Side:運営編1
ずっと書いてみたかった運営目線のお話です。
教会の件が一段落してから書くか迷いましたが、このタイミングの方が面白いかと考え、前倒しにしました。
「ちょっと……シヴェフ王国の進行が想定より色々早いですよね」
「現状だと他国が彼らの情報を参考にしちゃってるし、自主性は失われるかもねー」
「でも、一応それも見越した上での難易度設定でしょ? シヴェフは前情報がない分、易しめ、他国は遅れれば遅れる程難易度が上がっていく。バランス的には丁度良いと思うけどなあ」
新人君が口にした懸念事項に対し、他のメンバーが次々に意見を出している。それ自体は特に問題はない。だが、話題がシヴェフ王国の進行速度についてとなると話が別だ。シヴェフ王国の王都クエストを牽引しているのは他の誰でもない、あの蓮華陽都さん。運営会議で一プレイヤーの話になることはまずないので大丈夫だとは思うが、正直な話いつ話題になってもおかしくないので困ってしまう。
「小林リーダー的にはどうなんです? 微調整が必要だとは思いますか?」
話を振られ、僕は変な声を上げてしまった。いや、考えようによっては僕が話題の舵取りを出来るということだ。これはチャンスである。
「うーん、そんなに懸念する程早すぎるかい? 想定ではどのタイミングで発生するんだったっけ?」
僕は少し間延びするような口調を心がけた。本当はリーダーなんて肩書きは出来れば持ちたくなかったけど、なってしまったものは仕方がない。出来るだけ部下に圧力を感じさせない努力をする為に、口調や言葉選びなど、出来る限りのことはやっているつもりだ。
「想定ではひと月先ですね。タイミングに関してはNPCの動き次第なので、当然AIに判断を委ねています。早いと言ってもこちら側で制限をかけている期間以降に発生していますし、現時点では大きな問題ではないのですが……某プレイヤーの影響で黒髪黒目のプレイヤーが想定以上に増えたこともあって、教会のNPCを刺激しすぎてしまったようです」
某プレイヤーは確実に蓮華さんのことか。いかん、そっちの話題にいかせてはいけない……。
「うん。まあ正直な所、キャラメイクは大半が現実とはかけはなれた華やかさを求めるだろうと想像していたし、確かにそこは想定外だったね。けど一応、制限期間以降での発生、という抑止が効いているのであれば今後の進行に関しても大きな問題は起こらない可能性が高いんじゃないかなあ……基本的な判断は全てNPCに任せている。そこを調整するとなったら、それこそ齟齬が出てもおかしくないような気がして正直僕は怖い」
口調はともかく、少し強引に話を持っていきすぎただろうか。いかん、これでは新人君に僕のワンマン運営といった印象を持たれてしまう。
と思って慌てていると、
「確かに怖いな」
「調整範囲にもよるけど、緻密な計算が必要になりそうだ」
などと他のエンジニアが僕の意見に肯定してくれた。ふう、部下から嫌われる上司になるところだった。まったく胃が痛くなる……。
まあ、僕としても別に蓮華さんの話題に触れて欲しくないから無理やり調整を拒んでいる訳ではない。トッププレイヤーが例え蓮華さんじゃなくても同じ判断を下しただろう。GoWのシステムはNPCキャラクターもシステム監視も、基本的にAIに依存している。その状態で変に我々が手を出してしまうと、AIが自然に作り上げたGoWという箱庭に亀裂が入ってしまう可能性があるのだ。
部下に嫌われたくないからといって判断を誤らないようにも気を付けないと。ああ、考えることが山のようにある……。
「まあ、もう少し様子を見てみよう。他国に関してはクエスト発生が遅れる程難易度が高くなると勘付いているプレイヤーも居るだろうし、二回目以降のクエストトリガーは躍起になって探すと思うから。シヴェフ王国については、制限期間以前の発生とか、メインクエストに影響を及ぼすような想定外のイベントが発生したら再度考えてみるってことで、どうだい?」
「はい、それで大丈夫です。……念の為モニターは続けて良いですか?」
僕は新人君に笑顔で頷いた。ほとんどのエンジニアは人間族以外の存在を知らされていない、ごくごく一般的なエンジニアだ。だから彼らにはこのまま何のしがらみにも囚われない、忌憚ない意見を出して欲しいと思っている。ただまあ、裏を知っている身としてはどうしてもその純真無垢な発言に内心冷や汗をかかずにいられない。はあ……いっそ政府が他種族の存在を公にしてくれればこんな苦労はせずに済むんだけど。
運営会議も終わり、各自席に戻ったところで誰かに声をかけられた。振り向くと、ベテランエンジニアの長谷川さんだった。
「リーダーちょっと……さっきの話にも絡むんですが、早急に考慮しないといけない問題がありまして。会議で言うか迷ったんですが、一旦内々で相談させて欲しいな、と」
深刻な顔で長谷川さんが小声で言う。一難去ってまた一難……どうも今日は胃に優しくない一日のようだ。
「それじゃ、僕のスペースに行こう。それなら話も聞こえないから」
そう言って長谷川さんを連れだって区画を移動する。技術責任者になって良かった点と言えば、プライベートな空間が持てたことと金銭面、その二つだけな気がする。勿論、周りからしたらその二つが羨ましいのだろうが。
「それで、話ってなんだい?」
「先程のシヴェフ王国の話なんですが……現在クエストトリガーを最も発生させているこのプレイヤーについて、少し気になる点がありまして」
そう言って長谷川さんが仮想ウィンドウに表示したのは蓮華さんのキャラクター。ああ……うん。
「気になる点?」
何の話なのか皆目見当もつかない、といった顔で促してみるも、心当たりが多すぎてむしろどの話かなあ、なんて想像してしまう位蓮華さんは話題に事欠かない人である。本当、僕がこの会社にさえ居なければ、或いはリーダーでさえなければ第三者として蓮華さんのプレイを楽しめると言うのに……。
「実は、熟練度についてなんですが……このプレイヤーの熟練度が少し、いや、かなり異常でして。太刀の熟練度が五十万を超えているんです。他にも大太刀や打刀、脇差、短刀といった日本刀全般の熟練度が軒並み高い印象にあります」
気付いちゃったかあ。いや、気付かない訳がない。何せ熟練度やそれに伴うパッシブスキルの設計は長谷川さんが中心となって実装したのだから。
「最初はバグを疑ったのですが、どこを探してもそれらしいものが見当たらず……ですが、これはあり得ないことです。生産系の熟練度は比較的上がりやすくなっていますし、中には料理が十万、なんてプレイヤーも居ます。ですが戦闘系の熟練度が五十万なんて、SランクのNPC冒険者ですらその域には達していません」
長谷川さんレベルのベテランエンジニアでも、他種族の話は公表されていない。あの話はソーネ社内でもごく一部、コクーンやHMDタイプのVR機器を設計・制作しているチーム内だけの極秘案件だ。だからこそ、長谷川さんはあり得ないと断言出来るのだろう。まあ、他種族だからと言って全員が全員熟練度が高い訳でもない。そう考えると、蓮華さんが特別なんだろうなあ……。一体どういう人生を送れば五十万なんて数値を叩き出せるんだ。
「確かに五十万は異常だね。まあ、バグが見当たらないのであれば彼の能力だと考えるしかないだろう。天才的な戦闘センスと、毎日地獄に近しい特訓をしていたと仮定して納得するしかない……。で、問題というのはパッシブスキルのことかな?」
「リーダーが冗談を言うなんて珍しいですね。……確かにそれ以外説明がつかないので一旦話を進めますが。リーダーの言うとおり、パッシブスキルが問題です。熟練度自体は本人の能力値を読み取って数値化、行動によって上昇していくので、上限は設けていません。ですが正直、十万を超える人物なんて想定していなかったので、それ以降のパッシブスキルが存在しないんですよ。そこをどうしようか相談したくて」
「料理が十万の人物が居ると言ったね? それ以降の上昇速度はどうなっているんだい?」
「そちらもそろそろ十一万には到達しそうです。そもそも十万以降も一万単位でパッシブを発動させるのか、五万、或いは十万単位と間隔を広げて実装するのか。もしくは十万一以降はパッシブは存在しないものとして進めていくのかを決めなければなりません」
長谷川さんの発言に、僕は少しだけ安心した。ジャンルが違うとはいえ、他にも十万を超えている人物が居るのであれば仮にパッシブスキルを追加するアップデートを行うと告知をしても、蓮華さんの為だけにアップデートする訳ではないので問題にはなりにくいだろう、多分。
「うーん、戦闘スキルじゃないし、パッシブならあっても大きな影響はないとは思うけど。ただ、今後の進行難易度如何によっては熟練度の上昇度の調整だとか、アクティブスキルの導入だとか、抜本的な改革が必要になる可能性もある。そうなると今その数人の為に急いで決めない方が良さそうだね」
「そうですねえ……。正直、熟練度制と言うのが予想以上に攻略を困難にしているようですしね。進行速度自体はプレイヤー人数も多いのでごり押しも出来ますし、想定より極端に遅れたりはしていないようです。が、プレイヤー個人の能力を見るとゲーム開始三ヶ月を超えているにも関わらず戦闘熟練度が一万以下、というのが全体の八割を超えています」
「やっぱりそうか。しかし八割とは思ったより少なかったな。二割も武術経験者が居るってことかい」
「現実で何をやっている人物かは分かりませんのでなんとも。ただ、比較的拳術や脚術といった武器を使わない戦い方、それと弓術が高い人が目立っていますね。喧嘩、部活、プロ選手辺りでしょうか」
「へえ……、剣術は居ないのかい? 剣道をやっている人は多そうなイメージだけど」
「勿論一万超えの中にも剣道経験者らしき人は居ますが、僕達が設計したシステムだと剣道経験者は余り熟練度が高くならない傾向にあるようです。これは本人が掲示板に書き込んだ内容から判断していますが、部活で何年か弓道をやっていた人物が一万を超えている一方、同じ様に部活で何年か剣道をやっていた人物は一万に到達していません。個々人の努力の差もありますが、剣道の場合は熟練度が複数種類にばらける傾向にあり、一点集中とはいかないようで」
「なるほど。刺突、打撃、斬撃と言った分かれ方をする感じかな……。ただまあ、熟練度は一万を超えなきゃいけない訳じゃない。一万以降一万単位で補助的なパッシブスキルは発動するけど、あくまで補助。色々な熟練度をつまみ食い形式で用いて上手くやっている人も居たね?」
「ええ、罠や毒、魔法に近接と全てをバランス良く練習して進めているプレイヤーは居ますね。ただ皆が皆、そこまで試行錯誤する訳ではないので。熟練度一万以下が八割という現状が明るみに出れば、不満が出る可能性はあります」
「そこの対策は必要だね。ただ安易にスキル制への切替は当然出来ない。ゲームの持ち味が失われるし、何より熟練度制だからこそ政府が興味を示した訳だからね」
現実世界を疎かにし、VRゲームに没頭しがちな人々は社会問題化している。そういった人達の視線を現実へと向けるべく生み出されたのがこのゲームだ。スキル制という、他のゲームと同様のシステムへ舵を切ることはすなわち、政府の撤退を意味し、下手をすれば賠償金問題にも発展する可能性がある。
「例の件の告知を前倒しするのはどうだろう?」
「例の件……というと、大規模訓練施設ですか?」
「そう。GoW内よりも現実で身体を鍛えた方が熟練度の上昇率は高い。そこをアピールして、運動不足になりがちな都心ユーザー向けに施設の告知をする。社会問題への取り組みとして政府からの好感度も上がるだろうし、都心プレイヤーの不満も少しは解消されるかな、と」
「確かに熟練度が高いのは地方プレイヤーの方が多いようですしね」
「うん。まあ告知が早まったからと言って工期が早まる訳じゃないから、その分プレイヤーを待たせてしまうのも事実だけど。運動すれば熟練度が上がると聞けば、ちょっと散歩くらいしようかな、なんて人も増えるでしょう」
そろそろシヴェフ王国で第二の王都クエストが進展する頃だ。情報が提供された他国も続々と第二クエストが発生するだろう。今回は人型相手の戦い。前回と違い、相手の知能が高く、苦戦を強いられる。熟練度を上げて挑まない限り、クエスト失敗なんて国も出て来るかもしれない。