88.じゃあこうしよう?
ヴィオラが散歩をすると言い出したらどうしようかと思ったけれど、幸い彼女はマンション内にあるスポーツジムの方に興味を示したようだった。ちなみに会費は洋士持ち。「外を自由に出歩きたい」とか言われる前にって、さっさと契約してきたみたい。
そういう訳で、GoWをプレイしていない時間はジムで身体を鍛える日々。ゲームに対する熱量が凄い。いや、でも身体を鍛えるのは生きる上で大事だからある意味正解なのか……?
あれから二日、僕達は改めて王都内で聞き込みをしてみたり、隠し通路のようなものを探してみた。だけど残念ながら成果らしい成果は上がっていない。まあ、ただ歩いただけで見つかるような隠し通路、とてもじゃないけれど怖くて使えないので当然と言えば当然かな。
同時進行で「噂を上書きし隊」とやらも動いている。黒髪黒目はネクロマンサーの卵ではなく、魔法全般の素養があるということ。教会が使う神聖力は魔力と同義であること、そして教会は魔力が低く、治癒や浄化能力に乏しい可能性があること。
正直僕はこちらの動きが気取られそうで噂を流すことには少し抵抗があったのだけれど、他のプレイヤーの行動を止める権利はないし、ある意味正しいアプローチだと思うので静観している。でも、状況は余り良くないみたい。今流れている噂は鵜呑みにするのに、それに対抗する方は何故か受け入れがたいらしく、皆怒って去ってしまうのだ。
もしかすると死後の世界の存在を強く信じている影響なのかもしれないなあ。教会に力がないなんて認めたら自分達が死後、天国へ導いて貰えないってことになる。そんなのは、例え事実だったとしても怖くて認められないだろう。
うーん……。あの公式の告知はヒントではなかった? 仮に突入時に睡眠薬で神官を眠らせる作戦にするとして。その為の睡眠薬が土曜日の午前十時からしか作成出来ないと判断するプレイヤーは居ない筈。にも関わらずわざわざイベント告知のページに「突入開始可能時間」と明記しているから、聞き込みとか探索をすれば派生クエストのようなものが発生すると踏んでたんだけど。
「……何かを見落としている? それともどこか調査が手薄の場所がある?」
独り言を呟きながら調査の為に王都を歩いていると、今日も感じる住民からの冷たい視線。視線自体はもはやだいぶ慣れきっちゃったから気にならないけれど、アインと気軽に歩ける環境ではないのが最大の問題。早く教会を黙らせて住民からの誤解を解きたいものである。
ちなみに今回の王都の雰囲気については賛否両論らしい。「NPCの思考がリアルで本当に異世界に来ている感じがして没入感が高まる」という意見と「ゲーム世界でもこんな世知辛い人間関係とか噂に振り回されたくない、ゲームはもっとカジュアルに楽しみたい」という意見。どちらも一理あるけれど、半数以上は前者に近い考えを持っているんじゃないか、と言われている。そりゃあね、確かにこういう視線は不愉快極まりないけれど、そもそもこのゲームは自身の経験がものをいう、本当に現実と変わらないシステム。それなのにどんな状況下でもNPCの態度が変わらないというのは、逆に違和感があって僕は白けてしまう。
教会の近くは結構な人達が色々と調べてくれているようなので、僕はあえて適当に徘徊している。この見た目で教会近くを歩くと要らぬトラブルを引き起こしそうと言うのもあるしね。
だけど考え事をしながら歩いていたのが悪かったのかもしれない。いつの間にかスラム街に足を踏み入れていたようだ。うーん……スラム街はスラム街でトラブルに巻き込まれそうな気がするけれど、来てしまったものは仕方がない、引き返すのも何なのでついでに確認しておこう。ほら、スラム街って皆避けそうだから案外見落としがあるかもしれないし。
スラム街と呼んでいるけれど、実際のところそこまで悪くは見えない。確かに身なりはボロボロだけれど死体が落ちている訳でもないし、飢餓にあえいで目をそらしたくなる程ガリガリに痩せ細った人々が居る訳でもない。ゲーム的配慮なのだろうか? 僕はこれよりひどい状況に居合わせたこともある。それに比べればここは天国。
ただ、そう。決定的違いがあるとすれば活気だ。先程からすれ違う人々には生気が一切感じられない。皆一様に疲れ切った表情をしている。日本の貧民層はそうだったろうか? 否。例え貧しくて食べるものが質素でも、彼らは生気に溢れ、てきぱきと動いていた。その違いのせいで、この区画は廃墟とすら思える程静かなのだ。
じっくりと観察しながら歩くことしばし。周りの建物よりもほんの少しだけ大きいだろうか、という建物に「アネス孤児院」のプレートがかかっているのが目に入った。
「孤児院……にしては普通の家と何も変わらない……無許可経営なのかな」
国の認可が下りている孤児院であれば、そもそもスラム街の奥まった場所にあるというのも考えにくいような。
なんて思いつつも、用事がある訳でもないので引き返そうときびすを返したその時。
僕に向かって走り寄ってきた少年が、僕の顔を見た途端に驚いたように立ち止まり、そして泣き出した。
「兄ちゃん……兄ちゃんじゃない……」
「えっ、あ、ご、ごめんね……? 泣かないで」
とりあえずしゃがみ込み、少年と同じ目線になって話しかけるも効果はない。
『自分のせいじゃないのにうろたえる蓮華くん』
『子供が泣いたらそりゃそうなる』
『何だ?後ろ姿が兄ちゃんにそっくりだったのか?』
「兄ちゃん……帰ってきて……」
なおも泣きじゃくる少年に、僕はどうすれば良いのか分からずおろおろするばかり。子育て経験があるといっても、洋士は全然泣く子ではなかったのでこういう経験は正直言って皆無なのだ。
その声が聞こえたのか、「アネス孤児院」の扉が勢いよく開き、飛び出してきたのは若い女性。わあ、待って。手に持っているそのほうき、まさか僕に振り下ろすつもりでは、あいたっ!?
「ちょ、ちょっと待ってください、誤解です!」
しゃがみ込んだままだったので回避が間に合わず、ほうきは僕の頭にクリーンヒットした。それでは足りないのか、続けて何度も叩いてくる女性。痛い、痛いですよ!
「何が誤解なもんか! 子供を泣かせておいて! あんた、うちの子に何をしたのさ!?」
「せんせえ、違う。その人兄ちゃんだと思って僕が勝手に駆け寄っただけ……」
女性の勢いに我に返ったのか、すっかり泣き止んだ少年が僕に代わって事情を話す。ぴたり、と女性の腕が止まり、数秒固まったと思えば、今度は地面に頭をこすりつけんばかりの勢いで平謝りをしてくる女性。何というか、この人はこの場所に似合わず生気に満ちあふれていると思う、うん。
「いえ、大丈夫なので謝らないでください……誤解が解けて良かったです」
ゲームなのでほうきの埃がついたかどうかは分からないけれど、なんとなく習慣で着物をはたいてから僕は立ち上がった。
「あの、お詫びといっては何ですが中で休んでいってください」
と女性が言うので、お言葉に甘えることにして孤児院の中へ。正直、僕とお兄ちゃんを間違えた理由やお兄ちゃんがどこに居るかを聞きたいというのが本音だったり。
想像通り、中はお世辞にも広いとは言えない空間。そこに子供が五人。ここの院長なのだろう若い女性を入れた六人が住むにしては明らかに手狭な感じだ。
院長がお茶を入れてくるのを待つ間、先程僕を見て泣いた少年と世間話をすることにした。
「さっきは大丈夫だった? お兄ちゃん……と僕を間違えたのかな」
「うん……ごめんなさい。僕のせいで殴られて」
「いや、気にしなくて大丈夫だよ。僕が誤解を受けるような体勢だったのが悪いんだ。ところで、お兄ちゃんは一体どうしたの?」
「……兄ちゃん……。どうしておにいさんは平気なの?」
言いたくないのか、話をはぐらかす少年。一体僕の何が平気だというのだろう。
「うん? どういうこと?」
「どうして、まちを歩けるの? 居なく、ならないの?」
そこで僕は確信した。少年が僕とお兄ちゃんを間違えた理由。後ろ姿から判断出来るもの、それは——。
「お兄ちゃんは、黒髪だったのかな?」
僕の質問に、少年は頷く。つまり、彼のお兄ちゃんは教会に居るのか——。
「……絶対お兄ちゃんを助ける。約束する」
気付けば僕はそう口走っていた。「お兄ちゃん」の顔も年齢も生死も分からないにも関わらず、そう言わずにはいられなかったのだ。
「本当? あいつらをやっつけてくれるの?」
「あいつら? 君はお兄ちゃんがどこに居るのか知っているのかい?」
正直な話、今迄話を聞いた住民は黒髪黒目に対する憎悪が異常だった。居なくなった事実に気付いたところでその行方を追おうとする人は皆無だったし、何より彼らは口を揃えて「死んでせいせいした」とすら言ってのけたのだ。つまり、生きていると思ってすらいなかった。噂の出所も事の真偽すらも己の頭で考えず、「ネクロマンサーの卵」という話を真に受けて「排除」を願い、それを当たり前のように受け入れていたのだ。
ところが、ここに居る少年は噂の内容を知った上でお兄ちゃんの安否を心配し、居所を調べ上げたのだ。
「……教会。僕、はっきり聞いたんだ。『もうすぐ俺たちは富と名声を手に入れる、品位の欠片もない闇色の髪がこんなに役に立つとはな』って。闇色の髪って、きっと兄ちゃんのことだ、だから! だから……」
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【王都クエスト・派生】
依頼者:ミルコ
依頼内容:「黒髪黒目の人物はネクロマンサーの卵」最近王都に流れている噂。
ミルコが言うには、兄が教会に閉じ込められているようだ。
ミルコに協力し、王都の平和を取り戻そう。
クエストが発生しました!受諾しますか?
※このクエストは王都クエストからの派生です。受諾すると、シヴェフ王国プレイヤーの内クエストの行方を知るプレイヤーの選択肢が増えます。
『受諾』『拒否』
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『おおおおおおおおおおおお』
『ついに!!!』
『え、待って。この子それをどこで聞いたの』
「場所は分かった。でも、助けようにも教会相手じゃどうにも出来ない。そう思ったんだね?」
「こっそり敷地内に入る方法なら知ってる。でも大人たちは黒髪ってだけで兄ちゃんをなぐったりけったりひどい言葉を浴びせたりしてた。頼んでも助けてくれる訳、ない、って、そう、思ってっ、」
そこまで言うと、少年はまた泣き出した。この小さな身体でそんなに重要な事実を抱え込んでいたのだ、存分に泣いて良い。でも、今の言葉は聞き逃せない。「こっそり敷地内に入る方法」を知っているなんて。
「待って。こっそり入る方法があるんだね? それを教えて欲しい。そしたら僕が必ず助けるから」
すると少年は首を横に振った。何で。ここまで来て教えてくれないということだろうか? 僕の表情が曇ったのが分かったのか、少年は袖で涙を拭いながら話し始めた。
「入り口、下水路なの。迷路みたいになってるから、僕がちょくせつ行かないと、だめ」
「でも君を危険に晒す訳には……」
「お願い。僕も兄ちゃんのために何かしたいんだ」
『隠し通路キタ━(・∀・)━!!!!』
『この子は何故下水道に……』
『罠って事はない?』
『クエストが出ても油断しないで。罠だと後々クエストが変化するから』
スラム街に僕が来ると予想して罠を仕掛けていた可能性は低いとは思うけれど、確かに視聴者さんの言う通り迷路のような下水路に、道を覚える程通うというのは少し怪しいだろうか。
「じゃあこうしよう? 今僕と一緒にその道を辿る。僕はその場で道を覚える。僕一人じゃ無理だから、後日仲間と一緒にお兄ちゃんを助けに行く。そのときは君はここで待っている。危ないからね。これなら君はお兄ちゃんの為に十分頑張ったことになるし、君の安全は確保される。どう?」
僕の言葉に少年は悩みつつも、最後には了承してくれた。善は急げ。今は丁度ゲーム内時間は夕方。人目につかずに下水路迄向かうには良い時間だ。
先生が出してくれたお茶を飲み干したあとすぐに出発することにした。お茶を用意する間僕達の会話を聞いていたのだろう。先生は渋々ながらも見送ってくれた。勿論、帰りに孤児院迄少年を送り届けることが条件だ。
「どうして普段からそんな場所に?」
「鉄くず、売れるから。でも、下水路は迷いやすいから皆行かないんだ。だからたくさん落ちてて」
「そっかー……偉いね」
すりのような犯罪行為をせずに、真面目に働いている。それはきっと、あの孤児院の先生の影響なのだろう。スラム街の中であの空間だけは雰囲気が違った。生きることを諦めていない、そういう空気があった。
下水路が目前というところで、僕は少年からそれとなく距離をとり、小声で視聴者さんに話しかけた。
「皆も道順覚えるの、よろしく」
『承知www』
『良いけど、配信して大丈夫?配信切った方が色んな意味で安全じゃ』
『でも万が一罠だったら?死ねばリスポーンするけど監禁とかは場所分からないと』
「そうだね、当日のことを考えたら配信停止した方が良いかもしれない。でも僕が道順覚えきれない自信があるし、罠を考慮したら配信した方が良いと思うから。おっと、呼ばれた。じゃ、何かあったらあとはよろしく」
『健闘を祈る』
『黒髪黒目を誘拐してるのが大人とは限らないのか』
『この子が誘拐犯ってことかもあるのか!把握』
てんてけてけてけてんてんてん(言いたかっただけ)
大丈夫です、GoWの話に戻りました、ヴィオラさまさまです。
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