04
昼を少し過ぎた頃には客足はだいぶ落ち着き、静かになった店内を見て、ルーシィはカナリアに近づいた。
「今日はもう上がっていいよ。予定あるんでしょ?」
一週間ほど前に今日の午後にお休みをください、と言われ、ルーシィは快諾していた。
「ほんとですか? ありがとうございますっ」
ルーシィとお揃いのエプロンを外し、「お疲れ様でした」と店を出るカナリアの後ろをケットシーが四足歩行でついていく。
異界のモノは契約を結んだ者の声が届く範囲でしか活動することができず、それ以上離れてしまうと強制的に異界に還されることとなる。それ故、契約を結んだ主人であるカナリアがルノエールを出るとなると、必然的にケットシーも出ることになる。
午後は独りで店番をするルーシィは客がいないときを見て、厨房で軽く野菜を挟んだサンドイッチを摘まみながら、午後からはスクールを終えた子どもを連れた母親が多く来るので、子どもが喜ぶ少し甘いパンを作ろうかと思索する。素早く食べ終え、下ごしらえを始める。その間にもチリンとベルが数回鳴るので、その度、店内に向けて顔を出し「いらっしゃいませ」と声をかけ、会計の際はレジまで足を運んだ。
もうすぐで焼き上がるとき、チリンとベルが鳴った。
店内には誰もいないので、来客だ、と思ったルーシィは顔を出し、いつも通りいらっしゃいませの言葉を発するつもりだった。しかし、入って来た客の姿、いや、正確にはその髪色を見て、その言葉は喉で止まってしまった。
入って来たのは小柄な少年だった。
ゼーゲン国ではカナリアのような栗色の髪の毛が一般的で、ルーシィの赤毛は珍しく、町の人々が見慣れるまでは、好奇の眼差しを向けられることが多かった。今となっては近所の女の子に「みんなと違ってうらやましい!」と言われるまで至ったのだが。
しかしパンに釘付けになっている彼はルーシィとも違う。
外から差し込む日差しを受けて、光輝く美しい金糸の髪。生れて初めて見るその美しさにルーシィは思わず「綺麗」と零す。
その声を聞いた少年はパンから視線を外し、ルーシィの方を向く。
彼の瞳を見たルーシィは小さい頃、父親に連れて行ってもらった海を思い出した。
碧色の美しい海だった。
そのとき見た海と同じ色が宝石のように彼の目にぴったりと嵌まっていた。
しかし少年はルーシィの視線が己の頭部に注がれているのを察し、青ざめ、慌てた様子で服についているフードを深く被ってしまった。