83.大事な話がある
「……という訳だ。皆の意見はどうだ?」
エレナから聞いた話を一通り洋士が伝えた結果、静寂がその場を支配した。それはそうだ、すぐに答えが出せる話ではない。
この場には僕達の仲間である吸血鬼のうち、身体が空いていた三十人強が集まっている。その他に、エレナ、僕、洋士、それに和泉さん。そして驚くことにヴィオラも居る。
実はヴィオラには前もって洋士が盗聴防止用の特製携帯を渡しており、その際洋士自身もヴィオラと連絡先を交換したらしい。留守電に「大事な話がある」、と洋士がメッセージを入れた結果、このようなメンバーが集まる場所であることを承知した上で飛んできたという訳だ。
エレナはここ迄の道中で洋士から話を聞いたようだが、それでもまだとても興味深そうな視線でヴィオラを観察している。というより、同族の大半がヴィオラに興味津々といった様子だ。ここに居るメンバーにエルフに対して変な感情を抱くような者は居ないけれど、それでも視線が集中すれば落ち着かないと思うので、僕は慌てて咳払いで彼らに注意を促した。
「洋士さん……、いや、和泉さんかな? 一つ質問があります。正直、私達が受け入れるという決断を下したとしても、私達だけでなんとか出来る問題でもないと思っています。国としてはどういう見解ですか? もしエルフを受け入れる方向で考えているのなら、その後のリスクに対する国の支援についても伺いたいですね」
真っ先に口を開いたのは、某大学教授の同族。巷では若きホープなどと呼ばれているようだが、齢百歳といったところ。吸血鬼としては若い部類だけど、世間が思っているよりは若くはない。
「まず、政府としては受け入れる方針で考えています。我々の基本的なスタンスは『一度は受け入れる。その後、どうしても馴染めないといった問題が出てきたら、そのときに考える』。というのも、人間族以外の人科の種族の存在を政府で認識し始めてからまだ数十年しか経っていません。どのような種族なのか分かっていないにもかかわらず、過去の創作物のイメージだけで判断していては後々後悔しかねないからです。同じ後悔でも、知る前と知ってからでは情報量も違いますから。それに我々の方で把握は出来ていませんでしたが、既にエルフ族の定住前例はあるようですので問題は起こりにくいかと」
ちらり、と和泉さんがヴィオラを見やる。確かに彼女の場合は僕達吸血鬼と違い、言わば不法入国した上での戸籍の買い取りという違法行為のオンパレードでここに居る。政府が把握出来ていなかったのも納得というものだ。しかし、逆に言えば彼女以外のエルフの存在についても把握していないということになる。ふむ……ソーネ社にエルフが居るのか居ないのか、ますます判断が難しくなってきたみたい。
「それから受け入れ後の話ですが、基本的に本人達がこの国の在り方を否定するような生き方をしない限りは保護の対象です。つまり、今回のように命を狙われている場合などは当然相手を迎撃します。しかし問題は、我々が大々的に動けないということです。まだ貴方がたのような多種族の存在を公表する段階ではない、そう思っています。ですから自衛隊のような機関を動かすことが難しい……」
「では戦力としては私達を見込んでいるということでしょうか。その場合、今のご時世監視カメラだ、SNSだと秘密保持が難しい時代になっていますが、その辺りの対処はどのように?」
「それはこちらで対処をします。交戦情報が入り次第、周辺区域の閉鎖及び監視カメラの停止、万が一SNSへアップロードされた情報は即座に消去をする予定です」
和泉さんの返答に、教授は頷いた。
「では最後に……我々と国が同意したとしても、相手が雑食である以上、他の種族にも警告は必要だと思っています。混乱を避ける為に人間族に対して告知したくないという気持ちは分かりますが、命の危機がある以上、伝えるべきではないでしょうか?」
「それに関しては再度検討をする必要があるとは思っています。移住を受け入れる以上、今後もエルフ族の方々が来る可能性は否定が出来ませんし、それに関連して、今回のように海外から様々な種族が襲撃してくる可能性もあり得るので。その一方で、年々改善されているとはいえ依然として日本は比較的保守的な気質があります。特に今回の場合は相手が吸血鬼。今貴方がたの存在を公表した場合、吸血鬼という種族全体が危険なものとして認識される可能性が非常に高いと考えています。なので正直な話、我々としては秘密裏に動きたいというのが本心です。
他の種族に関しては代表者への通告を行う予定です。その際、もしも迎撃に協力したいという方々が居る場合は協力は可能でしょうか?」
「国から正式に認められているにもかかわらず我々を目の敵にして襲撃してくる輩は居る。協力をするのは構わないが、その際は我々と敵対しないという条件は飲んで貰う」
洋士の宣言に、和泉さんは心底申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「その件に関しては我々の力が及ばず、非常にご不快な思いをさせてしまいました。協力を申し出た種族には徹底的に説明しますので、ご安心ください。ただ、我々を通さずに独自に動く種族も居るとは思いますので……」
「まあ、そうだろうな」
「血の気の多い獣はマナーがなっていないのが多くて叶わん」などと周りの同族も話している。うん……皆他の種族の存在を知っていたんだね。知らなかったのは引きこもっていた僕と、人間として生活していたヴィオラだけのようだ。そっか……常識だったのか……。いつからだろう。さすがに僕が他の種族の存在を信じて旅に出た時期よりは後だと信じたい。
「国としての見解は分かった。では我々としてはどうだ? エルフを受け入れるべきか?」
「エルフが嫌がらないのであれば」
「血は間に合ってるし僕らは人畜無害だよってアピールすれば良いのかな……」
「エルフの生態が分からないから判断のしようがないな」
「……まあ確かにエルフとはほとんど面識がないしな。エレナ、どうですか? 山奥に住んでいるようですが、日本で生活が出来そうな感じでしょうか」
「さて……自給自足をしているような連中だ、馴染むのには時間がかかりそうだが。それに関してはそこのお嬢さんから話を聞く方が参考になるのではないか?」
急に話を振られ、びくりと肩が震えるヴィオラ。うん、まあ確かに山奥から都会に移住してきたエルフ。ヴィオラの話は参考になるかもしれないけれど……。
「正直、私は集落の人達からハブられていたし皆と違って定期的に人里に降りて物々交換もしていた。だから余り参考になるかは分からないけれど……。それに何より、私は俗にいうオタク。日本が誇るアニメや漫画といった文化に憧れて移住をしてきた訳だから、そういうものに惹かれない人達が色々我慢出来るのかは分からないわ」
「では、電化製品などの精密機器への拒否反応は?」
「そうね……私は割と漫画やアニメという文化が生まれた直後に来ているから、段々暮らしが豊かになるのをこの目で見て受け入れられた。でも既にこれだけの家電に囲まれた生活に、いきなり慣れるかといえばどうなのかしら。伝統的なエルフの生活をしているのであれば、料理一つとっても魔法で火をおこすでしょう。それがいきなりガスコンロ、或いはIH調理器なんて見せられても……」
「慣れるのには時間が必要。それに説明する人物も必要といったところか。ヴィオラさん、と言ったかな……貴方にお願いするのは厳しいか?」
「正直な話……私はエルフと関わり合いになりたくありません。エルフ特有の言語しか話せないので通訳が必要、というのであれば協力は惜しみませんが、そうじゃないのであれば……」
「いや、良い。無理を言った。私の知人だ、慣れる迄の面倒は私が見よう。しかし、エルフと関わり合いになりたくないのであれば、移住そのものに反対なのではないか?」
「いいえ、そこ迄わがままなことは言いません。誰でも受け入れるのがこの国のスタンスなのであれば、私も勿論それに従います。私だって勝手にこの国にやってきた異邦人の一人ですから」
「ヴィオラさんはハブられていたと言いましたが、それはエルフ族の気性が荒いとかそういうことでしょうか? いえ、貴方の過去を無理に聞くつもりはありませんが、エルフという種族に対する理解が乏しいもので」
再び教授が口を開いた。確かにハブられていた理由によっては、エルフが日本に来ても同様の問題が起きる可能性がある、と考えるのは当然のこと。けれどヴィオラの過去を知っている僕としては、根掘り葉掘り聞かれて辛くはないだろうかと、ヴィオラが心配になってしまう。
「気性は荒くはないと思います。ただ、良くも悪くも自分達と違う者を受け入れる寛容さには欠けていました。ですが、それは私の暮らしていた集落の人々の話です。一口に吸血鬼と言っても、貴方がたのように誰も傷つけない暮らしを選んでいる集団も居れば、今の話に出てきたような、見境なく襲い、失血死をさせる危険な吸血鬼も居る。ですから、エレナさんのお知り合いのエルフ族も不寛容だとは限りません」
「要するに会ってみないと分からないということですね……皆さん、どうでしょうか? 私は良いと思いますが」
と教授。
「ま、全員が集まってる訳でもないし確定じゃないだろうが、俺は別に良いぜ。他種族がこの国に来ること自体は今迄と何も変わらないんだ、俺達がどうこういうことでもないと思うしな」
「うん、問題はついてくるだろう海外の吸血鬼だしね……それは彼らのせいじゃないから僕も賛成」
「よし、賛成の奴は手を挙げてくれ」
洋士の声に、同族の参加者全員が手を挙げる。
「よし分かった。それじゃ、今回の話し合いの内容を他の奴らにも伝えて、そいつらの意見も聞いてきてくれ。集計はこっちでする。悪いが、今回はいつもと違って多数決になるだろう、余り時間的余地はないからな」
「おっけー」
「移住に関して文句のある奴は居ないんじゃないか? 後ろからついてくる奴くらいなんとかしてこいって意見はあるかもしれねーけどな」
「まあ戦いが苦手な子は居るしね、そういう子は防衛戦に参加しなければ良いだけじゃないかな〜?」
「正式に決まり次第、警戒態勢の布陣を組むぞ。参加は自由だが、自分達の未来を考えたらなるべく参加した方が良いかもしれないな、まあ自由だ」
そう言って意地悪く笑う洋士。もう、そんな言い方をしたら強制だって言っているようなものじゃないか、全く……。
「あ、和泉さん……迎撃に際して日本刀の使用は……」
「勿論、目を瞑りますよ。万全の体制で挑んでいただきたいですから」
良かった。一応一通りエレナに教わってはいるものの、僕は吸血鬼らしい素手での戦闘に自信がないんだ。