105.全然意味が分からない
「誰だ、こいつは?」
突然現れたちび二号を睨みながら俺はちび一号に質問した。全く俺の家はいつから幼稚園になったんだ?
「蓮華様を送った場所に居た妖精族さんなのですよ」
「それがどうしてここに居る」
「妖精の道を開いたからなのです。妖精の居る場所へと人を送って、妖精さんがこっちに来る。そういうものなのです」
「おい、お前……父さんがこっちに戻ってくるときはどうするつもりだったんだ?」
「? 帰りは自力になるですが……ちゃんと説明したですよね……? あれ……?」
何をすっとぼけたことを言っているんだ、このちびは。そんな説明は聞いていない。聞いていたら何が何でも父さんを止めていた!
「……良いか、一度しか言わないから良く聞け。今回は借りがあるから許してやる……だが死にたくなきゃ二度とそんな間違いを起こすな」
ちびすけが震えているが気にしてなんかいられない。時刻は午前四時を回ったところ。首尾よくあの小僧を助け出せたとしても、日の出の時間迄にここ迄帰ってこられるとは到底思えない。
「送った場所はどこだ? 周りに建物か何か、太陽光を妨げられそうなものはあったか?」
「ええと、ええと……辺り一面雪が積もっていて、木がところどころに生えている……山、だったのです」
「くそっ」
雪なんて最悪な状況だ。太陽光を防ぐどころか、むしろ反射することで夏場以上の地獄と化す。そんな場所から自力で帰ってこいだと? こいつが父さんを殺す為に雇われた暗殺者だと言われた方がまだ納得が行く。
和泉に今すぐジェット機を用意させるか? だがこんな時間に操縦士含めてチャーターが出来るか。目的地である青森に着陸許可が出るかも怪しい。いくら和泉と言えども、無茶な命令をさせればあいつの立場がを悪くする。それは俺としても本意ではない。
神奈川の方の応援要請やら、ライカンスロープたちへの状況説明やらと、やることも山積みで俺自身が行くことすら叶わない。
せめて携帯を携帯してくれていれば。これでは連絡一つまともに取れやしない。
§-§-§
「ん……」
「おや、気がついたかい?」
見知らぬ声が聞こえ、僕の意識は急速に覚醒した。そうだ、井戸に飛び込もうという話になった直後に気絶したんだった……。
「蓮華さん! 良かった……」
明らかに井戸の底ではない、誰かの屋敷の中といった風景と、安心したような顔をするガンライズさんと見知らぬ女性。
「えっと……ここは……? 貴方は? 僕達を助けてくれたのでしょうか?」
どう見てもこの女性に助けられたとしか思えない状況ではあるけれど、僕の肌が無事な状態ということはあの場所からさほど離れていない筈。そんな近距離にある建物を僕もガンライズさんも見逃していたなんてこと、あるのだろうか。
「私はホレだよ。ここは私の家だ。まあ、事情はそこの若いのから聞いたからゆっくりしていきな」
親切……ではあるけれど、まるで日本っぽくない外見にこれまた日本っぽくない屋敷の雰囲気。一体どこなのだろう。
「蓮華さん……聞いて驚くなよ。ここは井戸の底だ」
ガンライズさんが押し殺した声で伝えてくる。驚きはしないけれど、ますます意味が分からなくなった。
「えっと……ごめん、全然意味が分からない」
「おやまあ、あんたらは随分と世情に疎いんだね。井戸の底から繋がる家とホレおばさんと言えば、答えは一つしかないだろう?」
ガンライズさんの声を耳聡く聞きつけ、ヒントをくれるホレおばさん。そして、それでもピンとこない僕とガンライズさん。二人して顔を見合わせていると、ホレおばさんは溜息をつきながら説明してくれた。
「自分のことを自分で説明するなんてこんな恥ずかしいこと、あったもんじゃないね。まあ、数多居る神の一人さ。一応担当は冥界なんて言われているけどね……まあ、どうかね。私は自分がやりたいようにやってるだけだから」
神。失礼だけれど、まさかこんな田舎のおばさんと言った風情の方が神だとは夢にも思わなかった。
「なんと、それは失礼いたしました。あの……こちらと現実の時間の進み方などは……?」
気になるのはそこである。時間の進みが違うなんてことはよく聞く話だからね。
「安心しな、同じだよ。あんたたちが帰りたい場所に送り届けることは出来るけどね、どうにも……自然が少ない場所だろう。私の力が及びにくいねえ。少し離れたところになっちまうから、自力で帰ると良い。だけどあんたはもう少し休まないとその傷は駄目だねえ……。ああ、こうしよう。本来この場所に来る者には家事を手伝って貰っている。けどあんた方の状態じゃ、それは酷な話だ。最近はめっきり来る者も少ないから、世間話でも聞かせておくれ」
そう言ってニコニコ笑うホレおばさん。神様か……触らぬ神に祟りなしとはよく言ったもので、スケールが多すぎて人にとって理不尽な理屈で祟る何てこともよく聞く。でもこの場合、もう既に対面で話迄してしまっているのだから素直に従うのが一番安全だろうか。
「分かりました。ええと、世間話とは具体的にどんなことをお望みでしょう?」
「例えば、あんた達があの井戸の近くに居た理由とかはどうだい?」
「あ、それは俺も気になってて……どうして俺はあんなところ迄連れてこられたんですかね?」
「ええと……」ちらり、と僕はホレおばさんの方を見る。神様ってことは僕達の種族にも勘付いているとは思うのだけれど、確信が持てない状態でガンライズさんの種族について勝手に言うのもなあ……。
「あんたらが人じゃないことは分かってるよ。そこの若いのは人狼、あんたは夜を統べる者だね」
夜を統べる者。吸血鬼のことだろうか? 大層立派な呼び名でなんだか気恥ずかしい。
「そうですか。……ではまず前提から。海外から吸血鬼がやってきたのですが、彼らは人に害を為します。僕達日本の吸血鬼は人との共存を掲げているので彼らとは相容れません。そこで今彼らを秘密裏に処理する為に討伐隊を組んでいたのですが……」
「俺がその内の一人に捕まった、と」
「うん。厳密には彼らと僕らは同じ吸血鬼でも生態が違うからちょっと認識にずれはあるかもしれないけれど……ライカンスロープは僕達にとってごちそうでもあり、仲間候補でもある。で、さっきの彼は君を見つけた段階で悩んだんじゃないかな。仲間にするか、血を貰うか。僕が見た限り全然血液を摂取していないみたいだったから、吸血したら最後、我を忘れて飲み過ぎて、君を失血死させるリスクがある。それで周りをぐるぐる回って悩んでいたんだと思う」
僕の言葉にガンライズさんが頷く。
「東京からわざわざ青森迄連れてきた理由だけど、仲間にする場合、時間と広い場所が必要なんだ。一般的には吸血することで仲間になるイメージがあるかもしれないけれど、実際にはそうじゃない。吸血はあくまで食事。仲間にする為には、逆にガンライズさんに自分の血を一定量飲ませる必要がある。そして飲ませた後は、吸血鬼側は身動きが取れなくなる。吸血鬼にとって血は命の源。それを飲ませるということは自分の命を削る行為だからね。
そして飲んだ方は、吸血鬼への変化が始まる。細胞から変化するから、とてつもない痛みが伴う。力も徐々に強くなっているから、暴れ回って周囲の物を手当たり次第に壊して回る。不思議なことに自分を吸血鬼にした人物のことは襲わないけどね。まあ、瓦礫で怪我をするなんてことはあるから、広くて何もない場所が理想的なんだ。それに時間もかかる」
そこで僕は一度言葉を切った。ここから先の話は、ガンライズさんにとっては自分が物扱いされているようで不快に思うだろう。でも、彼がライカンスロープであり、今この国が危険な状態である以上、知っておくべきことでもある。
「ライカンスロープを狙った理由について……、不思議な事に、吸血鬼に変化すると言っても元の種族の特性は残ったまま、吸血鬼の特性も身につけることになる。だからライカンスロープは吸血鬼の間で特に人気なんだ。強い力と五感の鋭さ。それら全てが吸血鬼になることによって更に強力になる訳だからね。だけど問題点も多い。ライカンスロープは元々破壊衝動が強いと聞く。吸血鬼になれば嗅覚はより鋭くなり、血への渇望が強くなる。そしてそれは破壊衝動へも繋がっていく。普通に生きていくことは正直な話、厳しい。
ライカンスロープが人気というのは、純粋な仲間としてではなく、人型兵器として。ガンライズさんには酷な話だけどね……。あの吸血鬼がガンライズさんを目の前にして悩んでいた理由は、それもあると思う。君を仲間にしたところで、一人では制御出来る自信がなかったんじゃないかな。でも劣勢な今、仲間にせずに失血死させるのは惜しい、と……」
もっともらしく言ってみたけれど、この辺りは全て最近洋士やエレナから聞いた話。元々僕はエルフもライカンスロープもこの目で見たことがなかったのだから、人気だなんて知るよしもない。
「そうかい。世間話には少しばかり不向きな話題だったね。私の落ち度だ。気を悪くしないでおくれ。……さて、私は朝食の準備をするからね、あんたらはそこで少し休んでな」
「……」
そう言ってホレおばさんが部屋の奥へと引っ込んでいったあとも、ガンライズさんは沈黙したまま。やはりまだ十代の子供に聞かせる話ではなかっただろうか。でも今後も多分、海外吸血鬼が日本に来る度に同じような思惑の対象として狙われる筈。裏を知っていれば自衛も少しはし易いだろうと判断しての説明だったのだけれど。
「……ありがとう、俺の種族が吸血鬼に大人気だってことは分かった。今の話、仲間達にしても良いかな?」
「勿論。ライカンスロープと僕ら吸血鬼が昔色々あったってことは聞いてる。けれどそれは今の人達の世代の話じゃない。今の話を踏まえて、本当に僕達に協力しても良いと思える人だけが参加した方が良いと思う。人手は確かに不足しているけれど、自分達の命を賭けてまで参加して欲しいとは言えないからね」
人手が足りないって言ってるときに協力者が減るようなことを言っている僕は、あとで洋士に恨まれるかもしれない。けれどさすがにこれは……ガンライズさんなんて未来ある若者なわけだし。先祖の贖罪ではなく、きちんと自分達の意思で協力するか否かを決めて欲しい。
ちなみに明日はフライングで(自分の)誕生日を祝ってくるので更新遅れる(日付回る)可能性もあります。