104.許して欲しい!
昨日の分少しだけ修正しました。
内容自体に変わりはないです。
自我を手放したガンライズさんは命令に反抗することもなく、全身全霊の力で僕に向かって突進してきた。
血液摂取をしていない今の僕では彼の動きはほとんど目で追えない。さすがライカンスロープと言ったところだろうか。
でも、たった一つだけガンライズさんの動きを把握出来る方法がある。
見えないなら見えないなりに、やりようはある。全体を把握しようとせず必要なときにだけ察知できれば良い。ガンライズさんが僕のどこを狙っているのかを見極めることに全神経を集中させる。心臓か。致命傷を避ける為に身体をよじった。危険な賭け。衝撃と痛み。歯を食いしばることでそれらをなんとか耐え忍び、僕は渾身の力を込めて両腕でガンライズさんを押さえつけた。
「肉を切らせて骨を断つ……ってね! ちょっと痛いかもしれないけど許して欲しい!」
ガンライズさんの力が僕の想定を上回って逃げ出す前にと、一気に首筋に牙を突き立て血を頂戴する。待って……久々過ぎて全然思い出せないんだけど、これ手順あってるかな? あの、確かちゃんとした手順で噛み付くと、相手を気絶させる成分が牙から出るらしいんだけど……出てる、これ? 全然ガンライズさんの意識が落ちないんだけど大丈夫だろうか?
あと、美味しいけど不味い。矛盾するようだけれど、人間より遙かにましな味がするので、今のところは吐き出す兆候はない。こんなこと言ったら絶対ガンライズさんに怒られるから口が裂けても言えないけれど……吸血鬼になりたての頃、家のすぐ近くの動物を狩っていたころと同じ味がして懐かしさを感じる。
吐き出さないことをいいことに、少し多めに血をいただく。余り飲み過ぎるとガンライズさんが危ない状態になるから慎重に……こういうときは、我を忘れることがないので血を飲んでも美味しいと感じない体質に感謝する。まあ、こんな状況は数百年に一度あるかないかなんだけど。
万が一ガンライズさんの身体能力が凄すぎて気絶後すぐに起き上がることがあったとしても、これ位飲んでおけば多分大丈夫だろう。
丁度良いタイミングでガンライズさんががくりと倒れ込んだ。良かった、やり方が間違っていたわけじゃなくて、ガンライズさんの身体に成分が回るのに時間がかかっただけだったみたい。でもひとまず、これでガンライズさんは安全になった。
僕ら吸血鬼には色々特徴がある。その中の一つにキープ能力があって、言い方はかなり悪いけれど、要するに獲物にツバをつける行為のこと。吸血鬼が血を吸った対象は暫くの間、その吸血鬼の影響下におかれる。その間は例え別の吸血鬼が血を吸っても不味く感じるのですぐに吐き出してしまう。
また、同族にする際は対象の血を吸うのではなく、吸血鬼自身の血を対象に一定量飲ませる必要がある。けれど、影響下に居る対象は飲んだ血を吐き出してしまうので仲間には出来ないのだ。勿論、キープした吸血鬼自身が仲間にしたり血を吸ったりする分には何の問題もない。
「さあ、これで一対一。もう観念したらどうかな?」
逃げ出そうとした吸血鬼に対し、僕はそう一声かけてから瞬時に距離を詰め、首を切り落とした。ふう。魔術のトリガーが呪文だったら困るので、喋れないように口の中にものを大量に詰め込んでおこう。周りを見渡しても一面雪景色。土を集めるのは大変そうなので、本人の洋服を脱がせて詰めておこうか。
それから、地面に落ちているディナーナイフを拾って吸血鬼の心臓に一突き。純銀製だしこれで死なないだろうかと期待をしてみたものの、口からくぐもった叫び声をあげるだけで一向に死ぬ気配はない。どうやらやはり伝承通り、心臓に杭を打ち込まなければならないようだ。
杭か……材料自体はそこら辺に生えている木を使えば良いかもしれないけれど、作ることが出来るかどうか。
当然の如く、急所を外しただけなのでガンライズさんの爪で抉られた部分はそれなりに痛みがある。というかかなり痛い。ガンライズさんの血を分けて貰ったのでそれなりに回復速度は上がっているだろうけれど、余り無茶は出来ない。うう、満月の夜以外でも自由に姿を変えられるのは誤算だった。突進中に姿を変えて油断させるなんて……やるなあ。
起きたらガンライズさんが自我を取り戻していた!なんて展開になればあの爪でさくっと木を削って貰えるけれどまあ無理な気がする。こう、魔術って本人が自主的に解除するか、死ぬ迄解けなさそうなイメージがあるよね。
とりあえず、出来るところまではやってみよう。杭を作っている間に逃げられないように、出来るだけナイフでめった刺しにしておく。この現場を誰かが見たら、どちらが警察に捕まるか……確実に僕だろうな。「常軌を逸した猟奇殺人犯!」とか新聞の見出しになりそうな感じ。徹底的に痛めつけてから、再度心臓を一突きにしておく。刃渡りがもっと長ければ地面に串刺しに出来たけれど、ディナーナイフではそれは難しい。
それが終わった後、今度は周辺の枝の物色。言い伝えや創作物ではサンザシだ楓だと指定があったりするものの、実際に木の種類が限定されるのかは分からない。そもそもこの辺りの森に生えているのは見た限り杉ばかり。これで駄目ならお手上げということになる。
手頃なサイズ――直径およそ五センチ程――の枝を切り落とす。これで刃こぼれでもしたらこの吸血鬼を絶対に許すことは出来ないなあ。なんて、許すも許さないも今から殺そうとしている訳だけど。さっきから思考が物騒だ、とは我ながら思うものの、殺らなければ殺られるだけなので先手必勝。かなり殺気立っている状態なのでそこは勘弁して貰いたい。不幸中の幸いは、ナイフで切り刻んでいるのをガンライズさんに見られなかったことか。まだ十八だし、目撃していたら一生物のトラウマとなっていただろう。
さて。木材の先端を鋭く削る為に、懐から短刀を取り出す。黙々と、鉛筆を削る要領で枝の先端をとがらせていく。やっぱり短刀は取り回しがし易くて良い。余り時間をかけてもいられないので、少し荒削りの状態で完成。刺せれば良いんだよ、刺せれば。
「……で? これをどうやって刺そう。普通はハンマーとかあるけど……短刀の頭でどうにか代用出来るかな」
ちょっと勢いだけできてしまったことを今更ながらに後悔。カトラリーセットを買うついでにハンマーもどこかで調達すれば良かったかも。
かーん、こーん。小気味よい音を響かせながら、ディナーナイフのすぐ隣へと杭を打ち付ける。正直な話、血を飲んでいなかったら達成出来なかったのではないだろうかと思う位、心臓へ杭を突き刺すのは重労働だった。人間族の人が同じことを出来るなんて、創作物の世界だけなのではないだろうか。原初の人々を相手にしてきた吸血鬼ハンターは一体どうやっていたのだろう。一度コツを聞いてみたいものである。
何度打ち付けただろうか。吸血鬼の姿は徐々に灰となり、やがて跡形もなく消えていった。頭、胴体、右腕、左腕。うん、大丈夫そう。どうやら杭の種類は何でも良かったみたい。
吸血鬼そのものの戦闘能力はたいしたことはなかったものの、ガンライズさんとの戦闘で思った以上に消耗していた。武器やらディナーナイフやらを回収したあと、僕はガンライズさんの側に座り込み、暫くの間動くことが出来ずにいた。
ああ、でも駄目だ。空はうっすらと明るくなりつつある。このままいくと僕は太陽に焼き殺されてしまう……いや、死にはしないんだけど。大やけどを負うことになってしまう。それはちょっと避けたい……避けたいけれど、この近くに夜迄休めるような場所も見当たらない。
妖精の道……はどこにあるかも分からないし、そもそも通れるのは一人だけと言っていたような。ガンライズさんが居る以上、僕だけ帰る訳にもいかない。
「ああ、大変だ……。ガンライズさん、ガンライズさん起きて! 助けて!」
情けないとは思いつつも、僕はガンライズさんを揺り起こすことしか出来ない。
「んん……。っ、吸血鬼は!?」
「もう居ない。それより大変だよガンライズさん、もうすぐ日が昇っちゃう! 僕太陽駄目なんだ……」
「ええ……!? やばいじゃないっすか! えっと……うっ、どう見ても雪しかない……。木陰……で日が落ちる迄は無理か。あ! 蓮華さん、あれ! 井戸がある!」
「井戸? こんなところに井戸? いやでも……日光を避けるにはこの上なく都合が良いな。ところでさ、ちょっとお願いなんだけど。今から言う番号に電話をかけて無事だって伝えてくれない? 携帯置いて来ちゃって。ん、圏外? 参ったな……」
日が昇りかけている今、連絡もなかったら洋士がどういう行動に出るかを考えるとちょっと怖い。けれど圏外だと言うのだからどうしようもない。
「仕方がない、一旦井戸の中で休んで夜になったら東京に戻ろう。ガンライズさんだけでも先に帰してあげたいけれど、一旦その首元をどうにかしないと公共機関には乗れそうにないし、一緒に来て貰える?」
僕の言葉に不思議そうな表情で自分の首元を見下ろし、ぎょっとするガンライズさん。ごめん……血まみれになったのは僕のせいです。
「な、何だこれ!?」
「いやあ、ガンライズさんが強いから気絶させる為に血をちょっと分けて貰ったって言うか……まともに戦ったらどっちの命も危なかったし……本当ごめん!」
「いや……良いっすよ。蓮華さんは俺を助けに来てくれた訳だし、感謝してます。警戒してるつもりだったのにあっさりと捕まってこんな良く分かんないところに連れ込まれたのは俺の失態だし。こんなの、かすり傷にも入らないっす」
そう言ってもらえるとありがたい。そうか、じゃあ何とか予知夢?は回避出来たと思って良い、のかな?
「駄目だ……ちょっと痛みで意識が飛びそう。早いところ井戸の中に……」
そこ迄言ってから、僕の意識は途切れた。





