この度は誠に申し訳ございませんでした」


「申し訳ございませんでした」


 ガンライズさんのご両親に対し、深々と頭を下げる洋士と僕。


「頭を上げてください。元々、行方不明と聞いた段階で生きて再会することは難しいのではないかと、そう思っていた位です。命がけで息子を助けていただき、礼を言うのはこちらの方です。本当に、ありがとうございました」


「いえ、元々向こうの吸血鬼がライカンスロープやエルフと言った、人間以外の種族に並々ならぬ興味を持っているとの情報しか伝えていなかったのは我々の落ち度です。もっと具体的にどのような目に遭うのかご説明していれば、ご子息を危険な目に遭わせることもなかったかもしれません」


「それは正直難しいでしょう。恥ずかしながら、うちの長は我々仲間よりも他種族に対する世間体を気にする方です。もしも今のお話を伺っていたとしても、過去にそちらの種族にご迷惑をおかけした事実がある限り、協力するのは決定事項だったと思います。むしろ今回の件で考え直してくれそうなので、無事に戻って来た今は感謝をしている位ですよ。それに我々はライカンスロープがどういった扱いを受けるのか、伝え聞いていました。それを銃一に知らせていなかったのは親である私達のミスです」


「待ってくれ、父さん。俺はこのまま協力したい」


「何を言い出すんだ、銃一……? あんなに嫌がっていたじゃないか」


「そうだけど! でも今は、一族の命令じゃなく、蓮華さんに恩返しをする為に協力したい。それに……この件が片付かない限り、いつ襲われるのかわからない不安な生活を強いられるだろ。人間には情報開示をされていない。でもそれは危険であることを知らないだけであって、危険であること自体は変わらない。俺は嫌だよ、大学の友達とか……大切な人とかが巻き込まれるのは。危険だと分かっていて、でも本人に言えないこの状況が辛い。もし俺が協力することで、少しでも早くこの件を終わらせられるのであれば、このまま協力したい」


 毅然とした態度でご両親に意見を述べるガンライズさん。普段こんなにはっきりと意見を言うことがないのか、とにかくご両親もしばらく考えるように黙り込んでいた。


「……お前の気持ちは分かった。お前の言うことも確かに一理ある。確かに私達は身体能力がそれなりにある。そして吸血鬼が来ていることも知っている。その状況でただ黙って見ているのは辛いものがあるよな。でもな……やっぱり親としてはまたお前が狙われたらと思うと、許可を出すことは出来ないんだ」


「でも……! ……っ、蓮華さん、頼む、俺の血を定期的に吸ってくれ。それなら両親が許してくれるかもしれないから」


「おい、お前それはいくらなんでも!」


 洋士が声を荒げる。つかみかからんばかりの勢いだったので、僕は手の平で洋士を制する。


「洋士、良いから。……ガン……えっと、銃一くん。それは僕が血を飲めないことを分かっていて言っているんだね? そんな無茶を言ってでも協力したい、と。僕に恩返しをするつもりなら僕にそんなことは頼まない筈。つまり君の中で、僕よりも友達が大切だと、そう思っているんだね?」


「えっと……あの、はい。勝手なことを言っているのは百も承知なんですが……」


「いや、正直僕への恩返しで協力したいというのであれば、断っていたよ。でもそうじゃないなら、君の意思を尊重する。僕が血を飲むときの苦しみなんて一瞬だからね、そう言うことなら協力する。でも僕は積極的にはご両親を説得したりしないよ。ご両親の説得は君がするんだ。それが出来たら僕は君に印をつける。良いね?」


「はい。分かりました、ありがとうございます。……父さん、母さん。吸血鬼に血を吸われれば、他の吸血鬼は俺の血を吸ったり仲間にしたり出来ないらしい。これを条件に、許可してくれないだろうか」


「いや、話の流れがいまいち分からないが、それは蓮華さんに迷惑をかける行為なのだろう。それを認めるのはさすがに」


「お父さん。申し訳ありませんが僕の事情を理由に反対するのはやめてください。僕は既に銃一くんと約束をしたので、その件に関してはお父さんがどうこういうことは公正ではありません」


 申し訳ないけれど、僕はきっぱりと宣言した。ガンライズさんの肩を持つ訳ではないけれど、僕の体質を理由に「迷惑をかけるのだからやめなさい」と言えばガンライズさんはぐうの音も出なくなってしまう。


「しかし……せっかく頭の命令が取り消される可能性があるというのに、わざわざ自分から進んでいくなんて……いや、そうだ。頭が協力しないと言うのだから、我々はそれに従うしかないだろう」


「父さん、いくらなんでもそれはおかしい。無理やり協力させられて、今度は協力するなと言われる? 頭だからって何でも命令して良い訳じゃない。本来、頭は仲間を守り、調停する役目を担う筈。今回の件で頭は既に一度仲間を売るような判断を下したんだ。今更協力するなと言われたって、今度は俺はその命令を聞くつもりはないぞ」


「まあ、確かにそうだが……」


 ガンライズさんのお父さんは助けを求めるように奥さんの方を見た。先程から黙って話を聞いていた奥さん。ご主人に助けを求められ、ゆっくりと口を開いた。


「銃一。母さんは貴方の言い分を全面的に支持します。その代わり、怪我をしようが死のうがそれは自分の責任。そうなったときに誰のことも恨まないと言える? これが自分の選択だと。そして勿論、母親としては生きて帰ってこない限り許しません。うちの墓になんか入れてあげないし、一生恨み言を言うわよ。それでも良いの?」


「……良い。死ぬつもりはないから大丈夫だ」


「……そう。だそうよ、お父さん」


「おい……認めるのか? 良いのかそれで?」


 心配そうに奥さんと息子を交互に見るお父さん。援護してくれると思っていたのに認めると言い出したのだからそうなるだろう。


「だってこの子の性格だもの、反対したら勝手に家を飛び出して好き勝手やりそうじゃない。どこぞで野垂れ死なれたら困るからさっさと許可した方がまし。そんなことより、頭が何かを言ってきたら説得は貴方がよろしくね」


 奥さんの言葉にぽかんと口を開いたまま何も言えずに居るお父さん。おお、母は強しとは良く言ったものだ……。


「それでは話がまとまったようなので俺達はこれで。また何かあったら連絡しますが、暫くは血を補うような料理を中心にした方が良いと思います。こちらも斥候がまだ日本に居るのか確認する必要があるので、二、三日はゆっくりお休みください」


「本日はご足労いただきありがとうございました」


 ガンライズさんのお母さんは、ご丁寧に頭を下げながら見送ってくれた。良い人だなあ。ガンライズさんが貧血気味なのは僕のせいだと言うのに……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 登場人物達のリアル名なのですが、なるべく、頻繁にルビを降って欲しいと感じました。
[一言]   戦争に行って帰ってこなかった人々も、自分達は絶対生きて帰ってくるんだと心に決めていた訳でねえ。 帰ってこられた人は、ただ運が良かっただけ。時の巡り合わせ。 ならばやはりわたしも人の親とし…
[一言] >仲良いんすね どうやらガンライズ君はそういうカテゴリーにも馴染みのあるご様子w お母さん強いw 内心”この子もそういう歳になったねー”と思ってそうw
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