90.まずいかもしれない
作戦当日の土曜日迄、怒濤の勢いで展開があった。
まず、侵入経路は下水路をメインに据えることに。そして公式からの告知の通りデスペナルティが追加されたので、全滅を避ける為に突入部隊を二つに分け、時間差で行動することにより範囲攻撃などでの全員死亡を避ける方針とした。
直前になって「やっぱりイベントに参加したい……でも戦闘は怖いから見張りか後方支援なら」と相談してくれた人が多かったので、別途見張り部隊と後方支援部隊も用意。これで前日の段階で攻撃隊参加者は三千人を超えた。僕は下水路からの突入部隊を指揮し、ヴィオラは正面からの陽動部隊を指揮することにした。
それから、他のプレイヤーが派生クエストを発見したらしい。そっちは侵入経路ではなく、治安維持隊の一部メンバーが協力者になってくれるというもの。彼らは作戦当日のパトロールシフトに入り、なるべく教会付近のパトロールを手薄にしてくれるとのこと。
気になる点として、ジョンさん経由で手紙による匿名の忠告があった。「プレイヤーは必ずしも冒険者になる必要はない。冒険者であっても掛け持ちが出来る。プレイヤー=仲間だと思うな」と。これは多分、教会側の味方をするプレイヤーも居る、と言うことではないかと僕は受け取った。
でも僕は常時配信しているので今迄の作戦も、これから作戦を変更したとしても全て筒抜け。結局、ログアウト後にヴィオラに頼んで、確実に仲間だと思われる少数プレイヤーに対してだけメールで別途いくつか依頼を行った。
ちなみに、ガンライズさんはライカンスロープだったようだ。洋士が配慮してくれたらしく、土曜日の作戦はナナと共に参加出来ることになったみたい。僕達の攻撃隊には理由があって参加していないけれど。
とまあ、結構ばたばたしつつ、ついに王都クエスト当日。現時点で攻撃隊参加者は五千人を超えているので、攻撃隊に参加していないプレイヤーも含めれば、七〜八千人程度は参加しているのではないだろうか。
前回は対アンデッドということもあって、後方支援や食料調達部隊を選択した人がかなり多く、戦闘部隊は二千人超え程度だった。今回の攻撃隊の中には見張りや後方支援が千人程度含まれているので、残り四千人が戦闘参加者ということになる。前回の二倍。だいぶ良い感じではないだろうか。
まあ、前回と違って今回は対人間で殺生極力禁止、しかも敵方にプレイヤーも居るらしいというちょっと意地悪なシチュエーションだけども。
それにしてもこのゲーム、プレイ人口は多いのに大規模コンテンツとなると途端に参加人数が減るのは何故だろう。やっぱり熟練度制で活躍する自信がないというのと、テレポスクロールが高すぎて気軽に王都迄戻って来れないというのが原因かな? でもこればかりはどうしようもないよねえ。まさかスキル制にする訳にもいかないし、テレポスクロールもまあ……報酬を考えたら一応黒字の筈だし。参加者からすると、もう少し皆積極的になってくれたらなあ、と思わなくもない。
開始時間三十分前。前回と違って中央広場に露店が大量に立っていて大賑わい。確かに料理バフもポーション類も必須なので、生産系プレイヤーからしてみれば大規模イベントはかき入れ時。必要なものを買い込んだり、その場で食事を摂ったりしているプレイヤーがあちこちで見受けられる。
下水路迄はなるべく人目につかないよう、事前にそれぞれ向かうように話していた。ゲーム内時間は夕方になっているとはいえ、仕事帰りや食事に向かう人でかえって賑わっているからだ。
侵入開始可能時間は十時。だけどあの迷路のような下水路は十時前から進むことが出来るので、僕達突入部隊の待ち合わせ時間は十時十五分前としている。うん、そろそろ丁度良い時間かな。視界の端で現実時間側の時刻を確認してから、最後の一口を口に放り込み、下水路の入り口へと歩を進めた。
ちなみに、リアルタイムの動きが筒抜けになるのは困るので今日は配信を止めている。とはいえ視聴者さんからは「攻略状況は見たい!」と言う意見がたくさん寄せられたので、作戦が終わった後に投稿するつもりでとりあえず動画だけは録画している。
集合時間に集まった人数で目標地点迄移動。この時点で集まっていない人は、二陣として分けた隊に編入し、後から来て貰うよう通告も出しておく。
「さて……見張り班、聞こえてるかな? 状況は?」
先日ミルコに待機して貰っていた地点迄辿り着いたところで、僕は攻撃隊に向けた音声通話をオンにして状況を尋ねた。この先に進んでしまうと、壁が薄くて教会側にやり取りが聞こえてしまうからね。
『えー……聞こえてますか? こちら見張りA班、所定の位置に着きました。異常ありません』
『同じくB班、異常なし』
『C班も異常なし』
声を出せる班からは音声で、出せない班からはチャットでそれぞれ応答が返ってきた。さて……今の所は良いけれど、いざ戦闘になったあと、僕がどれだけチャットや音声に気付けるか、なんだよねえ。
「了解。突入班Aは教会の近くの分岐点迄到着。これより侵入場所へと向かう。見張り班は引き続きよろしく。異常があったらすぐに連絡して欲しい。それとヴィオラ率いる陽動班は、まだ十時前だから、一旦待機で」
「こちら陽動班、了解。部隊は正面に到着。警戒されないように各人自由行動をしてるわ」
ヴィオラからの返答が聞こえたところで、部隊の皆を率いて先日のがれきの地点へと歩を進める。前回と違い、大人数なので音はだいぶ出てしまっているが、もはや気にしてはいられない。
がれきが目視で確認出来る距離迄近付いたところで、僕は違和感に気付き、攻撃隊全体にチャットを送った。ちなみにこのゲームのチャットは脳波を読み取ってある程度アシストしてくれるので、パソコンで文字を打てない僕でもそれなりの文章が打てるという、優秀なシステムだったりする。
『突入地点に到着。壁の向こうから一切音がしない。もしかしたら作戦がばれて、移動させられたのかも』
『陽動部隊はどうすれば良い?』
『とりあえず、突入じゃなくて参拝客と偽って内部を探って貰った方が良いかも? 場所が変わっただけで囚われているのは変わらないと思うから。僕達は……どうしようか。人質の場所も分からず突入したら、不法侵入で捕まってもおかしくないけど』
『ひとまず陽動部隊からの連絡があるまでここで待機で良い気がする』
『そうだね、闇雲に暴れ回っても殺されたら死亡回数上限いっちゃいそうだし』
『作戦がばれてるなら、俺達がここに居るのも気付いてる筈。待機するにせよ、がれきの向こう側と下水路方向から挟み撃ちされる可能性は考慮した方が良い』
『確かに。見張り班は下水路の警戒もよろしく。それと、突入班Bは前方や背後に注意しながら一旦下水路の入り口に待機で』
『『了解』』
待ちの時間というのは、想像以上に辛いものがある。特に、今のように物音一つ立てずに、挟撃を警戒しながらというのは地味に精神力が削られていく。もしもこれが相手の意図した状況だとすれば、相当な策士だと言える。
じりじりと焦燥感の中、待機することしばし。ヴィオラからチャットが送られてきた。
『蓮華くん、多分がれきの先は地下牢か何かだと思うんだけど、教会内部に繋がるハシゴとか階段とかがある筈。そこから中に入ってこれる? 予想が正しければ、一階の奥に監禁されてる筈』
『了解。今から中に侵入する』
念の為キャプチャも立ち上げてから先日触れようとして触れられなかったがれきを内側へと押し込んだ。ごろごろ、とがれきが転がる音、そして人一人が匍匐前進でなんとか進める程度の穴が現れた。そっと中の様子を覗いてみたが、予想通りこの階には誰も居ないみたいだ。
まずは僕が様子見で侵入。建物内に入ったところで、ゆっくりと立ち上がり——、
ごんっ!
「っ……!」
『大丈夫!?』
「だいじょうぶ。あたまぶつけただけ」
小声で素早く答えてから、改めて周囲を見渡した。どうやら全ての牢屋の天井が、大人が膝立ちすることも出来ない程低く造られているらしい。多分、天井迄百センチあるかないかというところ。
こんなところに長期間囚われていたら足腰が立たなくなってしまうだろう。最初から逃げられないように身体を弱らせるつもりで設計されているということか。虫唾が走る。
僕達が侵入してくることを見越してだろう、通路側に設置されている鉄格子の前には障害物が山のように置いてある。なるほど、正面から戦っても勝てそうにないからとこういう手に出たのかな。
「まあ……これ位ならなんとかなるな」
ぼそりと僕は呟いた。後からは続々と部隊員が中に入ってきているので、さくっと鉄格子を切り刻んでしまう。天井のせいでちょっと無理な体勢からの剣筋だったけれど特に問題もなかった。階上を警戒し、鉄格子は落下する前にそっと受け止めておく。まあ、頭をぶつけたり切り込んだ段階で多少の音は出ているけれど……。
切り落とした鉄格子の隙間から通路へと抜け、改めて障害物の山をまじまじと見つめる。なんだかなあ……鉄格子と障害物の間に微妙に隙間があるせいで、障害物が全然障害になっていない。しかも高さも妙に低すぎて、ただ牢屋の前に物を重ねて置いておきました状態。一体何がしたかったのだろうか。
少し気になりはしたものの、今はそれどころではない。上へ登る為の手段を探したところ、牢屋を出て左側の壁、障害物で隠れた位置に上へ登る梯子があった。登る前に念の為地下室全体を確認しておく。うん、やっぱり誰も居ない。
梯子の上は跳ね上げ式の木製の扉になっているようだ。一人ずつしか登れないので、まずは僕が先に登って外の様子を確認することに。鍵がかかってたらそのときは力任せに開けるしかないかな?
扉は少し重いだけで、何の抵抗もなく開いた。隙間から様子を伺ってみると、視界に黒髪にぼろを纏った中年男性が飛び込んできた。声が出にくいのか、ぼそぼそと掠れた声で「こわい……いやだ」と呟き続けている。ズボンの破れた箇所からは、あちこちに痣や古傷の跡が見え隠れしていて、本当にひどい状態だ。
扉の死角で見えない箇所以外をぐるっと見渡してから、僕は扉を押し上げ、男性の元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか? もう大丈夫ですよ」
立つこともおぼつかない様子の男性。改めて状態を確認する為に男性を立たせようとしたそのとき。
「……え?」
腹部に軽い衝撃を受けた。男性が裾に隠し持っていたらしいナイフで僕の腹部を貫いている。被害者相手だと完全に油断し、受け身をとることも出来なかった。次いで、追い打ちをかけるように背後からも大きな衝撃と、梯子の扉が閉まる音。
扉の死角の辺りにでも隠れていたのだろう。どうやら挟み撃ちにあってしまったようだ。これはちょっと……いや、かなりまずいかもしれない。
現実で吸血鬼なら音も敏感だし気付くだろ!問題に触れそうなので決め打ちしたいな、と。
現実では吸血鬼でも、ゲーム内は人間族を選択しているので、嗅覚や聴覚は敏感ではなく人間並。多少本人の能力による補整があるとは思いますが、ある意味チートになってしまうのでログインした段階でそれなりに調整入ってる想定です(例えば血液摂取した蓮華さんは五感が相当発達してますが、ゲーム内では人よりちょっと鋭いかなー?程度。人狼選んだガンライズさんにちょっと劣る程度まで下がります)。
もしかしたら過去にそんな描写があったかもしれませんが覚えていないので念の為ここに記載……逆に、矛盾しているような描写がどこかにあった覚えがあるぞ!なんて方が居ましたら是非感想欄でお願いします。
五感が種族固定、でも現実での本人の補整も少しだけ入るって感じにしたいな、と。確かヴィオラが視力良い問題あった気がするのでね……彼女はエルフだからそれらしい補整が入ってるってことで落ち着かせたい!