97.偽物、だろうね
侯爵家の兵士が到着後、僕は一通り事件のあらましを説明したのちにいくつかのお願いをした。
まずは侯爵が言っていた通り、教会全体の封鎖及び教会内部に暮らす人々の監視をお願いした。けれどそもそも、現在教会にどれ位の神官、神官見習い、雑役夫が居るのかが不明なので、まずはそれらが記録された帳簿の捜索を今居るプレイヤー達で行うことに。
恐らく大神官の部屋にあるだろうと多くの神官が口にしていたけれど、現在大神官の部屋を使用しているのは大神官代理。鍵も本人が持ち歩いている為開けることが出来ない。とここで、首輪を外したプレイヤーがまたも大活躍し難なく解錠に成功。教皇と神官達に許可を得ての大規模な帳簿及び不正の証拠探しが始まった。
「あ、これじゃないでしょうか?」
「こっちには教会の予算帳簿っぽいものがあるぞ」
「お、寄付金リストと叙爵リストもあった」
「あくどいことやってる割に二重帳簿になってない辺り逆に心配になってくるんだけど」
「誰も大神官部屋の中に入ってこないと思って安心してたんじゃないの?」
出るわ出るわ、資料の数々。いや、資料がないよりはあった方が僕達的には嬉しいし、あるのが当たり前なのだけれど。誰かが言ったとおり、二重帳簿にしておかずに不正の内容がそのまま出ちゃってるのが何というか……。どうも大神官代理は全てにおいて中途半端でお粗末な感じがする。
「二重帳簿をつける技量がなかったんじゃない? 帳簿付けに詳しい人間を味方に引き込めなくて自分でやってたのかもしれないし」
「あー、本当のことが書いてある裏帳簿と、公開用の偽帳簿で辻褄が合わなくなって諦めたパターンか。確かにあり得るな」
「まあそもそもその段階で悪いことをする能力がないんだから諦めれば良いのに、って感じではあるけどね」
とまあ、プレイヤーからの評判は散々なものである。ひとまずは教会の所属者リストを侯爵家の兵士に手渡し、これを元に監視をお願いすることにした。既に現時点で黒が確定している人は治安維持隊協力の元、牢屋へと入れられているので、ここに居る人達はいわゆるグレーゾーン。監視とはいえあくまで一般市民に対する紳士的な対応を心掛けるようにお願いしておいた。
「あれ……これ遺書って書いてある」
「遺書? 誰の」
「えーと……『今回の件は全て私の独断で行ったことです。私は許されないことをいたしました。死をもって償います。トーマス』。……トーマスって誰だろう。ちょっと聞いてみようか。すみません、トーマスという名の神官はいらっしゃいますか?」
「トーマスという名の神官は一人居ます。その……蓮華様を害そうとした人物です」
僕の方を見ながら神官は言い難そうに答えた。ああ、勢いよく刺してくれたあの神官か。そういえば名前を聞いていなかったな。
「ふむ……今日話した限り、自殺は微塵も考えてなさそうだったけどね。僕の暗殺に失敗したんだから殺されるかもよ?って言ったら震え上がってたし。となるとその遺書は偽物、だろうね」
「全ての罪をそのトーマスとやらに擦り付けようとしてたってことか?」
「そういうことなんだろうけど、人選がなあ。正直な話、あの人に全て画策して実行に移すだけの能力はないと思うし。僕ですらそう判断するんだから、少しでもあの人のことを知っている人は皆そう思うんじゃないかな」
しかし、予想通り消される運命だった、か。トーマスは先程の映像が決め手となって先程牢屋へと連れて行かれたけれど、かえって良かったかもしれないね? そうじゃなければ今頃暗殺者か誰かに殺されてただろうし。
「まあ、これも証拠の一つになりそうだということが分かったのでよしとしましょう」
「ああ。……しかしなあ……先に牢屋に入ってた筈のごろつき達が解放されたとなると、治安維持隊の中にも教会側の協力者が居る可能性がありそうじゃないか? トーマスとやらは大丈夫かな」
「確かに。もしくはさっきみたいに、折角捕まえた神官達も逃げ出す可能性があるってことでしょ? でもさすがに私達の力で牢屋迄監視するのはきついよね……そうなったら王都クエスト失敗?」
「いや、さすがに牢屋内で殺されたからって俺達のクエスト結果に影響するのはなくないか? でも確かに今回のクエスト、前回と違って時間制限が書いてないんだよな……。これは俺達に見張れって言ってるのか?」
「もしも治安維持隊の監視が必要なら、うちの兵士に命令することも出来るわよ。今の所一番信用出来る筈だし」
大神官の部屋の扉の前で話を聞いていたフェリシアさんが名乗り出てくれる。確かに信用出来るかもしれないけれど、治安維持隊が見張っている筈の牢屋を侯爵家の私兵が見張ってしまうと一波乱ありそうな予感が。しかしプレイヤーで見張るとなると、いつまで?という問題が浮上する。今回のクエストに時間制限はないみたいだけど、さすがに司法が裁く迄シフトを組んでプレイヤーが交代で牢屋を見張るのは現実的じゃないよね。そんなことになったらクレーム待ったなしな気がする。
「申し出はありがたいですが、治安維持隊の職務を侯爵家が奪ったようにみえて、問題になりませんか? 治安維持隊の全員が全員買収されているとは考えにくいですし、見張りの人数を増やして貰えば対処出来る気がします」
「そうね、確かに問題になるかも……悪いわね、そこ迄考えて貰って」
そう言うと、フェリシアさんは侯爵家の兵士達の元へと戻っていた。その後ろ姿を見ながら僕は口を開く。
「司法の介入、裁判といった一連の流れは確実に時間がかかる筈。僕が思うに、シナリオとしては終わっていなくてもイベントとしての区切りは前回同様どこかであるんじゃないかな。例えば大神官代理の発見、捕縛で一区切りとか。で、今後牢屋の見張りがギルドに依頼として来たり、或いは牢屋から神官達が逃亡、牢屋内で不審死したから調査して欲しい、なんて依頼が来たりとか。とにかく王都イベントというよりは、別クエストとして発展するとかが考えられそう」
「あー成る程! 寝返った治安維持隊の炙り出し、なんて依頼もあったら面白そうですねー」
「実際のところ、寝返った奴なんて居ると思うか? 俺的には教会側についたプレイヤーがこっそりごろつきを解放した、に一票だな。考えても見ろよ、金に困ってるならともかく治安維持隊っていう安泰そうな職業を棒に振って迄協力するメリットが思いつかないだろう? 教会に弱みを握られてるとかならあり得るかもしれないが」
「でも、それこそ教会側につくプレイヤーの旨味って何ですか? なくないですか?」
「『面白そうだから』って理由は十分あるんじゃないか?」
「旨味じゃなくて、損したくないから教会側についた人なら知ってる。あんまり詳しくは言えないけど。教会から男爵位を貰っちゃったから、教会がなくなると大損だって言ってた」
「そういうことか。確かに今回のクエストが発表される迄は教会がこんなに真っ黒だとは誰も思わなかったもんな。有り金注ぎ込んで貴族になったプレイヤーも居る訳か……」
「教会そのものがなくならない限り爵位ってそんなに簡単には取り上げられないんじゃない? あ、だから思ったより反撃がぬるいのかな……」
「ごろつきを解放したのがプレイヤーなら『面白そうだから』って人の説が濃厚そうですよねー」
「名前晒してやりたいくらい腹立つけど、まあゲームのルールに違反してる訳じゃないしこればっかりはしゃーないな。んじゃあれか、俺達のクエスト結果に影響しそうなのは大神官代理がどうなるか、か?」
「うん。公爵に殺されるようなことになれば僕らの成績にも影響しそうだよね。うーん、正直攻撃隊と冒険者と治安維持隊を合わせればかなりの数が捜索に加わっているし、すぐに確保連絡があるかなって思ってたんだけど……。随分と難航してるみたいだし僕はそろそろ王都の捜索に加わろうかな」
「あ、了解でーす。何かあったらお知らせしまーす」
「了解。俺はここでまだ資料を探しておくよ。王都の捜索に加わっても実入りは少なそうだしな」
「頑張ってください、総隊長」
皆に見送られながらフェリシアさんにあとを託し、護衛を選出して貰う為に、教皇を連れて侯爵家の私兵隊長のところへ。どうやらお取り込み中らしく、先程発見した資料を指差し、隊長が神官に何ごとかを尋ねている。
「ちょっと失礼。資料を見るに神官の皆様の入れ代わりが随分激しいようですが、何故でしょう? 我々の任務に直接影響がある訳ではないですが、少し気になりまして」
「ああ……、極たまに教会での生活が合わなくて出て行かれる方も居ますが、大半の神官は亡くなっているんです」
「亡くなっている? 年齢的に老衰ではないですよね」
「はい、病気で亡くなっています」
「病気も神聖力で治る認識でいましたが……」
「治る病気と治らない病気があります。我々は規律で医者にかかることが出来ませんから、治らない病気にかかった者は死を覚悟せねばなりません。しかし、改めてリストを見るとどう考えてもこの人数は異常、ですよね……。今迄不審に思わなかった自分が恥ずかしい限りです」
「ふむ……、何かの作為が働いていると考えても良いかもしれませんな」
「こうして見ると、『どうすればより治療効率が高められるのか』と日々研究をしていた方々ばかりですね。一般的に、神聖力で治らない病気にかかる人は、信仰心が足りないからだと言われています。患者の治療に情熱をかたむけるのと、女神シヴェラを信仰するのは別問題ですから、研究に没頭する余り信仰心が薄れていったのかな、と思っていましたが今回の件を考えると……」
「自分の力ではなく、スクロールを使用して治療していた上位神官からしてみれば研究をして迄治療をする方々は、まさに目の上のたんこぶだったでしょうね。言い方は悪いですが、病気に見せかけて殺されたと考えた方が納得がいきます。そういった方法があるのかどうかは分かりませんが」
「私もそう思います……あ、蓮華様。そろそろ捜索に向かわれますか?」
「ええ、状況が余り芳しくないようですので。それで、聖下も同行するので護衛を何人かお願いしたいのですが」
「おお、気付かずに失礼いたしました。うちの部隊の中でも特に実力のある三人をつけましょう」
「助かります」
隊長に呼ばれた三名の兵士と軽く挨拶をしてから出発。さて、大神官代理はどこに居るのやら。





