67:責任とって(4)
「…………リリアン!?」
ヨハネスは目を大きく見開き、激しく動揺した。
その動揺はジェレミーもまた同じだったようで、彼も目を大きく見開いている。
「ど、どうしてここに……?」
だって、彼女はおそらくまだ動ける状態ではないはず。
「ご機嫌よう、皆様」
リリアンはフッと柔らかく微笑み、カーテシーを披露する。いつもの柔らかな微笑みは、真っ白な軍服には似合わない。そのチグハグさが、何故か恐ろしく感じる。
「今はまだ会議中だが……」
その場にいた貴族の中の一人がそう言いかけたその時。リリアンは『それは失礼』と明らかに思っていない言い方で謝罪しつつ、パチンと指を鳴らした。
すると、パンッという破裂音と共に周囲の音は遮断され、その空間だけが別の次元に飛ばされたように静まり返る。
呆然とする者たちを横目に、リリアンは部屋の奥。上座に座る皇帝の前まで足を進めた。
そして彼の前に立つと細く白い指先を揃え、スッと皇帝のその少し皮膚の衰えを感じさせる首筋に爪の先を突きつけた。
「指先に魔力を纏わせています。私がこのまま貴方様の首を切るように手を動かすとどうなると思います?……首が飛びます」
淡々と話すリリアン。だがこれは紛れもなく反逆だ。
呆然としていた貴族たちは揃って声を上げた。
しかし、何故か体が動かない。筋肉が全て硬直してしまったように指一本動かすことができない。
「おい、小娘!我々に何をした!?」
「邪魔をされたくありませんので、動きを封じさせていただきました」
「なっ!?」
「ご安心ください。殺しはしません。……まあ、今のところは、ですけれど」
今のところは、と笑うリリアンのその含みのある言い方といつもと変わらぬ微笑みに、全員が肩を振るわせる。
この娘はこんなにも凶暴だっただろうか。記憶の中のリリアンはふわふわとしていて、何の悩みもなさそうな天然娘だったはず。間違っても、こんな獰猛な獣のような目はしていなかった。
「ひ、人を呼べ!」
「無駄です。この空間はすでに私の手の中です。私より強い魔力の持ち主がここにいない限り、外部からの侵入は不可能かと」
「貴様、これは叛逆だぞ!」
「でしょうね」
そんなことはわかっている。リリアンは怒り狂う彼らに淡々と返す。
「おい、リリアン」
「お父様は黙っててください。お叱りは後で受けます」
「リリ……」
「ヨハンも黙ってて」
リリアンは自分を諭そうと口を開いた二人を制止した。
首元に刃を突きつけられたも同然の皇帝アルヴィンは冷や汗をかきながら、リリアンを見上げる。
「……これはどういうつもりかな?リリアン・ハイネ」
「そろそろ世代交代の時期ですね、陛下。その席を後継にお譲りください」
「それはまた……」
「陛下は皇后陛下と共に南の離宮で療養しながら、静かに余生を過ごされる方がよろしいでしょう」
「何を言うか。私はまだまだ健康体だが?」
「そうでしょうか?随分と前から、正しい判断ができないほど、脳が老化していらっしゃるようにお見受けいたしますが?」
「……随分と失礼なことを言うんだな」
「国に忠誠を誓った者としての忠言です。だって、その席に座る者がポンコツでは困るもの」
リリアンのあまりに無礼な発言にアルヴィンは眉を顰めた。
「何だと?」
「今回の件を事前に防ぐチャンスは幾度もあったはずです」
この男は、ルウェリンやイライザの様子に異変を感じていながら、彼らを処分しなかった。ルウェリンが自分に恋愛感情を抱いていることを知っても軽く流して、皇后クレアの寝室に他者の侵入を許したイライザに処分を下さなかった。
そこで適切な処分を下していれば、そもそもこんな事は起きなかった。
「幼馴染を、もしくは友人を失いたくなかった?それともただ面倒だっただけ?」
「私は……」
「ああ、ごめんなさい。聞いておいて悪いけれど興味はないわ。貴方がどんな葛藤を胸に抱えていたのかなんて別に知りたくもないもの」
「……っ!?」
「重要なのは結果よ。結果として貴方はしなければならない決断をしなかった。だからこの事態を招いた。そして愛してるフリだけして、大事にしているフリだけして育ててきた末の息子に、自分の過ちの尻拭いをさせようとしている。ああ、なんてずるい人。彼が自分のお願いに弱いことを知ってて汚れ役を押し付けるつもりなのね。随分と自己中心的ね。本当、死ねばいいのに」
リリアンはアルヴィンに向かってペッと唾を吐き捨てた。
流石に堪忍袋の尾が切れたアルヴィンは低く重い声色でハイネ公爵に声をかける。
「……ハイネ公爵」
「はい、陛下」
「今ならまだ許してやれる。娘をどうにかしたまえ」
「そう仰られましても、この状況では良くて相打ちですぞ?」
「ハハッ!まさか!?」
「残念ながら、陛下。恥ずかしい話ではありますが儂はもう魔法の発動速度、範囲、威力の全てにおいて娘には敵いません。どうにか肉弾戦に持ち込めても、この場はすでにリリアンが制しておりますので、相打ちに持ち込めれば上出来というところでしょう。この場でリリアンに敵う力を持つのは……、そうですね。ジェレミー殿下くらいでは?」
ハイネ公爵は意地の悪そうな顔をして、ジェレミーの名を挙げた。
全員の視線が一斉にジェレミーへと向く。ジェレミーは困惑した表情を浮かべた。
「お、俺は……」
そんな目で見られても、リリアンを相手にすることなどできない。出来るはずがない。
しかし、アルヴィンは申し訳なさそうに微笑み、『頼む』と言った。
そのお願いは聞きたくない。いくら敬愛する父であっても無理だ。ジェレミーはギュッと目を閉じた。
すると、閃光弾が放たれたかのような強い光と共に、何かが割れる音が室内に響いた。
「……!?」
ジェレミーが恐る恐る目を開けると、机の上にあったそこそこ頑丈で特別な石でできているはずの賛否の札が割れ、貴族たちはリリアンの父であるハイネ公爵も含め、ジェレミー以外の全員が彼女の魔力によってきつく椅子に縛り付けられていた。
もう少し縛り方をキツくすれば、全員綺麗にスライスされることだろう。リリアンは笑いながらそんな恐ろしい言葉をこぼす。
いよいよ本気の叛逆だ。アルヴィンはたまらず、ジェレミーに対して『リリアン・ハイネを殺せ』と命じる。それは彼の本性が垣間見えた瞬間だった。




