81.こー坊
「着いたぞ」
どうやら僕は気絶していたらしく、洋士の声で目が醒めた。事前に鎌倉のどの辺りなのかをざっくりと説明しておいたのが功を奏したようで、洋士は迷うことなく目的地に辿り着いていた。
「……おい、本当に大丈夫か? 顔色が凄いことになってるぞ」
「本当に? なんだろう……頭痛がしたり顔色が変わったり……どう考えてもおかしいよね」
「それだけ思い出したくないってことなんだろう、聞いた俺が悪かった。墓参りは良いが、俺はあんたの体調を優先するからな。やばいと思ったらすぐに引き返す。良いな?」
「うん、分かった」
目的地は切通し。今では鎌倉七口なんて名称で呼ばれているけれど、実はその切通しの上、誰も来ないであろうところに僕は昔、五輪塔を建てた。既に風化して久しいけれど、可能な限り命日近辺に訪れている。
登るところを人に見られると厄介ではあるものの、今日は雨。この辺りに歩いている人の気配は全くない。僕と洋士はさくっと切通しの崖を登り、目的の場所へと歩を進めた。
「凄いな……上手く自然を利用した要塞だ」
切通しを上からのぞき込み、感心したように洋士が口を開く。
「そうでしょう。あの当時はこれらの切通しのお陰で、厳しい戦いも何度も切り抜けてきた。外部の人間からしてみれば本当に攻めにくい地だったと思うよ」
話しながら歩くこと暫し。風化して削れ、丸みを帯びた五輪塔の成れの果てが眼前に現れた。
「……ここに眠っているのか?」
「いや、厳密に言えばこれは墓じゃない。故人のゆかりの地に建てる供養塔なんだ。あの当時は遺体を火葬したり土葬することはあっても、上に墓碑を建てる風習はなかった。頼朝公とかは例外だけれどね。彼女の遺体は……どこかに埋葬した覚えがある」
どこだっただろうか。これも思い出せない。今迄ずっと墓参りと言えばこの五輪塔だったから余り気にも留めていなかったけれど、埋めた場所すら思い出せないとは異常ではないだろうか。単純に歳月が経って忘れたとは考えにくい気がする。
「おい、顔色が悪いぞ。まだ墓参りを続けるなら無理に思い出そうとするな」
すぐに引き返すと言っていた割に、僕の気持ちを汲んでか忠告で留めてくれる洋士。そうだ、思い出すことも重要だけれど、まずはきちんと彼女と話さなければ。
「……久しぶりだね。元気だったかな。僕は最近とても楽しい日々を送っているよ。……なんて言ったら彼女は怒るかな?」
「俺は奥さんにあったことはないが、あんたが楽しそうにしてるからって怒るような人を、あんたが好きになるとは思えないな」
僕の問いかけに、洋士はそう言ってくれた。まあ、そうだよね。彼女はそんな人ではなかった。いっつも僕と息子を一番に気遣ってくれていた。そうだ、あのときも僕のことを庇って……庇って?
「うっ」
その瞬間、頭に激痛が走った。何だろう、今とても重要なことを思い出しかけた気がする。
そうだ、冬ということもあって辺りに動物が居なかった。それで僕はやむを得ず血液を摂取せずに西国に向かって行くことにしたんだ。それが間違いだった。悔やんでも悔やみきれない。……何を?
「おい、大丈夫か!? くそ、戻るぞ!」
「まっ……待って……洋士のことを紹介したいんだ……あとちょっとだけ」
なおも頭が割れそうに痛むけれど、そんなことは気にしていられない。今迄ずっと洋士に墓参りのことを黙っていたけれど、一緒に来たのなら彼女に洋士を紹介したい。僕達の子孫なのだと。
「この子は洋士。ずっと君に会わせたかったんだ」
「あ、ええと……洋士です。父さ……蓮華さんにはいつもお世話になっています」
僕は心の中で妻に、僕達の子孫なのだと言った。だから堂々といつも通り……まあいつも呼んでくれてはいないけれど、とにかく父さんと呼んでくれて良かったのだ。でも今、洋士は「蓮華さん」と他人行儀な呼び方をした。それはきっと、亡くなった僕の妻と息子に配慮した結果なのだと思う。僕がついた噓が引き起こした結果だ。
ずっと洋士に言えなかった。「君の両親は盗賊に襲われて亡くなった、まだ赤ん坊の君だけが生き延びていた。だから僕が引き取った。」本人にはそう伝えていたけれど、事実は違う。彼の両親はずっと健在だった。ただ、洋士だけが捨てられたのだ。その事実が言えなくて、噓を重ねた結果、洋士が僕達の子孫だということすら本人に伝えることが出来なかった。
今からでも本当のことを伝えるべきだろうか。自分が捨てられた子であることや、僕の子孫でなかったら引き取らなかった可能性が高いことに、ショックを受けやしないだろうか。
「なあ……何か俺に隠してることがあるだろう? この場で聞くのも卑怯かもしれないけど、奥さんの前ならあんた、誤魔化せないんじゃないかって思って」
いつの間にか頭痛は少し収まっていた。もしかしたらそれで顔色も戻っていたのかもしれない。洋士は言いにくそうに、けれど絶対に誤魔化されたくないといった強い表情で僕に問いかけてきた。片手では数え切れない世代を経て産まれたというのに不思議だ。こういう表情をするときには微かに妻の面影があって、僕達の血筋なのだと改めて実感させられるのだ。
「ずるいな。もしかして最初からその為に送ってくれたの?」
「ああ、それも少しある。墓参りのことをずっと隠してたときからおかしいって思ったからな。あんたの師匠も一緒に行ってたときだってあった。なのに俺だけのけ者って……何かあるとしか思えないだろ」
「ごめん。どうしても洋士には秘密にしておきたかったんだ」
「それは、俺の出生に関わることだからか?」
「……知ってたの?」
洋士の言葉に僕は驚いた。
「いや、詳しくは。ただ、一回だけ俺にそっくりの奴に会った。俺を見てそいつの連れの……多分母親だと思うが、とにかく顔色が一瞬にして変わったんだ。だからきっと、俺と関わりがあるんだろうと思った」
まさか、江戸の地で偶然家族に出くわしたと言うのか。そしてそれを僕には内緒にしていた……。
「追求はしなかったんだ?」
「逃げるように去っていったからな。あんたからも両親は死んだって聞いてたし、話を聞いたところで誰も幸せにならないだろうとそのときは思ったんだ。でもさすがにもう、何百年前の話だ? 当事者はとっくに死んでいるし、そろそろ聞いたって良いだろう?」
縋るような目付きで僕を見つめる洋士。この子にこんな顔をさせてしまうとは、本当に情けない。
「うん……そうだね。ごめんね、隠してて。ちょっと言い辛くて。もう知っている事実から言うと、君の両親は盗賊に襲われて亡くなってなんかいない。生きていた。どうしてそんな噓をついたかというと……」
「俺達が双子で、忌み子だから。そして、殺されるのは俺の方だった。そうだな?」
「その通り。ひっそりと乳母に連れ出された君を見て、僕は君を奪ってからこう言った。『この子は僕がもらい受ける。君は殺したことにすれば良い。僕達は江戸へ行くからもう二度と会うこともないだろう。』……洋士を見てお母さんが驚いたってことは、乳母は僕の言う通り、殺したと伝えたのだろう。それにしてもまさか、江戸で再会するとは……」
あの当時、双子は忌み子と呼ばれ、不吉なものとされていた。出産した女性は勿論、双子も家族や近所から冷遇され、幸せな人生は望むべくもない。ではどうするかと言うと、産まれたばかりの赤子のどちらかを秘密裏に処理をするのだ。本来殺人は罪に問われるが、双子は不吉なもの故、見て見ぬ振りをする。当時はそれが世の常だった。
「元々俺の家族は何処に住んでいたんだ? それにあんたはどうして俺を引き取った? たまたまその場に居合わせたとは思えないが」
「西国、京都に住んでいた。僕は元々君のご両親を時折見に行っていたんだ。……僕達の子孫だから見守っていた」
「それはつまり、俺とあんたの血は少なからず繋がっているってことか?」
さすがにそれは知らなかったのか、驚いたように声を上げる洋士。でもなんか、心なしかちょっと嬉しそうなような。……いや、気のせいか。
「そうだ。君は僕の息子の子供の子供の子供の……まあ、それ位遠い子孫と言うこと。どうしても気になって、僕はずっとこっそり陰から見守っていた。あの日もそう、子供が産まれると知って一目見ようと待機していた。すると赤子の泣き声が二重に聞こえて、そのあと乳母がこっそり一人だけ連れ出してくるのを目撃した。それで思わず奪ったんだ」
「あんたは俺が不吉だとは思わなかったのか?」
「不吉? どうして。そんなことを言ったら僕の存在の方がよっぽど不吉で恐ろしいだろう。双子が不吉だというのは迷信だ。君が産まれる前の時代だって色んな人が双子を産んだのをこの目で見てきた。だから僕はある程度の確率で産まれてくるのが当たり前なのだと知っていた」
「話は分かった。でもどうしてわざわざ隠すような真似を? もっと凄い話があるのかと思っていたから拍子抜けした」
「あの当時はまだ君は子供だったから、一緒に墓参りに連れてきて妻に報告しているときに、うっかり本当のことを漏らしてしまわないか心配だったんだ。その内時間が経ちすぎて言いにくくなった」
気まずくてつい顔を逸らした僕に、洋士は盛大に吹き出した。心底おかしいといった様子で僕を見て、口を開く。
「あんたのことだから、俺があんたの子孫だと知ったら『赤の他人だったら今自分はここに居ないんじゃないか』とか俺が考えるとでも思ったんだろう? お生憎様、俺はそんな繊細な心の持ち主じゃないんでね。たまたまあんたの子孫だから助けて貰えたのだとしても、それは俺が幸運だったってことだ。それで良いじゃないか」
「まあ、そうか。そうだよね。なんであんなに難しく考えたんだろうなあ……」
「だから言っただろう? お前は物事を難しく考えすぎだって。私の言う通りにさっさと言っておけばこんなに長いこと秘密を抱える必要はなかっただろうに」
突然聞こえた声に、僕と洋士は瞬時に身構え、そしてまたすぐに警戒を解いた。随分と懐かしいこの声だ。
「師匠? いらっしゃってたんですか」
「ああ、時期が時期だからね。ここで待っていた方が合流出来るんじゃないかと思ってさ。まさかこー坊も居るとは思わなかったけどね」
こー坊とは、洋士の江戸時代での幼名、幸吉の愛称である。元服し、諱……今で言う本名を与えられたあとも、師匠はずっと洋士のことをこー坊と呼んでいた。呼ばれる度に洋士本人はもの凄く嫌な顔をするけどね、勿論今も。
「雨が止んだら困るからって送ってくれたんだ。まあ今言った話を聞きたくて着いてきたって言うのが本音だったみたいだけれど」
「私に言わせりゃ、今の今迄話してなかったことのが驚きだけどねえ。おや……? 虎お前、一体今迄どんな暮らしをしてきたんだ?」
虎は僕の愛称。これまた僕の幼名である虎丸から来ている。どうも師匠の故郷では、昔の日本のように名前が何回も変わるという風習がないのではないかと思う。だからこちらが名前から変わったのだと言っても、ずっと最初の名前で呼び続けるのだ。いちいち覚え直すのも面倒だと思うし、僕はそれで良いと思うのだが、こー坊はやめてあげて欲しい。洋士に似合わなさすぎて僕の方が笑ってしまいそうだから。
なんと、記念すべき一〇〇話目だったようです!





