85.正面突破じゃ駄目な感じ……?
さすがに帰宅後すぐに部屋が使用可能、なんてことはないので、全ての手続きは洋士に丸投げし、僕とヴィオラは洋士の家の回線を使用してGoWに接続。ちなみにヴィオラのVR機器に関しては電話したあとすぐに仲間が持ってきてくれました。至れり尽くせり過ぎて僕もヴィオラも思考停止しているというのが現状。
玄関のコンシェルジュの存在だとか、吸血鬼の根城の割に日当たりが良すぎる点だとか、とにかくヴィオラの視線から色々言いたいことがあることは伝わってくるものの、直接言葉に出してくることはなかった。さすがにまだ緊張しているのかも。
「こんばんは」
「こんばんは」
今日は集会以降、ずっと一緒に居た。何なら今も同じ部屋からGoWに接続していて、これからは隣の部屋に住む……現実ではそんな状態なのに、それをおくびにも出さずに何食わぬ顔でGoW内で挨拶する僕達。
「あ、そうそう。ギルドでフェイさんに会ってね、少し進展があったから共有すると——」
とヴィオラがバイト中に起きた出来事を説明。説明しながら気付いたけれど、夜勤明けすぐに留守番電話を聞いて集会に飛んできたということはもしかしてヴィオラ、寝ていないのでは……? しまった、僕も洋士も寝ないから失念していた。他人の家で寝るなんて出来ないし、言い出せなかったんだろうなあ……。
「分かった。要するに今はギルド経由での正式依頼待ちってことね。そうと決まれば装備の準備と……具体的にどうやって教会を攻略するかは考えている?」
「いや、全然。全く。正面突破じゃ駄目な感じ……?」
「何で私に聞くのよ……? 駄目じゃないのかもしれないけど、現実的に考えたら私達の目的は行方不明の人達の救出でしょう? 言い方を変えれば、その人達は人質になり得るってことよ。正面から強行突破しようとすれば間違いなく犠牲者が出ると思わない?」
「た、確かに……」
『言われるまで気付かなかったな』
『クエストがよしなにルート提示してくれるイメージだった』
『ルート提示説も確かにありそう』
『何もなかったら地獄。右往左往して終わりそう』
「ルート提示……って地面に矢印が出るあれ?」
「また小説の知識ね、それ。蓮華くんの言うとおり、目的地迄のナビゲートがあるタイプもあるし、ざっくりとした位置情報だけ教えられて、『あとは自分で頑張ってね!』ってこともある。このゲームの場合にはどっちのタイプもあるし、中には場所すら表示されない、『自分で推理してね』っていうタイプもあるわ。
今回のクエストもナビゲートがあるかもしれない。けど、王都クエストよ? 大人数が参加する一種のお祭りみたいなクエストで、ルートが最初から決まってるっていうのはちょっと……」
「考えにくい、か。確かに初めての王都クエストならともかく、今回は二回目だし……」
『チュートリアルで手取り足取り親切設計、は無さげ』
『んじゃ作戦考えないと!』
『当日参加する人数が把握出来てないと作戦立てにくそう』
『ってか蓮華くんとヴィオラちゃんが立てた作戦に従わない奴も居ると思うし』
「なるほど、考えるべきことは多そうだね。第一に侵入経路。第二に当日の参加人数。第三に正面突破含め、想定外の動きをするプレイヤーへの対処法」
『正面突破組に関してはどうにも出来ないからおとりになってもらおう』
「おとり案は良いけど、結局のところそれで教会に勘付かれちゃうと行方不明者の安否が怪しくなるわよね」
『人道的な問題はさておき、行方不明者の安否ってクエスト報酬に関わってくるのかな?ぶっちゃけた話、関係無いなら行方不明者は二の次で教会の不正を暴いて捕縛しちゃえばと思ってる』
『絶対関係ある気がする。関係なくても俺は気になる。人質見殺しにしたら俺達の方が悪でしょ』
『善悪はともかく、確実に教会の不正を暴く為には教会に監禁なりされているその人達からの証言は必要では?』
『クエスト失敗する可能性も考えたら人質とか言ってられない気がする』
コメント欄が長文だらけ、どうやらだいぶヒートアップしているようだ。とにかくクエストを成功させたい人、何はともあれ人質最優先の人。人情よりも攻略優先の人。大まかにはこんな感じ、かな?
一、教会の不正さえ暴ければ高ランクになると考え、スピード解決を図りたい派。
二、人質救出がランクに関係あると考える派。あるいは、関係なくても単純に助けたい派。
三、そもそも既存の証拠には決定的なものがないので人質から証言を得る為に何としても助けたい派。
四、隠しクエスト・称号的な要素目当てに完全制圧を狙いたい派。
五、全滅や時間切れによるクエスト失敗だけは避けたい派。
「ギルドから正式に依頼が出て、公式で告知されないことには条件は分からないと思う。けど、今僕が読んだ感じでは『確実な証拠のために人質の証言が必要』という考え方に賛成かな。一応それっぽい映像もあるにはあるけれど、生身の人間がひどい扱いを受けているっていう確固たる証拠はないから、教会が認めない可能性は十分ある訳だし」
まあ、そうでなくとも僕は人質は絶対に助けたい派。そもそも冒険者の僕ですらアインが突き飛ばされたり、訳の分からない言い掛かりをつけられていたのだ。誘拐されて監禁されているであろう人達が、一体どのような環境に置かれているのかは想像に難くない。
そしてもともとの言い分が「ネクロマンサーの卵は排除すべし」だったのだから、僕達の目的に気付いた段階で捕らえている人々を文字通り「排除」する可能性も十分に考えられる。良かれと思って起こした行動によって、彼らの死期を早めるようなことは極力避けたい。
『それじゃあ、どうする?』
『作戦を守らない組を抑える組が必要?』
「うーん、正直余りそこに人は割きたくないよね。抑える方も抑えられる方も良い気分ではないだろうし。それに、教会を信奉してる貴族や住民は結構多い。となると、彼らが教会を守る為に武器を手にする可能性はあるかも? 表向き僕達は『急に教会を襲撃したイカれた奴ら』な訳だから防衛は立派な大義名分になっちゃうし」
そう。教会を信じ切っている貴族の人達に証拠を見せれば、寝返ってくれる人達もいるかもしれない。けれど、そもそも教会側貴族の大半は教会から爵位を貰っている男爵達。言わば教会とは一蓮托生な訳で、不正の事実を認める人物は殆ど居ないと思われる。
更に今回は情報漏洩の観点から事前に貴族達への通達などは一切していない為、その分教会を襲撃した際の抵抗勢力もそれなりに居るだろうと想像が出来る。したがって、プレイヤーを抑える為のプレイヤーというポジションは作りたくないのが本音。
一番良いのは皆が作戦に賛同して動いてくれることだけれど、プッツン星人の一件もあるので、それは希望的観測だろうということも分かっている。クエスト云々ではなく、僕に対する反発精神で暴走するプレイヤーは絶対に居ると考えて行動した方が良い。悲しい予想だけどね。
『作戦に沿わないプレイヤーは無視。でも人質は救う。鬼ムズでは?』
『欲張りセットっすな……』
『いや、でも高ランク狙いたいなら人質は救わない選択肢はない』
『相手の戦力は未知数だから人数を割けないというのも納得』
『良い案が全く思いつかん』
『未知数ではあるけど、男爵がたくさん居たところでそんなに戦力集まる?っていう』
「前回の王都クエストって、今回の人数に比べたら全然参加者が居なかったよね? それって、前回以降プレイヤーが増えたからだと思う?」
『まあ確かに前回のクエストからはプレイヤー人口は増えた。が、いうほどじゃない』
「ってことは僕の予想だと、教会襲撃に参加するプレイヤーは前回より少し多い、位なんじゃないかと思う。証拠集めは自分の都合の良い時間にさくっと参加出来るけれど、襲撃は時間を合わせる必要があるし何より戦闘が苦手な人も居るから……」
「戦闘、かつ時間が決まっているクエストへの参加はハードルが高いと思っている人が一定数居るってことね」
『前回も補給部隊とか食料調達部隊がかなりの人数だったな』
『あー、戦闘部隊を選ぶ自信が無い人が多いのか』
『土曜日は仕事or家族と過ごすって人も居るしな』
『前回って何人位だったの? NPCいたから結構な人数だと錯覚してただけ?』
『多分プレイヤー自体は二千人? NPC左右翼併せて六千人位いたはずだから』
『言うて今回集まったプレイヤー二万以上よ? 当日そんな一気に減る?』
「二千人かー、渋めに見ても三千人位はいく……かな? 足りるかな」
「うーん……まず、今は社交シーズン真っ只中。当主や家族は王都に来ているだろうけれど、領地を守る為に基本的には兵士は領地に居るものよね? 自分達を護衛する為に連れてきた兵士は居るだろうけれど、その人達を参戦させればシーズン明けに自分達が領地に帰れない。となると、一体どれだけの貴族が教会の為に兵を貸し出すかしら?」
『さすが詳しい』
『その知識はサブカルから得たのか、母国から得たのか……』
『でも王都に兵士自体が居ないって事は無いよね?』
「教会側の貴族からの兵はそんなに居ない可能性があるのか。でも、王都内の治安を守る部隊は居る筈。国民が教会を信じている現状、当然そういう人達は僕達の暴挙を止めようして出て来るよね」
『確かに』
『王都治安維持隊……だっけ?』
『国営じゃないの?王家から要請を無視するように伝えるとか』
「王家と教会は一蓮托生だから、正式に教会が黒だと判断出来る迄は王家は介入しないんじゃないかと僕は予想してるんだけど……どう思う?」
王家には事前に話が通っているし彼らが治安維持隊を牽制してくれるのが一番良いけれど、王家としても教会は民衆の支持を集める為に必要なのでそう簡単には切ることが出来ない筈。教会の不正が完全に明るみに出てさえしまえば味方になってくれるだろうけれど、事前に提出した証拠だけでは半信半疑、教会が黒だと確信はしているものの表立っては動けない、そんなレベルなのではないだろうか。
「こちらに肩入れした結果、事実無根であれば王家としても問題。罪が確定する迄は傍観、は十分あり得ると思うわ」
『あー、治安維持隊相手に戦闘確定か』
『純粋に王都の治安を維持しようとしてるだけだよね?傷つけるわけには』
『足止め程度で頑張らないといけないってこと?』
「そう、なる、かな? 事情を知らずに真面目に職務を全うしている人達だし……」
「大怪我もさせずに無力化って、難易度が高いわよね。こちらが力押し出来るだけの人数が集まるかも分からないし。どこか、隠し通路みたいなところから教会にこっそり入れないかしら」
「いっそ大々的に表で戦って、負傷者を続出させる。でも教会は回復が出来ないので静観しているだけ……なんて展開になれば不信感も募って一石二鳥だけど、罪のない住民が大勢怪我するし、万が一僕達の当てが外れて回復力の高い神官が出て来ると困るか。やっぱり隠し通路があれば一番平和だけど……」
『教会内部に協力者がいればね』
『上手くいけば良いけど密告されたら終わりだしなあ』
『その場合は?結局表から堂々と行くプレイヤーはどうするん?』
「もし隠し通路から行くとしたら、表からいったプレイヤーには治安維持隊を引きつけて貰うとして……、表が騒がしくなった段階で人質の命が危なくなるのは変わりがないから、どんな作戦で行くにせよ、常に表の様子は知っておきたいよね。直接戦闘に参加しない人でも、見張りなら……って人が居ればお願いしたいかな。ただ、やっぱり具体的な作戦は公式からの告知待ちになっちゃうかなあ」
『細かい条件も前回同様出るだろうし、待った方が良いね』
『折角考えた作戦が意味なくなっても困るし』
『今は皆装備を調整する時期ってことで』
『今回は生身の人間相手だから前回と違って攻撃は通るだろうけど、後味は悪いな』
進展らしい進展がないので、教会関連の話はお開きに。このあとどうするか、という話になったものの、どうにもやっぱりヴィオラの口数が少ない。きっと眠気が強すぎて頭が回っていないのではないだろうか。
「もしかして眠い? 夜勤明けから寝てないとか」
「ああ、うん。そうなのよ。つい漫画を読んじゃって……」
それとなく話を振ったところ、ヴィオラが上手く乗ってくれた。視聴者のコメントも「寝た方が良い」のオンパレードだったので、ヴィオラはログアウトをすることに決めたようだ。そのタイミングで僕も仕事に戻ると言い、オフィス街へと移転後、ログアウト。
洋士の家にはベッドや布団なんてものが存在しないので、申し訳ないけれどヴィオラにはソファで寝て貰うことに。さて、同じ空間に居るのもなんなので、僕は洋士に隣室の状況確認でもしにいこうかな……。