55:初恋だった(3)
「ねえ、最初から最後まで何言ってんの?無理無理無理。本当に気持ち悪いわ……」
公爵令嬢らしからぬ言葉使いに、心底気持ち悪いものを見るような表情。
同情されこそすれ、非難されるとは思ってもいなかったルウェリンは一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。
「あ、あなた何を言って……」
「私はさ、てっきり婚約していたのに直前で婚約を破棄されたーみたいな話から、それを逆恨みしてどうのこうのって流れになるのだと思っていたのだけど。いや、そんな話されても納得とかはできないんだけどね?でもまさか、そもそも婚約すらしていなかったとは思わなかったわ」
「……は?」
「もしかして本当に子どもの頃の『結婚しようね』をずーっと信じて生きてきたの?それを信じて陛下の言動を曲解してとんでもないことやらかしたの?どこかで一ミリも相手にされていないことに気づきそうなものだけれど……。なんだか哀れすぎて泣けてくるわ。いや、ごめん。嘘。あんたなんかのために流す涙はない」
「な……、なんて無礼な!」
「無礼はそっちでしょうが、気持ち悪い。あんたの妄想昔話を真剣に聞いてしまった私の時間を返せよ」
リリアンはだらしなくソファに寝転がり、天井を見上げた。
「というかさー。純愛みたいに語ってるけど、あなたはちゃっかり他の男との子どもを作ってるじゃない。それも三人も。オリビアが自慢していたわよ?二人の兄はとても優秀だと」
リリアンの知る限り、ルウェリン・グレイスは侯爵家に嫁いですぐに男児を立て続けに二人も産んでいる。
跡取り息子とそのスペアが必要だと考えても、三人目まで産む必要はない。
それはしっかりと侯爵に愛してもらい、ルウェリン自身もその愛をちゃっかりと享受している証拠だ。
「グレイス侯爵が野蛮な殿方で、無理矢理……なんて事も考えられなくはないけど………。フッ、あなたとその反応を見る限り、そういうわけでもないのでしょうね」
図星だったのだろう。顔を真っ赤にして怒りを露わにするルウェリンをリリアンは鼻で笑った。
「まあ、あなたの妄想不幸話なんて全部どうでもいいわ。興味ないもの。私が知りたいのはジェレミーにかけた術の正体と、これから何をするつもりだったのかとかそういう事よ」
「……嫌な女」
「あなたには負けるわ」
「本当に生意気ね。ハイネ公爵家はどんな教育をしているのかしら。……でもいいわ、教えてあげる。イライザはね、三ヶ月後の皇后宮の騎士の増員に合わせてに皇宮に戻り、クレアをここから連れ出す予定だったのよ」
ルウェリン曰く、彼女が皇帝に進言していた警備の強化計画が採用され、皇后宮は近々騎士の増員が行われる予定だったそうだ。
イライザはそのタイミングで皇宮に戻り、クレアを誘拐するつもりだった。
そしてその際、偽装したクレアの惨殺死体を置き、彼女を死んだことにして追跡を防ぐことまで考えていたらしい。
「……まさかとは思うけれどその偽装した死体、ジェレミー殿下で作るつもりだったのではないでしょうね?」
「ふふっ。さすがね、大正解。アレは顔立ちが母親にそっくりだからね。顔だけを残しておけばみんなクレアが死んだと思うでしょう?」
周知されているジェレミーの瞳の色は金色。加えて彼の顔立ちは母親に似てとても中性的で、見た目には瞬時に性別を判断できない。軽く化粧をし、偽装死体の瞳の色を代えてやればそこに死んでいるのが皇后クレアだと思わせることは可能だろう。
さらに皇后の死後、ジェレミーの居場所が掴めなくなれば彼が犯人だと思わせられ、イライザもルウェリンも疑われないという算段だ。
そんなとんでもない計画を下品に笑いながら話すルウェリン。リリアンは怒りを抑えるように唇の端を震わせた。
「アレの瞳にかけた術はあくまでも幻覚を見せるためのものだそうよ。流石に魔塔には頼めないから、教会の司祭に頼んで公国の魔法師を用意させたの。だからアレは月に一度、教会に行かないといけなかったというわけ」
「……なるほど、教会もグルだったか。妙に納得できるわ」
教会は閉鎖的だ。神の元で悪事など働気ないはずという性善説の元、司祭たちが活動しているため中で何が行われていても外からはわからない。
それに平民だろうと貴族だろうと浮浪者だろうと、その身分に関係なく慈悲を求める人々を受け入れる教会ならば、イライザが黒魔法を使う際に必要な生贄も集めやすいことだろう。
議会での枢機卿たちの態度といい、リリアンは全てが繋がった気がした。
「……イライザはこのために相手の心を手に入れる黒魔法を探したり、リスクを負ってまで他人になりすましたりしてきたのよ。私だって、教会へ多額の寄付をして必要なものを揃えさせたり、クレアが回復しないように気を使ったり……。私たちは長いこの日のためにずっと準備してきたのよ。それがこんなことになるなんて……。どうしてくれるのよ」
「あら、そうだったの。ごめんなさいね、邪魔をしたようで」
悔しそうな顔でこちらを睨みつけてくるルウェリンだが、リリアンからすれば本当にどうでも良いことだった。
そんなに長い期間歪んだ努力をし続けるくらいなら早々に諦めれば良かっただろうに。ここまでくればもうただの意地なのだろうか。
いずれにせよ、彼女たちのその計画が実行されることはもうない。
リリアンは手枷を見せ、ルウェリンに手を出すよう要求した。
「地下でイライザが待っているわ」
「……ふふっ」
「何を笑っているの?とうとう気が触れた?」
「ああ、ごめんなさい。つい、おかしくて」
「……?」
「イライザが単独犯ではないことはほぼ確実。しかし誰とどこで繋がっているのかわからない。だから敢えて単身で乗り込んで来たのでしょうけれど……少し自分の実力を過大評価しすぎなのではないかしら、ハイネ公女」
ルウェリンがそう言って指を鳴らすと、部屋の扉と奥のバルコニーから武装した男たちが侵入してきた。
身なりはただの賊だが、明らかに武具を扱い慣れていない構えをしている。リリアンは彼らの顔を一通り眺め、鼻で笑った。
「舐められたものね。その男たち、どうせ教会のやつらでしょ?じゃなきゃただの賊がこんなところまで入り込めないもの」
「わかるの?さすがね」
「わかるわよ。筋肉のつき方も構えも鍛えていない人間のものだもの」
そんな人間が束になったところで、このリリアン・ハイネをどうこうできるわけがない。
リリアンは静かに指を鳴らしながら立ち上がった。
しかし、何故かぐるりと世界が反転する。
一瞬何が起きたかわからないリリアンはソファに倒れ込んだまま呆然としていた。
徐々にぼやける視界と遠のく声。緩やかに思考が停止していく。
「な、何をしたの?」
リリアンは万が一のことを考えて、この部屋に入ってから出された物は一切口にしていない。
この部屋には特にこれと言って怪しいものはなかったはずなのに。
そう呟くリリアンをルウェリンは嘲笑った。そして花瓶に生けられていた美しいバラを一本手にとるとそれを彼女の鼻先に近づける。
「これよ、これ」
鼻腔に入ってきたのは薔薇の香り。だが、その香りの奥に微かに独特な甘い匂いがした。
「この薔薇、眠気を誘う香を垂らしてあるの。即効性はあるけれど確実性はあってね、仄かにでもずっと嗅いでいると自然と眠くなるのよ?クレア様のが愛用しているものよ」
「……貴様……」
「突然訪れたらなんの準備もできていないはずだと油断していたのではなくて?でも残念。この応接室は常にこの香を使用しているのよ。私にとって不都合な人がきた場合、処分しないといけないからね。即効性がない分、話を引き伸ばさないといけないのが厄介だけれど、意外と使い勝手がいいのよ?」
「……」
「私の話を律儀に最後まで聞いてくれて感謝するわ……ってもう聴こえていないかしら」
いつの間にか意識が途切れてしまい寝息を立てるリリアンを見下ろし、ルウェリンは勝ち誇ったように高笑いした。




