100.何か進展はあった?
記念すべき主人公目線100話目な訳ですが……重いです。
「ああ、お疲れ。大活躍だったじゃないか」
「ありがとう。さては見たね?」
「まあな。何度か呼び出しもあったし、まださっき上がった今日の分は見れてないが」
「いや、別に見なきゃいけないものでもないからね。……ところで、あれから何か進展はあった?」
実は僕は王都クエストと仕事の関係でここ数日、ほぼずっとGoWに籠もりきりだった。ヴィオラも王都クエストの準備で似たようなログイン状態だったと言うのがあって、今の内に一作書いてしまおうと思ったのだ。時々ログアウトした際には洋士の姿が家になかったので、多分何かしらの進展があったのだろうとは思っていた。
「ああ。今日も夜中にやり合った。何とか二人殺したが、こっちも一人やられた。けが人も多数だ。回復するのに時間がかかるし、このまま行くと戦力不足で対応が追いつかなくなるな」
「そう……。相手はどんな感じだった?」
「あれは典型的な『原初の人々』とやらだな。初めてお目にかかるが、特徴は一致してるからまず間違いないだろう」
「ということは、油断は出来ないけれど弱点も多いからやりようはある、か。そうなると斥候の侵入経路は飛行機一択?」
「いや。見つけた二人は海経由だ。水が弱点というのは個体差があるのかもしれないな」
僕達が「原初の人々」と呼んでいるのは、所謂初期の吸血鬼達のこと。現存する文献で確認出来る最初期の吸血鬼で、スラヴ圏から生まれ出でた吸血鬼だ。四世紀頃には既に存在していたので太古の吸血鬼とも呼ばれ、見た目こそ僕達と大差はないけれど、力が強い分弱点も多い。おおよそ文献に記載されている通りの特徴を兼ね備えた吸血鬼を指している。
一口に吸血鬼と言っても地域や年代によって特徴が全然違う。人類が猿人から現代人であるホモ・サピエンスへと進化したように、僕達吸血鬼も進化している。
原初の人々の特徴はいくつかあって、
一、血液の摂取を問わず瞳の色が赤く、変えることは出来ない。
二、霧や蝙蝠、狼に変身する能力を持つ。
三、魔術を使い、人や動物を操る。
四、十字架や日光、ニンニクなどの香りの強い物が苦手。
五、水が苦手で、渡ることが出来ない。
六、銀に弱い。
七、極端に日光に弱く、夜間にしか活動が出来ない。
故に心臓に杭を打たれるか、日光を浴びると死ぬ。また、銀による傷も再生しない。
ちなみに僕達は変身能力や魔術の類いは使えないけれど、日光を浴びても死なず、心臓に杭を打たれても問題ない。十字架やニンニクの類い、水も勿論大丈夫である。銀は僕は試したことがないけれど、シルバーアクセサリがつけられるあたり、弱いということはない筈。
ちなみに原初の人々の特徴はもう一つあり、それはとにかく人間やエルフといった人型種族の血を好んで摂取すること。自分達の力の源であると信じ、人族との共存を一切考えることなく、ただひたすらに自分達の食料としてしか考えずに殺戮を行う集団。ただし原初の人々は弱点も多く、吸血鬼ハンターといった職業の人々に狩られやすいこともあり、基本的には集団で行動、縄張から出て来ることはほとんどないとも聞く。
エレナが元々居た派閥はこうした原初の人々の主義思想が受け入れがたく、離反した人々によって作られたものらしい。彼等の特殊能力に対抗する為に、人間時代から特殊な能力を持った人物を中心に仲間にしていったのが始まりだと聞いたことがある。エレナ達は動物の血を飲むことで他種族との共存を図っているが、原初の人々からは往々にして草食主義と馬鹿にされ、時々諍いもあるようだ。
基本的には縄張であるロシアから出ない原初の人々だけれど、エレナ達が住むフィンランドやノルウェー、それにヴィオラの故郷であるスウェーデンとも陸続き。もしかすると、ヴィオラの故郷に出没していた吸血鬼というのも、この原初の人々かもしれない。日本へは……北方領土の延長線上でロシアだとでも思って来ているのだろうか。いや、もはや縄張の概念が薄れているという可能性もあるか。
勿論、原初の人々以外にも人族やエルフ族を好んで襲う派閥は多いと聞く。むしろエレナや僕達のように血を分けて貰ったり動物の血を飲む方が少数派。だから他種族からの評判はすこぶる悪く、ライカンスロープの例のように一悶着起きることも多々ある。
「斥候が何人来ていて、相手の総数が何人居るのかが気になるね。エレナから聞いた限りじゃ数百人は居るんじゃないかってことだったけれど……」
「俺達は五十人弱。斥候がやられたことで諦めてくれれば良いが、逃げた斥候が内情を把握して報告なんてしようものなら正直言ってやばいな」
「空港は? 一応見張ってるの?」
「いくつかの空港は見張っているが、さすがに数が多くて人手が足りない。他の種族の奴等も手伝ってはくれているが、ずっと張り付いていれば怪しまれる。既に何人かは職質を受けているからな……」
「それからこれ」と洋士は一冊の雑誌を僕に差し出した。
「『現代の吸血鬼? 都内で謎の不審死相次ぐ』……現在の段階では三人、体中の血が失われた状態で見つかっている、か。確実に一人は既に潜伏してるってことだね……。それにしても、記事に出ちゃったんだ?」
「ああ、それに関してはわざとだ。そこの出版社はゴシップネタが多い。金を握らせて揉み消せば、それをそのまま書くような連中だ。だったら止めずにいつものゴシップだと思わせておいた方がこちらとしても都合が良い」
「……そう。でも実際亡くなった人は居るんだよね? テレビやなんかで取り上げられたりとかは?」
「そっちに関しては和泉が規制している。が、余りに多いと止めるのも難しくなるだろうな。他種族の方にも協力者は呼びかけては居るが、相手が吸血鬼ということもあって余り集まらない。噛まれれば吸血鬼になる可能性もあるからな。仲間が吸血鬼になるのは死なれるよりもきついだろう。噂によれば原初の人々の仲間になった吸血鬼は自我を保つことが難しいらしいし、説得をするのも難しい……と聞けば誰だって怖じ気づく」
今の所、相手の吸血鬼は仲間を増やす様子はないものの、このまま僕達が仲間を狩り続ければ、現地で戦力を調達しようとして吸血鬼化させる可能性は十分に考えられる。協力してくれているライカンスロープが吸血鬼になろうものなら、僕達で押さえることは更に厳しくなるのではないだろうか。
「人手、人手か……ねえ、やっぱり僕も参加した方が、」
「駄目だ。あんた一人が増えたところで大差はないし、何より既に一人か二人、都内に潜伏している状況だ。あんたはそれこそあの女の側から離れないようにしてくれ」
「でもヴィオラも僕達に気を遣って外に出ることはしないし、彼女がゲームをやってる間なら僕も」
「駄目だと言った!! ……今の一族の長は俺だ、父さんでも命令には従って欲しい。これは俺達が決めた規則だろう?」
規則。そう。最初に僕と洋士、それからエレナで決めた規則。僕は人をまとめるのが向かないから、規則だけ作って長の位は洋士に押し付けてさっさと隠居した卑怯者だ。その規則に、長の命令は絶対と書いてある。例外は長の命令が理不尽だと感じた吸血鬼が、全体の半数以上の場合のみ。今回、ヴィオラを守れという洋士の命令に理不尽がある訳ではない。僕一人が加わったところで戦況が良くなるとも思えないから、皆も僕に賛同することはないだろう。
「分かったよ、無理を言ってごめん」
「俺達に絶対的に足りないのは見張りだ。見つけ次第連絡さえあれば俺達の足ならすぐに急行することは出来る。が、その見付ける為の人手が圧倒的に足りない。和泉を通して全国の監視カメラ情報を連携して貰えないかは打診しているが、俺達の存在が公に出来ない以上、難しいと言われている。それに可能だとしても、政府の承認だなんだと時間がかかる」
声を荒げたことを気にしているのか、洋士は誤魔化すように一つ咳払いをしてから続けた。
「……まあ、長くなったが状況はこんなもんだ。それからあんたも当然分かってるだろうが、ガンライズとやらは無事だ。だが、相手が既に都内に居ると分かった以上、安全な場所はない。吸血鬼は特にライカンスロープを好むし、あいつ自体がターゲットになる可能性もあることを重々承知しておいてくれ」
「ん。……それに関しても無茶を言ってごめんね。えっと……ヴィオラも状況は気にしてるみたいだから、ちょっと報告に行ってくるよ」
僕の言葉に洋士が頷いたのを確認してから僕は玄関を出た。ログアウトしているかは分からないけれど、していなかったら置き手紙を残して戻ってくれば良い。
§-§-§
「はあ、くそっ」
玄関の扉が閉まる音を聞きながら、俺は悪態をついた。
あんな風に怒鳴るつもりはなかった。父さんの気持ちも分かってはいるし、俺だって本当は父さんが参加してくれた方が戦力的には二人……いや、三人分以上は上がることを承知している。けれど、俺のエゴがそれを許さない。他の仲間が死んでも怪我しても良くて、父さんは駄目だなんて長失格なのは分かっている。でもこれだけは絶対に認める訳にはいかなかった。
丁度良くエルフ族を守るという名目もあったし、何より父さんは日光が出ている時間帯は外を歩くことが出来ない。だから他の仲間も承知はしてくれている。
けどここまで人手が足りないとなれば、そのうち誰かしらが言い出すだろう、父さんに助けを求めてはどうか、と。
今は参加自由と言っているが、その内全員強制参加と言わざるを得なくなる。そうなれば父さんも当然参加という話になる訳で。
向こうの本隊が攻めてくれば俺達は人数で劣り、能力面でも劣る。俺達は母さん達と違って動物ではなく人間の血を飲んでいるから、そう言った意味での身体能力差がないのはせめてもの救いだが。報告されないよう、一刻も早く全ての斥候をあぶり出し、殺さなければならない。
「俺はどうすれば良い?」
そう問い掛けてはみたものの、答える者が居ないのも分かっていた。俺の言葉は部屋に反響し、そのまま静かに消え失せた。その静けさが、まるで俺達の未来を暗示しているかのように感じて、柄にもなく寒気を感じた。