68:責任とって(5)
「………え?」
ジェレミーは傷ついたような、驚いたような表情を浮かべ、父を見る。まさか父親から愛する人を殺せと言われるとは思っていなかったのだ。
アルヴィンは息子の視線にやってしまったと思ったのか、気まずそうに顔を背ける。
リリアンはそんな彼らの様子に大きなため息をこぼした。
「はあ……。クライン卿!」
「は、はい!!」
今まで扉の前で見張り役をしつつ、できる限り存在感を消していたキース・クラインはリリアンに呼ばれ声が裏返る。
本当はこんな無茶なことに関わりたくないが仕方がない。
「あの……」
「クライン卿、ジェレミーに剣を渡して」
「あ、はい……」
生粋の下僕体質のせいで、本能でリリアンの強い口調に従ってしまうキース。
彼は気まずそうにジェレミーの目の前に長剣を置いた。
「ど、どうぞ」
「キース、やめろ。やめてくれ……」
彼女に刃を向けるなどできない。ジェレミーは助けを求めるようにキースを見た。
その情けない瞳が、妙にキースを苛立たせた。
「………リリアン・ハイネを殺せとのご命令ですよ」
「なっ……!?」
「お父君のご命令ですよ、ご主人様」
冷たく突き放すように言い放つキースに、ジェレミーは困惑した。
彼がこんなふうに自分を突き放すのは初めてかもしれない。
「……どうしたの?ジェレミー。かかって来なよ。相手してあげる」
「君に対してそんなこと、出来るわけないだろう!?」
意地悪を言わないでくれ。ジェレミーは声を荒げて立ち上がった。
しかしリリアンは、そんな彼を鼻で笑う。
「大丈夫です。できますよ、ジェレミー殿下。貴方ならできます。だって私は貴方にとって、簡単に諦めてしまえる程度の存在だったのでしょう?」
「ち、違う!簡単なんて、そんなこと……っ!」
「違う?何が違うの?陛下にお願いされたら素直に身を引いてしまう程度にしか私のこと想っていなかったのでしょう?」
「違う、そんなことない!」
「そんなことあるわよ!!」
強く否定するジェレミーに、今度はリリアンの方が声を荒げた。
リリアンは皇帝のそばを離れると、ジェレミーに近づき彼の胸ぐらを掴んで自分の方に引き寄せる。
ジェレミーはされるがままに少し屈んだ。
「………嘘つき!嘘つき嘘つき嘘つき!!」
「リリア……」
「好きだと言ったくせに!愛してると言ったくせに!」
「ご、ごめん」
「ごめん言うな!謝るな!振られたみたいじゃん!」
「振ってない!」
「振ってるわよ、嘘つき!あれだけ好き好き言っといて今更手を離すなんてずるいわ!愛してると言うのなら手を離さないでよ!こんなに好きにさせといて、簡単に捨てないでよ!最後まで責任とって愛してよ!!」
リリアンは子供が駄々を捏ねているみたいに叫ぶ。
気がつくと、海と同じ色をしたリリアンの瞳から雫が溢れ出していた。
真珠のような美しい涙が彼女の頬をつたい、床に落ちていく。彼女が自分の為に涙を流す姿を見るのはこれが初めてかもしれない。
「リリアン……」
ジェレミーは涙を拭おうと無意識に彼女の頬に手を伸ばした。
だがしかし。その手は払いのけられ、何故か腕ごと強く捻られていた。
「いたたたた!いたいいたい!リリアン、痛い!」
「気安く触ろうとしてんじゃないわよ!嫌いよ!ジェレミーなんて大嫌い!私の初恋を返せ、馬鹿野郎!!」
リリアンはジェレミーの腕を捻り上げている方と逆の手で、彼の左頬を殴った。
それも、こういう場面でよく見る可愛らしい平手打ちではなく、しっかりと強く拳を握り締めて殴った。
ジェレミーはあまりの衝撃の強さに後ろに倒れて尻餅をつく。
リリアンはそんな彼を見下ろし、もう一度『大嫌い』とだけ吐き捨てて部屋を飛び出した。
「……え?」
「いや、待って。ハイネ嬢」
「リリアンのやつ、魔法解除せずに行きやがった」
変わらず身動きの取れない貴族議会の面々は何とも言えない絶望感に打ちひしがれる。
ヨハネスはこの状況をどうにかする為にも、先程から情けない顔しか見せていない弟に喝を入れるかの如く、彼の名前を叫んだ。
「ジェレミー!何をしている!?」
「あ、兄上?」
「早くリリアンの後を追わないか!今動けるのはお前しかいないんだ!大体、お前の婚約者だろう!?お前がわがままを言って欲しがったお前の婚約者だ!最後まで責任を持て!」
「……す、すぐに戻ります!!」
ヨハネスの喝が効いたのか、ジェレミーはリリアンを追いかけて会議室を飛び出した。
「さて、父上。どうしましょうか」
全員拘束されて動けない中、ヨハネスは父に問いかけた。なんとも間抜けな姿だが、どうにもできないので仕方がない。
「どうって……」
「まだ本調子でないにも関わらず、これだけの人数を瞬時に拘束してしまう魔力量と魔法技術。その場にいなくともかけた魔法が緩まない安定感と、無詠唱であるが故の脅威的な魔法の発動速度。そして数少ない浄化魔法の使い手。これだけでも脅威なのに、リリアン・ハイネは社交界に味方が多い。そして今回のことで民の心も惹きつけている。そんな彼女を殺せばどうなるか、流石にわかりますよね?」
リリアン・ハイネは味方ならこの上なく心強いが、敵に回せば相当厄介な女だ。
民に対してはイライザとの戦いで相打ちとなり死亡したと公表すれば良いだけかもしれないが、彼女の死亡が外に漏れれば、それはそれで他国に隙を与えてしまう。
故に彼女の扱いは慎重にならねばならない。ヨハネスは父を突き放すように冷たく言い放った。
「リリアン・ハイネと敵対するのは賢い選択とは思えません。ここは彼女の望む通りにすべきかと」
「玉座を開け渡せと?」
「はい」
「ジェレミーを皇帝にはできん。素質がない。血の正統性もそうだが、そもそも統治者としての素質がない」
「わかっています。だから皇帝には私がなります。けれど、リリアン・ハイネを伴侶にはしません」
「…….お前はそれで良いのか?彼女を妻とするのは皇帝となるお前にとっても良いことの方が多い」
「確かにリリアンは優秀です。皇后に相応しい。ですが今のリリアンを制御できるのはジェレミーだけです。彼女を聖女として祀り上げ、国のために働かせたいのであれば、彼女を御せる存在を近くに置いておくべきでしょう」
「そう、だな……」
「あとのことはお任せください、父上。オツカレサマデシタ」
ヨハネスは蔑むような視線を父に向ける。尊敬していた、大きな存在だったはずの父が何故だかとても小さく見える。
多分彼はもともと、皇帝の器ではなかったのだろう。たまたま有能な人間が周りに集まっていたから、良い君主に見えていただけのこと。
アルヴィンは「すまない」と小さく呟き、動揺する貴族たちを鎮めて、後継にヨハネスに指名した。
その「すまない」は誰に向けたものなのか。ヨハネスにはわからないし、確かめようとも思わない。
もう、これ以上失望したくはないから。




