98.一段落かな?
大神官代理の潜伏場所の目星をつける為、まずは攻撃隊内で公爵家の兵士を目撃した場所を共有。マップ機能上に目印となるピンを打っていく作業を行った。
「一見ばらけているように見えるけれど、兵士の人数も考慮すると東側が厚い印象だね。東門から逃亡を図ろうとしてタイミングを見計らっている、のかな?」
『王都から出るなら東西南北どこかの門から出る必要があるもんな。東を選ぶメリットがあるんだろうか?』
『消去法でいくなら、北は貴族街だから手助けしてる公爵家の兵士の顔も覚えてそう。避けたがるんじゃないかな』
『公爵家が手助けしていることが露呈する可能性も考慮して、あえて兵士を少なく配置した西から脱出させる、なんてことあったりする?』
『いやー、西ってオフィス街だろ? 西から脱出してどうすんのって感じはするけど。まさかNPCがオフィス街に潜伏するイベントなんてないだろうし』
『メタ的発言するなら、東西南北全域の端っこから俺達は王都に来た訳だし、西だからって除外する理由にはならない気がする。西って言っても真西がオフィス街なだけで、南西とか北西とかは普通にゲーム内フィールドじゃん?』
『それじゃ理由をつけて絞り込むのは無理、か?』
『マリオット公爵家の所有領ってどこだっけ? 領地内のが匿いやすいし、そっち方面に逃げそうだけど』
『それが東じゃなかったっけ』
『シヴェフ王国って西洋ベースだから爵位を複数持ってる可能性ない?』
そう。確かその辺りはマッキーさんが調べててくれて、マリオット公爵もフィアロン公爵もそれなりの数の爵位を所有している。西洋の貴族は家系に対して一つの爵位が存在する訳じゃなくて、領地に爵位が付随していることが多く、領地をたくさん持っている貴族はその分大量の爵位を持てる方式らしい。
「マリオット公爵はいくつかの爵位と領地を持ってるね。残念ながら場所も東西南北四方八方に散らばってる」
『振り出しに戻った……』
落胆する声がちらほらと聞こえる。でも、「突撃前に東門から脱出する!」と予想が立てられれば確かに楽だろうけれど、必ずしも決め打ちしなければいけない訳でもない。特に今回は人数が多い訳だし、数の利に頼るのも手だと思うんだ。
「まあ、今捜索に参加してる攻撃隊人数は三千五百ちょっとだし、罠の可能性を考慮して全部のポイントに突撃するとしても人手が足りないってことはないと思うけど……」
『じゃあ全ポイント一斉突撃して、発見したら応援要請?』
「かな? 戦闘能力に不安があるグループはNPC冒険者に同行して貰うと良いかも。でもなるべくこちら側からは手出しをしないように。向こうが表向き、捜索を手伝っている風を装っている以上兵士達に怪我をさせてしまえば罪に問われる可能性もあるからね」
『了解、んじゃ適当に今居る場所から近い場所に突撃するってことで良いか?』
『『うん、大丈夫』』
「僕も参加したいところだけれど、万が一蘇生が必要になったときにどこへでも飛んでいけるように聖下と一緒に中央で待機しておくよ。外れの場合はマップのアイコンの色を青からグレーにするから、結果が分かり次第申告してくれる? それから大神官代理を発見した人も申告して欲しい」
『了解です!』
『……よし、じゃあ準備が出来たところから突撃開始!』
§-§-§
『総隊長、東2番街で大神官代理を発見。既に怪我をしている模様』
「了解、すぐに向かう。分が悪そうなら無理せず待機で。それから乱闘になる可能性もあるから、出来たら他の人達も向かって欲しい」
『『了解』』
「……大神官代理の居場所が特定されました。怪我もしているようですので急行します」
僕の言葉に教皇が頷く。まだ少年、それも足腰が弱っている状態なので、護衛の一人が抱えて走ることに。その分手が塞がってしまうので、僕が先頭に立って周囲を警戒する。
予想に反して、目的地迄は難なく到着した。現場には公爵をはじめ、兵士達が円を描くようにして集まっており、その中心、地面に大神官代理が横たわっている。既に息を引き取っているようだ。ああ、公爵家も捜索に協力したけれど、健闘空しく被疑者死亡、と持っていく為にこちらに向かっていた僕達に手出しをしてこなかったのか。
周囲には血溜まりが出来ているので出血死といったところか。傍らに包丁らしきものが落ちている辺り、住民がやったのかな?と思うけれど、公爵の手に血がついてる辺り抜いたのは公爵……といったところだろうか。
『総隊長が来る迄影からこっそり様子を覗いてたけど、包丁を抜いたのは公爵。抜いた後に止血を試みてはいたけれど、あんなにゆるゆるじゃ止まる訳がない。むしろ包帯が血を吸う分出血を促しているとしか。それに大神官代理が懐から取り出した治療用のスクロールも公爵が取り上げたんだ。完全に見捨てるつもりだよ。一応キャプチャも取得済み』
知らせてくれた内容に僕は内心ほくそ笑んだ。キャプチャ映像もあるのであれば、公爵が意図的に大神官代理を殺そうとした証拠には十分だろう。
突然現れた僕達に公爵は一瞬剣呑な目を向けてきたけれど、僕達が捜索隊であることに思い当たったのか、すぐに残念そうな表情で事情を説明し始めた。
「我々が発見したときにはこの状態でして……生きたまま捕らえたかったのですが、実に残念です」
ちなみに、教皇には事前に普通の洋服に着替えて貰っている。恐らく夜道で子供を保護したとでも解釈したのだろう。この場にそぐわないはずの子供の姿に、公爵は何も言わなかった。
それを好機と見て取った僕は、教皇に目で合図をした。教皇はこくりと頷き、僕と護衛にしか聞こえない程の小声で詠唱を開始する。なるほど、発動には少し時間がかかる訳か。となると少し時間を稼がないと。
「……治療用スクロール、お持ちだったのですよね? 何故使わなかったのです? 閣下の言う通り、なるべく生きたまま護送したかったのですが」
「治療用スクロール、ですか? そんなものがこの世に存在するなんてことも知りませんでしたが……」
しらを切る公爵に、僕は少し脅しをかけてみる。
「おや。ずっと様子を見ていた人が居たようなんですが……包丁を抜いたのも閣下だと言っていますよ?」
「まさか。そんな世迷い言、誰が言ったんです?」
にやにやと笑う公爵。たかが一般人が証言したところで、公爵の地位は簡単には揺らがない。そう考えて完全に自分の勝ちだと思っているのだろう。
視界の端でマップを確認した限り、もうすぐ応援部隊も到着するようだ。例え蘇生に動揺し公爵が兵士をけしかけてきたとしても、これなら問題はないだろう。いや、むしろ乱闘に発展してくれた方が都合が良い。そう判断した僕は、あえて挑発するような物言いをすることにした。
「世迷い言かどうかは後々分かるでしょう。世の中には便利な『ロストテクノロジー』なんてものがありますからね」
言外に公爵が行った行為は記録しているぞ、と伝える。公爵がぴくり、と眉を動かした瞬間、護衛の腕から降りた教皇が大神官代理に駆け寄り、大きな声で最後の一文を唱えた。
「――我が祈りを聞き入れ給え、リザレクション!」
教皇の声に呼応したように光が大神官代理の身体を包み込み、霧散した。直後、大神官代理がむくりと動き出した。
「……ここは?」
きょろきょろと辺りを見渡し、教皇の姿を認めると一言。
「ガキ……お前が何かしたのか?」
ガキ。まさか常日頃から教皇のことをそのように呼んでいるとは。いっそここで再度殺してしまいたい衝動に駆られたけれど、折角教皇が蘇生させたのだからそんなことをする訳にもいかない。全く腹が立つ奴だ。
「おい、図に乗るなよ人間。我はただこの少年の願いを叶える為に来てやっただけだ。お前のような虫けらの命なんぞ、頼まれなければ救いとうなかったわ」
教皇の唇から、教皇の声とは似ても似つかぬ女性の声音が漏れる。これは……まさか女神シヴェラ? 教皇の身体に憑依しているのだろうか。
「シ、シヴェラ様!? し、失礼いたしました。無礼をお許しください」
「安心せよ」
と女神の声。
「お前は死後間違いなく地獄行きだ。お前の人生を見た上で我がずっと前から決めておった。故に今更一つ二つの無礼など気にはせぬ」
そう言うと教皇の身体からすっと光が飛び出した。女神シヴェラが体内から去ったのかもしれない。ふむ……蘇生魔法ってもっと違うイメージだったのだけど……。これは蘇生と言うよりも神降ろしだよね?
「馬鹿な……蘇生だと!? そんなものを使える者が居るなどとは聞いていないぞ!」
怒鳴り散らす公爵。ほう、大神官代理も肝心なことは公爵に伝えていなかったと見える。協力者といえども疑うだけの頭はあった訳か。まあ結果出血死させられてるんだから何の意味もないんだけどね。
「マリオット公爵! お前……私を裏切りやがったな!?」
公爵に負けず劣らずの大音声で言い返す大神官代理。治療用スクロールを取り上げられたのだから当然といえば当然。まあ、悪人同士の仲違い程見てて馬鹿馬鹿しいものもないけれど。
そこに、タイミング良く到着した攻撃隊の人達。さて、それじゃあ一仕事しますかね。
「揉めているところ悪いですが、お二人には色々な嫌疑がかかっているので、捕まえさせて貰いますね」
「な、何を言う。私はこの男の捜索に協力していただけだぞ」
「いえ、先程も言った通り大神官代理を見殺しにしてますからね。やましいことがないならそんなことはしないでしょう。大神官代理からも『裏切った』という言葉が出ていますから、協力関係にあったと推測出来ますし。言い訳は裁判でお願いしますね?」
にっこりと微笑みながら言う僕。既に周りはプレイヤーで固めてあるので逃げられる可能性は低いだろう。それでも悪足搔きするのだろうな、とは思っているので油断はしないけれど。
「くっ……お前達! 訳の分からないことを言うこいつらを黙らせろ!」
公爵に命じられ、兵士達が一斉に僕達に襲い掛かってくる。まあそりゃそうか。最初から全てを知った上で動いているに決まってるよね。正直ちょっとだけ期待してたんだ、兵士達は何も知らずに利用されているんじゃないかって。全然そんなことはなかったですね、はい。
人数の利はこちらにあるとはいえ、そこはやはり兵士。一気にHPがレッドゾーンになるプレイヤーが続出した。あらら……今回のイベントは三回しかリスポーン出来ないし、この力量差はちょっと困るかも?
「ヒール!」
教皇の声が響き、プレイヤーの体力が回復する。おお、手伝ってくれるんですね。それならいけるだろうか。
教皇を狙って突撃してきた兵士に鞘で一突きする。か弱い少年を狙う奴に容赦など一切するつもりはない。今回は人間相手だし、護衛の皆さんもしっかり役目を果たしてくれているので僕は前方の兵士だけに集中出来る。気が楽だなあ。
とそこへ、数本の矢が僕達の間をすり抜けて公爵家の兵士達の腕や顔を掠めた。これは……ヴィオラかな? 矢が当たった兵士達は、目に見えて動きが鈍くなっている。麻痺とかそういう類いの効果だろうか。凄いな。やり過ぎたら自分達が罪に問われることになるし、ヴィオラのような弓使いには分が悪いと思っていたのだけれど、全然そんなことはなかったようだ。
「皆今よ! 兵士達は身体が麻痺しているわ!」
頭上からヴィオラの声が響いてくる。どうやら建物の屋根に居たらしい。
「「おー!」」
教皇による回復と、ヴィオラによる状態異常付与で落ちかけていたプレイヤー達の士気は一瞬にして跳ね上がる。……ふむ。僕よりもヴィオラの方が指揮官に向いているのではないだろうか。
そうして戦うことしばし。元々公爵家の兵士達は分散していたこともあり、あっと言う間に形勢逆転、こちら側の勝利で終わった。まあ、教皇が蘇生魔法も使える以上、今に限って言えばプレイヤー側は無限にゾンビアタックが可能なので負ける筈がないんだよね。
大神官代理と公爵はいがみ合いながら、仲良く治安維持隊に引きずられていきましたとさ。ふう、これでようやく一段落かな?