02
チリンと店の入口に付けられたベルが鳴る。
その音を聞いた栗色の髪を二つに結った少女は、そばかすのある顔をルーシィに向けた。
「ただいま」
ルーシィがそう言うと、彼女は怒りたいような、泣きたいような複雑な顔をした。
「んもぉぉ、ただいま、じゃないですよ! なんだってこの忙しい時間帯に買い物に出かけちゃうんですか! あ、お会計ですね。どうぞ」
パン屋ルノエールで働くカナリアは客の会計を素早く済ませ「ありがとうございました」と一礼した。それに続き、ルーシィも「ありがとうございました」と一礼する。
「リンゴが半額だった」
開店から一時間は怒涛の忙しさで、猫の手も借りているというのに、まさか店主であるルーシィがふらりと出て行ってしまうとは思っていなかったカナリアはそのとき顔面蒼白になった。半べそをかきながら、店を回していたというのに帰って来た店主は機嫌よく、少し音が外れた鼻歌を歌っている。マイペースな店主に怒りたくもなるが、怒る気になれずいつもカナリアは許してしまう。
それもこれも理由は分かっている。
ルーシィは厨房に入ると、エプロンを身に着ける。
芳ばしい香りが店内を包み込んでいるが、ここが一番その香りが強い。
もうすぐパンが焼き上がる証拠だ。
ルーシィが次焼く真っ白い生地のパンの様子を見ると、もう焼いても問題がない状態だった。
稼働していない窯の一つの前でルーシィは口を開く。
「サラマンダー」
『へい、お任せください』
何もない空間からポンッと小さな音を立てて出て来たのは、トカゲに近い姿をした異界のモノ、サラマンダーである。燃え盛る炎のような肌をしている彼が現れると、途端に周りが明るくなり、空気に熱が伝わる。
小さな翼をパタパタ動かしながら宙に浮いているサラマンダーは、夕焼けを連想させる瞳をルーシィに向けた。
『では、いきますぜ』
主人であるルーシィが「お願い」と言うと、頬を膨らませ、一気に頬の中に溜めた炎を窯に向けて吐き出す。
木が爆ぜる音を聞いたルーシィは「ありがとう」とサラマンダーに声をかけた。
『いえ、お安い御用です。またなんかありましたら、喚んでください』
出て来たときと同様にポンッと小さな音を立てて、彼は自分の世界へと還って行った。
異界のモノを喚び出し、使役する。
それがゼーゲン国の民が使える力、声喚である。
遥か昔、声喚は神が南の〈ヒト〉に与えたとされる力で、国民たちはその力を駆使しながら生活している。とはいえ、途轍もない力を持つ異界のモノを使役する人間はそう多くはない。国民の半数は日常生活が少し便利になるくらいのレベルのモノとしか契約を結ぶことができない。
先程、喚んだサラマンダーもその中の一種で、彼は大量に炎を吐き出すことは出来ず、少量の炎を数回吐き出したら、疲れ、還って行く。他の異界のモノも同じようなものだった。それ故、彼らは人々を脅かす存在にはなることはなく、ゼーゲン国民を助ける存在となっていた。