プロローグ1
唐突にVRMMOものが書きたくなってしまいました。
2022/10/19 コクーンタイプのVRHMD→コクーンタイプのVR機器に修正しました。ご指摘ありがとうございます。本ページ以降の全てのページで修正します。
「先生、今日はお願いがあってまいりました」
我が家に足を踏み入れた途端、僕の担当編集者の篠原さんはそう言った。
「うん、とりあえず、話を聞かない事にはなんとも。ここで立ち話もなんだから、応接間へどうぞ」
そう言って中に入る様に促すと、本人も少し先走り過ぎたと思ったのか、深呼吸をしてから靴を脱ぐ。
その様子を横目に、僕はお茶を用意しに台所へと向かう。彼女は何度もこの家に来ているので、案内せずとも応接間で座って待っていてくれる。
最寄りの交通機関からこの家までは相当な距離があるため、いつも通り冷たい緑茶と和菓子のセット。
毎度来てもらうのは申し訳ないと思うものの、僕が昼間は外を出歩けないので長年この形で続いている。お願いと言うのは、そのあたりのことだろうか。
「お待たせ」
「いえ、いつもありがとうございます」
この流れも毎度のこと。当たり前のように篠原さんの前にだけ、お茶とお菓子を机に置き、席に着く。
最初のころこそ自分の分も用意していたが、どうせ手を付けずに流しに捨ててしまうだけなので、変に体裁を取り繕ったところで意味が無いことに気づき、いつからかやめてしまった。
「それで、話とは」
彼女がお茶を飲み干すのを待ちつつ、僕の方から切り出した。ついでにおかわりのお茶を注いでおく。
「先生がアナログ派なのは知っているのですが……弊社としても、手書き原稿を受け取って推敲し、デジタルデータへ変換する手間がかかりますので、その点を改善いたしたく」
「うん、本当、いつも申し訳ないとは思ってる……」
「私がここまで来て受け取って変換出来れば今のままでも良かったのですが。実はこの度妊娠しまして、さすがに電車、バス、徒歩と乗り継いで半日がかりのところに通い続けるのは厳しいので。かと言って、後任の人間に同じことをするように、とは言えず」
「おお、それはめでたい。だけど、そうだよね。むしろ今まで無理を言い過ぎた。となると、お願いと言うのはデジタルデータでの入稿かな?」
「いえ、それは昔お願いした時に、ひどい結果になったので、お願いするのは難しいだろう、と弊社でも判断しました」
篠原さんの言う”ひどい結果”とは、僕があまりにも機械音痴過ぎて、ワープロソフトで原稿を執筆するのにも四苦八苦し、挙げ句の果てには完成した原稿データを消失させてしまったことだ……。
篠原さんの方でなんとか復旧させてくれたのだが、機械を使うことに必死になった結果、内容は目も当てられないほどひどかったらしく、結局同じプロットを手書き原稿で書き直した。
「かと言って、手書き原稿をこちらでワードへ変換する期間も見越して先生に対する締め切りを短くすると言うのも、連載を落とされる可能性も高くなりますから弊社としても困りますし。それで、今回はこれをお願いしたく」
そう言って彼女が鞄から取り出したのは、一枚の広告らしき紙。
――来る9月30日、いよいよ正式サービス開始。なんでも系VRMMORPG、God of World――
「VRゲーム?」
「ひと月ほど前にサービスを開始したばかりのゲームなんですが、過去最大規模のゲームだそうです。日本でも、法改正を待った甲斐があって、数多の企業がゲーム内オフィスへと本部を移転したとか」
「いまいちピンと来てないんだけど、これをやることでアナログ原稿の問題が解決すると?」
「ええ、実はゲーム内で紙に書いたりした物を、一発でデジタルデータへ変換することが可能なんです。変換精度もAIによる筆跡解析だけでなく、VRの特性を生かした脳波測定も行っているため、ほぼ百パーセントの精度で変換可能だそうです。
要するに、ゲーム内であれば、先生には今まで通りアナログで原稿用紙に執筆していただいても、こちらはデジタルデータで受け取ることが可能と言う事です。やりとりも、トレード機能を用いれば遠距離で行えるので。
実は、弊社もすでに業務の一部をゲーム内に移して、ほかの遠距離作家さんとのやりとりに使用しています。特段問題も起こっていないため、この度先生にもお願い出来れば、と。
VRなら、機械が苦手な先生でもどうにかなるかと思った次第です」
「うーん……僕ゲームは一切やったことが無いからよくわからないんだけど、これは始めてすぐに執筆できる環境が整うのかい? 前にいくつかVRMMO日常系小説を読んでみたけれど、確か住居一つとっても維持費がかかるから、冒険してお金を稼いだりしないといけないんだよね」
「そうですね、そこは弊社側で簡易的な執筆場所と原稿用紙や筆記用具がご用意できます。法改正に伴って、現金をゲーム内通貨へ変換し、仕事にかかわる何かを購入した場合も経費精算出来るようになりましたので。
ただ、先生が住居に対してもこだわりが出てくるようでしたら、ご自身で頑張っていただくことになるかと思います。
取り急ぎ、弊社の方でコクーンタイプのVR機器をこちらに送付いたしましたので、物は試しにプレイしていただけませんでしょうか。
あとはそうですね、執筆中の原稿データなども、VR機器とお持ちの端末を接続すれば、こちらで参照、執筆することも可能です。
それと、ゲーム内であれば日光もお料理の方も、楽しめるのではないかと」
「確かに、日光浴とか料理とか……ここで出来ないことがゲーム内で出来るのは良いかもしれない。その結果、小説のネタが広がるかもしれないし。執筆環境も心配する必要が無いなら、試しにやってみるよ」
僕の気分が変わらないうちにと、篠原さんはゲームのプレイに必要なもろもろの手配――ネット回線の増強と、コクーンの設置場所の選定――を即座に終え、今回の分の完成原稿を手に職場へと戻っていった。
機械音痴と言えども、調べ物も出来ないようでは話にならないので例の事件のあと、僕はなんとか音声入力で調べ物をする方法だけはかろうじて覚えたのだ。そうして、僕は篠原さんが置いていった紙を片手に、早速God of Worldとやらについて調べてみた。
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必要な物
・VR機器
・最低10Gbpsのネット回線
あると便利な物
・コクーンタイプのVR機器であれば、栄養補給パウチ
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安全装置として、VR機器側で、脳波・心音・手首の静脈を観察しているとのこと。
そのどれかに異常が出るか、最長六時間経過した段階で、コクーンからの強制排出が行われる。
うん、この時点で既に前提条件が満たせていない。何故なら、僕の心臓は止まっているから。
「うーん、血の味ってどうにも嫌いなんだけど……心臓動かすためにはどうしても摂取しないといけないんだよなぁ」
やると言ってしまった以上、摂取は大前提な訳だけど、吸血なんて久々すぎて、どれくらいの量でどれだけの時間心臓が動いているのか、全く覚えていない。人と話すときだって、適当に呼吸しているふりをすれば心臓が動いてないことに気づく人間なんていないから、本当に何百年ぶりの吸血になる筈だ。
どこでどうやって血液を入手するかも問題だ。まさか太古の昔の吸血鬼のように、歩いてる人を夜道で襲っていただきまーすと言う訳にもいかないだろう。
今の時代、防犯カメラがそこらじゅうにあるし、二十四時間営業の店も珍しくないのだから、間違いなく目撃者が居ると思って良い。
「となると……輸血パックとか、食用動物の血抜きしたものを譲渡してもらうとか。とにかくコネが必要だよね」
久々に吸血鬼の集会に顔を出してみるかな。今も、きっとやってるんだろうし……やってるよね? まぁそこで今の身分証も作ってもらったんだし、数十年で消失なんてこと無いとは思うんだけど。
「コクーンタイプは食事回数を減らせるように栄養補給パウチをセット出来るようになってるらしいけど、専用のパウチだよね。血液パウチなんてセットしたら絶対壊れるよね。となると僕には不必要か」
何せ食事をする必要も睡眠をとる必要も排泄する必要もない。と言うかできない。
料理の味は分かるし、生前は食べることが好きだったから人前で食事せざるを得ないときはとりあえず食べるけど、排泄も出来ないのだから、食べたものが体の中でどうなっているのか不明な以上、積極的に食べようとは思えなかった。
だから僕は、出版社側には日光アレルギーと味覚障害を持っている、と伝えていた。まあ、日光アレルギーに関しては噓ではない。他のお仲間は――昔の僕もだけど――ガムテープで無理やり体毛を抜かれているような痛みを感じるだけで、日光を浴びることは出来た。
長いこと日の光を浴びてなかったが故に日光アレルギーになってしまい、浴びると焼けただれるようになってしまったまぬけは、僕くらいだろう。
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2025/03/14 随分と遠いところまで来ました。明日、吸血鬼作家の漫画版1巻発売日となります。
小説の方も2巻まで発売中ですので興味がありましたら是非よろしくお願いします。
あと全然関係無いのですが、最近新作公開開始しました。異世界転生ものです。
転生詐欺に遭いました~望んだ能力と引き換えに犬になるなんて聞いてない!~
https://ncode.syosetu.com/n4174ke/
こちらもどうぞよろしくお願いします。