93.誰の判断なの?
「99.気になるのだ」の前書きに記載した通り、大神官と書きながらも教皇という認識で執筆していた為、神官くんに追加解説してもらいました。
中央礼拝堂に居る誰かが気を利かせて攻撃隊通話をオンにしているらしい。神官同士の会話が脳内で直接響いている。
現実の聴覚から聞こえる内容と区別する為だろうけれど、脳内に響くこの仕様は何度体験してもちょっとむずむずする。
『今日こそ大神官猊下にお目にかかれると聞きました』
『そんなのはでまかせだ、持ち場に戻れ』
『でも! えいりがそう言ったんです。彼女に会わせて下さい』
『えいりは今は居ない』
『まさか、何かあったんじゃないですよね? もしこの場に現れなかったら、自分の身に何かあったと思って欲しいとも言われているんです』
『くそ、厄介な……ここでは人目につく。奥で話そう』
『そういって私達のこともどうにかするんですか? 猊下が世襲されてもう二年ですよ? 一度もお目にかかれないなんてどう考えてもおかしいじゃないですか』
ふむ……大神官に会えないことを不審に思っている神官と、多分わざとそうしている神官とで揉めている訳か。会えない大神官。綺麗な服で囚われている子供……いや、まさかね? 大神官が子供なんてこと、あり得るだろうか。
あれ? そもそもフェリシアさんに証拠を見せたとき、彼女はいい年したおじさんを指して「大神官」と言っていた気がするけれど。一度もお目にかかれない人がマリオット公爵と会っているのはおかしい……つまり、巷で大神官だと認識されている人物と、教会内で認識されている大神官は別人ってこと?
「君は大神官に会ったことは?」
「いきなり何を……いや、一度もお目にかかったことはないです。普通は大神官猊下が執り行なう祭事も、大神官代理がこの二年は執り行なっているので……代理以外に猊下に会ったことがある人は居ないんじゃないでしょうか」
「それは普通なの? 僕からしてみれば異常に聞こえるけど」
「勿論普通ではありません! ですが、猊下はご病気で……現在は代理が全ての職務を代行しています」
「病気……それは神官は治せないの?」
「治せるものと治せないものがあります。猊下の病気は後者だとお聞きしました」
「医者には?」
「女神シヴェラの意に反することは出来ません。神官は皆、医者に診せてはならない決まりになっています。猊下といえども例外ではありません」
「へえ……それじゃ、君は自分が病気になっても諦めて死ぬってことか……神官は大変だなあ。いや、教義を否定するつもりはないよ。ただ僕には無理だなあってだけで」
「女神シヴェラを信仰する思いが強ければ病気にはなりません! 或いは、なっても神聖力で治る病気なのです。治らない病気になるということは……」
そこではっとしたように口を閉じた。自分達の教えを正当化するつもりだったのだろうが、結果として大神官の信仰心が弱いと言ったも同然なのだからはっきり言って頭が悪い。
「まあどうでも良いけど。さっき言ってた『綺麗な服で囚われている人』が大神官じゃないことを祈ってるよ。あれだけの人を拉致監禁してる段階で終わってるけど、大神官も監禁するようじゃさすがにどうしようもないもんね」
「そんなことあり得ません!」
神官は激昂して否定してるけど、どうかなあ。ここまで来たら本当に囚われてるのが大神官なんじゃないかと僕は思い始めたよ。
「でもなあ、だとすると……大神官はどうして監禁されているんだろう。仮に子供だったとしても監禁される必要はない。あるとすればそれは……大神官代理が私利私欲に溺れて教会を我が物にしようとしているか、大神官も黒髪黒目か。ふむ。ねえ、大神官って誰がどうやって選ぶものなの?」
僕の発言を不愉快そうに聞いているものの、どこか覚えがあるのか妙に居心地が悪そうな表情を浮かべていた神官。ところが、僕が質問をすると今度は途端に見下した表情をし始めた。まるで「そんなことも知らないのか」と言わんばかりだ。こいつ、さっきから腹立つなあ……。本当にどうにかしてやろうか。
「一部の例外を除き、大神官位は世襲制です。ここの大神官位は一応国王陛下から承認を得る必要はありますが、基本的に否認されることはありません」
「じゃあ今の大神官は先代の子供ってことか。会ったことはない……んだよね。年齢は知ってるの? そもそも国王陛下からの承認が必要だなんて随分と大ごとなんだね?」
大神官って、要するに大司教とかそういう地位なんだよね。教皇が大司教を選ぶイメージがあったけれどこの世界では世襲なのか……。ああ、でもバチカン市国の国家元首とカトリック教会の教皇は同一人物だから、大司教を国王陛下が選ぶのはおかしくはないのかな……? うん? 混乱してきた。
「今年で御年十二になると聞き及んでおります」
「本当に子供だったのか……」
「子供だからなれないということはないでしょう。それからご存じではないようなので説明いたしますが、基本的には他区の大神官位は教皇により指名されます。しかし、ここだけは例外です。我が教会の大神官はすなわち、この国の頂点の大神官。教皇位と大神官位の権威の両方を保持することになります。故に国王陛下からの承認が必要になります」
「教皇!? それはまた……ちょっと待って、『大神官代理』であって『教皇代理』ではないんだね? あと、別に子供が教皇になってはいけないとは思ってない。けどまだ十二、いや、世襲当時は十歳かな。そんな子供が一度も姿を現してないのに、大人達は何の疑問にも思わずに大神官代理の言うことを鵜呑みにしてるんだなあ、と思ったらどっちが子供なのか分からなくて驚いただけだよ」
ええと、つまり現実に当て嵌めてみると、大神官=枢機卿かな。で、王都の教会であるここの枢機卿が自動的に教皇となる、と。けれど教皇はトップだから、例外的に国王陛下からの承認が必要になる。まあ確かに評判が悪い人が教皇というのは国的にも困るもんね。
でもさっき中央礼拝堂から聞こえたやりとりは「大神官」と言っていた。つまりこの教会に所属する人は「教皇」としては見ず、「大神官」として接しているということなのかな? かなりややこしいけれど。ああ、フェリシアさんも「大神官」と言っていたから王都に住む人々からすると「教皇」という感覚は余りないのかも。
「ええ、さすがに一神官が教皇位の代理を務めることは叶いません。ですからここ二年間は大神官としての職務は代理が行い、教皇としての職務は延期という形になっています。……しかし全く、貴方はさっきから随分と失礼な人ですね!」
律儀に説明はしてくれるものの、喉元の短刀の存在を忘れてしまったのか僕を怒鳴り付けてくる神官。まあ確かに煽るような物言いをした自覚はある。けどね、忘れて貰っちゃ困るんだ。最初に僕を殺そうとしたのは君だってことを。言葉責めくらい、許してくれたって良いんじゃないかな?
「初対面で殺そうとしてくる人よりはマシだと思ってるよ。ところで、ねえ。僕を殺そうとしたのは誰の判断なの? 毒の入手先は? よく回るそのお口からそういうことも聞かせて欲しいなあ」
「そ、れは……」
「言えないの?」
指示してきた人を庇う、なんて殊勝な心掛けはこの神官にはないだろう。となると、残るは一つ。言えば口封じに殺されたり、殺されはしなくともただでは済まないと分かっている。
「密告したことがばれたときの報復を恐れてるのかな。でもさ、よく考えてみなよ。君が僕の暗殺に失敗した段階で、依頼主は君を生かしておくと思う? 報復が頭によぎる位、その人は過激な人なんでしょう。だったら君のこともさくっと殺っちゃうんじゃないの?」
神官の顔色がざっと青く変わったのが目に見えて分かる。え、本当に? 僕が口にする迄その可能性に微塵も気付かなかったの? 本当にこの人大丈夫かな……。
「まさかそんなこと、あの方がする訳が……」
もう一押し、ってところかな?
「でも毒も多分その人から渡された、とかだよね? 別に君みたいに直接毒ナイフで刺さなきゃいけない訳でもないし、食事に盛られるとかいくらでも出来そうだけれど。いやあ、食事も警戒しないといけないなんて。君のこれからの人生が平穏無事なものであることを祈るしかないね」
「わ、私は大神官代理に命じられて仕方なくやっただけです!」
自分の命が危ないと思えば簡単に売る、か。煽ったのは僕とはいえ、こうも簡単に口を割る人、仲間には居て欲しくないなあ。だいたい、「命令だから仕方がなく」みたいな空気醸し出してるけど、さっきノリノリで殺しに来たよね? 僕は忘れてないよ。
「仕方なくの割りには彼と違って随分と力強く背中を刺してくれてたみたいだけどね? しかし、君達神官は一体誰に仕えてるんだい、全く。女神じゃなくて大神官代理に仕えてるようにしか見えないのだけど」
「し、仕方がないじゃないですか。今の教会はあの人が事実上のトップです。逆らったらどうなるか……」
「仕方ないで殺されかけた僕は堪ったものじゃないんだけど……、はあ、もう良いや。事が明かるみになれば大神官代理とやらは失脚するでしょう、きっと。それはそうと師匠からの連絡はまだかな……」
『蓮華さん! 俺です! シモンさんから魔法陣について聞いてるところです! 結論から言うと、魔力を自分の外側に放出していれば魔法陣の場所が探知に引っかかる?とかなんとか。あと、魔法陣の破壊については魔法陣の質よりも高い魔力で魔法陣の構成を上書きしてしまえば良いらしいです。魔法陣の質に関しては陣の形の精密度、用いる魔力の質と量が一定であるか、など様々な要因があるので一概には言えないらしいです!
それから最後にシモンさんからの伝言です。「お前は馬鹿か? 何でそんな危険なことに首を突っ込んでいる。戻って来たらいやというほど魔法陣についての講義をしてやるから覚悟しておけよ」、だそうです』
「どこの「俺」くんか分かんないけどありがとう! 師匠には……承知しましたって伝えておいて……」
「伝えておきます! あと、「俺」じゃなくて「オーレ」です!紛らわしくてすみません!」
何ということでしょう。俺じゃなくてオーレくんだったそうです。そして師匠の激昂具合が怖い。でもちゃんと教えてくれた辺り良い人だよなあ。次に顔を合わせるときが怖いけれど。
「さて、と。じゃあ魔法陣の探し方と壊し方も分かったし試してみますか。質っていうのが良く分からないけれど、人は緊急時に成長するものなんだ……僕ならやれる!」
何の根拠もない自信で挑んでいこうと思います。もう少しだけ待っててね、教皇と思しき人。神官が暴れたら面倒なので、一個だけ部屋に落ちていた手錠を使って後ろ手で嵌めておく。これは隣の部屋に居た男性の分、だったのかな。鍵がどこにあるとかは知らないけどまあ良いや。ついでに声を出されても面倒なので、口にもそこら辺に落ちていた布を噛ませて縛っておいた。足は縛ってないけれどまあ逃げ出したら短刀でも投げ付ければ良いか。
「まずは魔力を放出する……ふむ。多分魔法陣は壁にあるだろうから、右手から放出しておけば良いかな。で、既に開いてる隣の部屋で実験をしてみる、と。あー確かに魔法陣があるところは魔力が反応してびりびりするな、うん。
で? 魔法陣の質よりも高い魔力で魔法陣を上書き……難しいことを言うなあ。まずは魔法陣の質とやらを調べてみるか……」
陣に書かれた文字とも絵ともつかない模様一つ一つがどう言う意味を持っているのかも分かっていないけれど、見た限り綺麗かと言われると怪しい気がする。形自体は整っている。ただ、魔法陣を書き上げている魔力の量が一定じゃないのだろう、線が太かったり細かったりとまちまちだ。きっとこの魔法陣は師匠に言わせれば「質が悪い魔法陣」なのではないだろうか。だとしたら僕の魔力でもやりようはあるかもしれない。まあ、魔力の質を高める方法なんて僕も知らないけど。要はむらにならずに一定の量を均等に放出すれば良い、ってことだよね……。
ああ、そういえばクリスマスケーキのときにチョコレート絞りを猛練習した。あの要領でやればどうにかなるのではないだろうか。