82.のんびり生活をしていました
斥候=地形や敵の情報等を収集する為の先発隊、のようなものです。
一〇〇話を感想コメントありがとうございます!
全然返答出来てなくてすみません!
「どんな、とは? 田舎に家を購入して、のんびり生活をしていましたが」
「珍しく随分と血液を摂取しているようだが……」
「それは最近始めたゲームの影響ですね。前提条件で心臓が動いていないといけなかったので、なんとか企業側の協力もあって無意識下で血液を摂取する方法を編み出しまして」
「なるほどね。日本政府側が我々に協力的と言うのは本当の話だったか。……いや、聞いた私が悪かったけどそういうことではない。田舎で生活をしていたと言っていたね? まさか誰とも交流をしていなかったんじゃあるまいね」
「洋士……あ、幸吉の今の名前です。最近彼と連絡を取る必要があって今は一時的に東京に住んでいますが、それまではずっと一人でしたよ」
僕の返答に師匠は大きく溜息をついた。
「まさかこんなことになるとは……はあ、ここまで人付き合いが出来ない子になったのは私の影響だというのか……? それにこー坊、お前もお前だ。何故虎を放置していたんだ」
「師匠? 僕の過ごし方に何か問題があったのでしょうか?」
「ええい、師匠と呼ぶな! 私はお前に仲間になるかとは聞いたが弟子になれとは言っていない。何故そうも頑なに師匠と呼ぶんだ?」
「お言葉ですが、母さ……エレナ。俺は父さんと一緒に暮らす気満々だったのに父さんの方が勝手に俺の前から消えたんです。探し出すのにどれだけ苦労したことか」
「勝手に消えただと? 虎が武力を行使したのならともかく、そうじゃないならお前の油断が招いたことだろう。全く、揃いも揃って……。良いか、虎。悪いとは思ったが、私はお前の記憶の一部を封印した。その当時はお前の為だと思ってそうしたんだ。お前がいずれ、昔のことを懐かしんだり誰かに話そうとしたとき、つまり現実を受け入れる準備が出来たときに自然と封印は解除される筈だった。だが、何だ? 未だに封印が解除されていないどころか、長いときが経ったが故に余計複雑になっているではないか」
「記憶を封印……じゃあさっきまで父さんが苦しんでいたのはそのせいなのか?」
「苦しんでいたのかい? それはまずいかもしれないね。ここまで長い間記憶を封印したことなんて私も初めてだ、どうなるのかは想像もつかない。鎌倉時代……だったか? そこから江戸時代迄、それなりに時間が経っていたし心配だったが、それでもまあこー坊と出会えたから大丈夫だろうと私は思っていたんだ。それなのにお前達と来たら……今が何時代か分かっているのか?」
「封印した記憶というのは……妻の?」
「そうだ。お前は彼女の最期をどうしても受け入れられなかった。何度自害しようとしていたところを止めたことか……。このままではどうにもならないと思い、私の独断でお前の記憶を封印したんだ。だから確かに責任は私にもある」
「そんなの、せめて俺には教えてくれていたら……」
「こー坊に教えたからといって何になる? 虎に無理やり過去の話でも根掘り葉掘り聞くつもりだったか? そんなことをしたって意味はない。虎が自分の意思で過去と向き合う準備が出来なければ封印は解除されないんだ。
良いか、虎。もしかしたら長い間封印をし続けた影響で、完全には記憶が戻らない可能性がある。或いは、無理に思い出そうとすれば他の記憶に影響が出るかもしれない。決して無理に思い出そうとはするな。だが、このまま思い出さずに今のまま生活するのもどんな悪影響をもたらすのかは分からない。難しいことを言うが、無理せずゆっくり記憶を思い出す努力をするんだ、良いな?」
師匠——エレナの迫力に僕は思わず頷いた。そうか、先程から激しい頭痛が襲ってきたのは封印とやらのせいだったのか。エレナが封印を選ぶ程僕の状態はひどかった? 受け入れられないような彼女の最期って……。
「言ってるそばから無理をしようとするな、虎。それに悪いが、今日はお前達に大事な話があって来たんだ。記憶の件はひとまず保留して、話を聞いて欲しい」
よほど大事な話なのだろう、いつものからかうような表情はすっかり鳴りをひそめ、真面目な表情で語りかけてくる。その様子に僕は思わず姿勢を正した。
「どうやらエルフがこの国に移住を考えているようなんだが……少し厄介でな」
「エルフ……」
「ああ、エルフは伝説上の種族ではない、ちゃんと存在している。で、だ。エルフ自体はまあ気難しいが、移住を考えている以上、この国の作法に馴染むつもりはあるようなんだが、問題は彼らが面倒な相手から逃げ出す為に来ようとしていることだ。かなり厄介な吸血鬼一族なんだがな……」
「厄介な、と言うのは?」
「誰の縄張りだろうが一切気にせず己の欲望を満たすことだけを考えている、自己中な輩だ。そいつらはエルフの血を主食にしているらしく、この国にエルフが来れば当然追いかけてくるだろう。それにあくまで主食がエルフなだけだ、人間に対して無害な訳じゃない」
どうやら僕と洋士の予想がどんぴしゃで当たってしまったようだった。それも一番最悪な予想が、だ。
「それで? エレナはどうしてその情報を入手出来たんですか」
「うむ、実はそのエルフ達とは知り合いでな。私が日本で暮らしていたことを知っていて、日本に移住したいと言い出したのだ。が、私の記憶が正しければエルフはこの国に居ない。そして彼らの天敵である吸血鬼の長は君達だ。厄介な吸血鬼もついてくる可能性があるとなれば、君達の許可を得る必要があるだろう?」
移住を考えている、ということはソーネ社内部に居ると思しきエルフとは全く無関係なのだろうか。エレナは僕達だけの問題と考えているようだけれど、実際にはこの国には既に定住しているエルフ——ヴィオラ——が居る訳で、何を隠そう彼女はエルフに捨てられたエルフ。つまり多分、エルフに余り良い感情を抱いていない。
どれだけの人数かは不明だけれど、もし移住をしてきたとして、今後、話を聞いてまた別のエルフ達がやって来るとも限らない。となると、ヴィオラにとって住みにくい国になる可能性もあるということだ。僕としては、彼女の意見も聞いておきたい。そして勿論、別の地域の吸血鬼が来る可能性も伝えなければならない。それに何より、そんな危険な吸血鬼がこの国に来るとなれば、僕達の存在が明るみに出る可能性があるということだ。和泉さんに相談をしない訳にはいかない。
「申し訳ありませんがエレナ、この件は今すぐ即答することは出来ません。仲間に相談する必要もありますし、他にも話しておきたい人物が居ます」
「……ほう? それは仲間と話し合うのは当然だと思うが……仲間以外にも話したい人物が居る、とはね」
ちらり、とエレナは僕ではなくて洋士を見た。あとで根掘り葉掘り話を聞くつもりなのだろう。和泉さんのことにしろヴィオラのことにしろ、僕としては隠し立てをするつもりはないので良いけれど、洋士はヴィオラに対して余り良い印象を持っていない。彼女の印象が悪く伝わらないかだけが心配だ。
「結論を出す迄にどれだけの猶予がありますか? 既に目を付けられているとなると、すぐにでもこちらに来たいというのが本音ですよね。それから、エルフが移住してから吸血鬼が動向を察知してここ迄やって来る迄の期間もどれ位なのかが分かるなら……」
余り状況は芳しくないのだろう、僕の質問に、エレナは難しい顔をした。
「正直、確かにすぐにでも移住させてやりたいところだが、ひと月……位なら余裕がある。今は私と仲間が側に居るからな。相手の吸血鬼も、さすがに私達とエルフを同時に相手するのは厳しいと踏んでいるようだ。しかし、私達はそろそろ弱体化する……もう季節は冬、動物が居なくなる時期だからな。人科の種族を主食としている奴らを相手にするのは分が悪い」
なるほど、僕達日本の吸血鬼は人間に頼んで血液を提供して貰っているけれど、エレナやその仲間の吸血鬼は山奥で動物の血を頼りに生きているということらしい。それでは確かに本格的に冬になれば均衡は崩れ、相手の吸血鬼に攻め入れられるのも時間の問題だろう。仲間を残してエレナ一人でここに来るのも苦渋の決断だった筈だ。
「それから移住後に襲撃してくる迄の期間だが……あいつらは欲望のままに動くが、かなり用心深くもある。初めての土地に足を踏み入れる場合は、必ず斥候を先に向かわせる。つまり、斥候さえ潰すことが出来れば……」
「何か自分達にとって危険な土地だと考え、慎重になるということですね。分かりました。正式に移住が決まれば、暫くの間は僕達で警戒態勢を敷く必要があるでしょう。その辺りも考慮しつつ検討します」
「……よろしく頼む」
神妙な顔で頭を下げるエレナ。「知り合い」と言っているが、実際にはかなり親密な仲なのだろう。しかし、それでも彼女と仲間で守り切れないと判断し、悩みに悩んでこちらに頼み込んできたということだ。僕個人の意見としては、命の恩人であり、大切な人の願いだ。なるべく叶えてあげたい。けれど残念ながら、僕や洋士だけで判断出来る事案ではない。日本政府、他の仲間、そしてヴィオラ。更に言えば僕が知らない、日本に住む他の種族全員をも巻き込みかねない事案だ。今年の冬は厳しい季節になるかもしれない。
ひとまず、結論が出る迄はエレナにも一緒に居て貰わねばならない。和泉さんと他の仲間への連絡をしつつ、僕ら三人は車に乗り、都内への道を無言でひた走るのだった。





