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84.褒め言葉です

「あんたは駄目だ」


「は? え? なんで?」


 異論は一切認めない、といった雰囲気の洋士の一言に僕は思わず聞き返した。洋士の冷たい声音に驚いたのか、後部座席でヴィオラも身じろぎをしている様子。


 今は、集会が解散しヴィオラを自宅へ送っている途中。きっとヴィオラは内心で「こんなに気まずい空気が流れるのであれば一人で帰れば良かった」と思っているに違いない。


 しかし、こうなったのにも理由がある。先程の集会でヴィオラの違法行為が露呈してしまった為だ。このまま見過ごすことが出来ない和泉さんから、正式に特殊種族受け入れ制度に基づいた手続きを行う必要があると言われたのだけれど、和泉さん本人に急な仕事が入ってしまったので、手続きは日を改めて後日ということになったのだ。


 それに関連して制度に関する説明が洋士に丸投げされたという感じ。先程迄洋士が説明をしていて、ヴィオラはひたすら頷きながら聞いていた。そして一通り説明が終わったタイミングで、雑談がてら今後の話になった訳だけれど。どうやら洋士は僕が戦闘に参加することを認めるつもりはないようだ。


「戦闘が日の出以降も続いたらどうするつもりだ。日光が駄目だから他の人と交代します、と言えば相手が黙って見送ってくれるとでも思っているのか? ……それに仕事もあるだろう」


「日光は確かにそうだけど……でも仕事に関しては皆だってあるじゃないか」


「大半の奴らが俺が経営する店で働いてるんだ、それ位どうこう出来る。だが、あんたや教授みたいに外で働いている場合は相手に迷惑をかけるだろう。事実、教授もそれを理由に戦闘は辞退した。まああいつはその代わり、『エルフ達を秘密裏に受け入れる方法を考えたい』と言って参謀を買って出たが。あんたもどうしてもと言うのなら、あんたにしか出来ないことをやれ」


「僕にしか出来ないこと……」


 そうは言っても、僕は洋士よりも戦闘に特化している自覚がある。戦闘が駄目と言われると何をすれば良いのか、皆目見当がつかない。


「おい、忘れたのか? 敵の狙いはエルフ族だ。もし万が一エレナの動きに気付いた斥候が既にこの国に入り込んでいたら? そいつが狙われる可能性は十分にあるだろ」


 「そいつ」と言いながらミラー越しにヴィオラを指す洋士。確かにそれはそうかもしれない。けれど護ると言っても一緒に暮らす訳にもいかないし、一体どうすれと言うのだろう。


「わ、私? 確かにエルフではあるけれど、これだけの人数がいる国でピンポイントに気付かれて狙われることってある?」


「確かに何の情報もなければ藁の中から針を探すようなものだろうが、今回は違うだろう。エルフ族に協力していた吸血鬼が一人離れて日本にやってきた。その理由を探れば彼らが日本へ移住しようとしていることも、俺達の存在もすぐに分かる。そしてこれは俺達の落ち度だが……あんたを集会に呼んでしまった。既に斥候が来ているのであれば、気付かれていてもおかしくはない」


「なるほど確かに……一理あるわね。でもどうするつもり? 生活の為にはお金を稼がないといけない。危険だからっていつ終わるとも知れない襲撃の間中、ずっと引きこもっている訳にはいかないわよ?」


「あんた、時給を高くする為にバイトはほとんど夜間帯に入れてるだろ。それなら父さ……蓮華もあんたの送迎が出来る。どうせいつもあんたがバイトの時間帯は蓮華もオフィス街で仕事をしているから配信はしていない。視聴者に怪しまれることもない」


「息子とは思えない態度ね……いえ、何でもないわ。今迄と何も変える必要がないと言いたいのは分かった。けど、蓮華くんにそこまで迷惑をかけることは出来ないわ。家とバイト先はそこまで距離は離れていないし一人でも」「いや、それは駄目だよ」


 固辞しようとするヴィオラの言葉を遮るように僕は口を開いた。


「一人で出歩くのは絶対駄目。危険過ぎる。でも洋士……ヴィオラの家って多分洋士の家からは電車で数駅ってところじゃないかな。夜は電車が終わってるし、洋士の家迄歩いて帰るにしても不自然じゃない速度で監視カメラに映るとなると……厳しいかも」


 今時の技術って凄いから、逆にトップスピードを出したとしてもスローモーション再生とやらでばっちり捉えられちゃうらしいし、それこそ問題になってしまっては和泉さんに迷惑をかけてしまう。


「ああ、確かにその問題はあるか……。それじゃ、いっそのことうちのマンションに引っ越してきたらどうだ? 隣の部屋が空いてるのは確認済みだぞ」


「それこそ無理よ、貴方の言うマンションって絶対億ションでしょ? ……私はフリーターよ? いくら命が危ない可能性があるといっても、そんなところに引っ越せる訳ないじゃない」


「別に、俺が買うんだから購入費用に関して心配する必要はないぞ?」


「ちょっと、それこそ貴方に買って貰う理由なんてないわよ! それにバイト先迄遠くなるし」


「いや、元々隣の部屋は抑えておきたかったから俺が近々購入予定だったんだ。そこにあんたが入居するのは何の問題もない。まあ、どうしても落ち着かないと言うのであれば別に事が片付いたら出て行って貰っても構わないが……。バイト先に関しては、引っ越すとなると変えて貰う必要があるな。愛着が湧いているとかであれば悪いが。それこそ、徒歩圏内にコンビニやら飲食店やら、腐る程あるぞ」


「愛着……は微塵も湧くような環境じゃないけど……でも……」


 洋士による怒濤のプレゼンテーションのせいか、段々と声が小さくなるヴィオラ。さては揺れているな? その気持ち、分かる。正直僕もマンション内に図書館やら映画館やら色々あって便利だから出て行きたくなくなってしまっている……。


「悪いがこの場ですぐ決めてくれ。ちなみに今の家に住み続けるなら、隣の部屋辺りに蓮華を引っ越しさせるからな」


「隣どころか全室満室よ」


「だったら誰かを出て行かせる迄だ」


「ちょ、そんな横暴な!? 分かったわよ、蓮華くんを引っ越しさせるなんて、もっと迷惑をかけるじゃない。それ位なら私がそっちに引っ越すわ。その代わり、引っ越し代も貴方持ちだからね」


「勿論だ。……ふむ。荷造りから何から俺達の仲間にやらせるとして、今日これから住めるようにするが、まっすぐ向かっても良いか?」


「はあ? 購入手続きやらインフラの開通やらは一体どうするつもりなのよ……。ああ、もう良いわ、私が理解出来る次元を超えている。貴方の好きにしてちょうだい」


 ヴィオラは疲れたようにシートに突っ伏した。うん……その気持ち分かるよ。洋士って本当に一度決めたことはすぐに行動に移すから、ついていくのが大変だよね。なんて僕が哀れみの目線でサイドミラー越しに見つめていたら、ヴィオラと視線が合った。お、睨みながら口パクで何かを言っている……。なになに、「あなたのむすこでしょ、どういうきょういくをしているの」、確かにその通り……。でも多分、洋士なりに考えてのことだろうから許して欲しい。


 例えば今から当初の予定通りヴィオラを彼女の家に送るとする。隣の部屋の購入手続きは明日行うとして。ヴィオラが荷造りをし、それが終わってから引っ越しをして……となると数日から一週間はかかってしまう。結局、その間ヴィオラをどうやって護るの?という話に戻ってしまう訳だ。だから多少強引でも、不動産屋に至急連絡をして、即日購入、電気やガス、ネットといったインフラ周りも即日頼める業者を手配してしまった方が正解なのだと思う、うん。


「今後二週間の間の出勤日数は?」


「五日よ」


「今のバイト先の勤務年数は? それから今迄有休を使ったことは?」


「三年半と少し。……バイトも有休って取れるの?」


「義理に欠く行為はしたくないから行かせてやりたいところだが、緊急事態だ。今日以降一度も出社せずに二週間後に辞めると伝えろ。シフトが入っている五日分は全て有休を使う旨も忘れずにな」


「わ、分かったわよ……」


 洋士に言われるがまま、後ろで店長と思しき人物と電話をするヴィオラの声が聞こえる。理由を聞かれているのだろう、しどろもどろになりながらセクハラが、とかモラハラが、と言っている。相手も心当たりがあったのか、その後すぐに通話は終了したようだ。


「終わったわ。確かに貴方の言う通り、有休が認められた。凄いわね、バイトでも使えるなんて知らなかったわ」


「まあ、普通は自分の都合が良い日にしかシフトを入れない、気にも留めないだろうな。それより、次のバイトだが、少しだけ待て。さっきも説明したが、新たな身分証を発行することになる。発行前に面接を受けるとややこしいことになるからな。その間の生活はこっちで見るから心配しなくて良い。まあ、その間と言わず解決する迄ずっと面倒を見ても良いが、GoWのプレイ時間だけは今迄通りにしてもらわないと視聴者が不審がるぞ」


 そう言うと洋士はどこかへと電話をかけ始めた。ああ、どうやら仲間にヴィオラの家の荷物をまとめて持ってくるように手配をしているようだ。今日中に無理そうであればVR機器を優先するように言う辺り、しっかり配慮はしてくれている。それに気付いたのか、ヴィオラも後ろで目を丸くしているようだ。これで少しはヴィオラも洋士に対する苦手意識が薄れてくれると良いんだけど……まあ今の強引なやり取りじゃ、むしろ悪化したかもしれないなあ。


 全ての話がまとまった安心感からか、洋士の家に着く迄の十分程ヴィオラは眠ってしまったようだった。顔見知りとは言え、天敵である吸血鬼二人が乗っている車で居眠りをするとは、肝が据わっている。同じことを洋士も思ったのか、「こいつ大丈夫か」みたいな顔をしてこちらを見たので思わず笑ってしまった。まあ、これ位神経が図太いから集落で生きていけたんだよきっと。貶している訳じゃない、褒め言葉です、勿論。

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― 新着の感想 ―
[一言]  そこは蓮華君を信頼しきっているからと思ってやれよ(笑)。
[一言] 更新有り難う御座います。 蓮華さん:現代からは”やや”取り残されている? 洋士氏:トップ富裕層 ヒロイン:闇ブラックなワープア?
[一言] 蓮華パパが腹括ってヴィオラを嫁さんにしちゃえばいいのよ 封印された記憶ぅ?そんなのはヴィオラが壁ドンして私の男になれ!とすごめばイチコロよ それでもモゴモゴ言い出したらベッドのあるお部屋で1…
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