53:初恋だった(1)
その昔、伯爵令嬢ルウェリン・マクレーンには幼い頃から将来を約束したアルヴィンという男がいた。アルヴィンとは幼馴染で、正式な婚約こそまだだったが、婚約者候補の筆頭として常に名前の上がっていた彼女は、彼と結ばれるのは自分なのだと信じて疑わなかった。
けれど、現実はそう甘くはない。
ルウェリンが18、アルヴィンが22の時。彼の結婚が決まった。相手はルウェリンではなかった。
それは仕方がないこと。彼は次代の王となる身分で、彼の結婚は国のためにあるのだから。
……仕方がない。頭ではそう理解している。
だが、子どもの頃の『大人になったら結婚しようね』という約束を胸に、ずっと彼だけを想ってきたルウェリンにはどうしても受け入れ難かった。
ルウェリンは父に当たり、母に泣きついた。どうにかしてくれ、私こそ彼にふさわしいのだと。
けれどやはり泣き喚いたところでどうにもならない。
ルウェリンがそんな絶望の中にいたある日のこと。アルヴィンが彼女の元を訪れた。
アルヴィンは少し痩せた彼女のことを気にかけつつも、こう切り出した。
『君に、嫁いでくるクレア王女の侍女になってほしい』と。
ルウェリンは一瞬、そんな屈辱的なことできるわけがないと叫びそうになったが、よく考えるとそれは彼からの愛だと気づいた。
何故なら、帝国は側室を持てない代わりに妻の侍女を愛人にすることがよくあったからだ。
今よりも政略結婚が当たり前の時代。夫婦が人の目のあるところでは仲睦まじく演じながらも、裏では二人とも愛人を囲うというのはよくある話だった。
だからルウェリンは彼のこの要求を愛人関係のお誘いだと理解し、笑顔で侍女となることを受け入れた。
そしてお輿入れの日、ルウェリンははじめて彼の妻となる女を見た。
長い黒髪に大きな漆黒の瞳を持つ、自分より6つほど歳下の………、色気も何もないただの小娘。
夫となるアルヴィンの後ろに隠れて不安げにこちらを見つめる彼女に、ルウェリンは口角を上げた。
-----ああ、やはり彼の心は自分にある。
そう確信できたのだ。
だって、こんな小娘が大人の彼を満足させられるわけがない。結婚とは名ばかりで彼は子守りを押し付けられただけなのだ。
そう思うと心に余裕が生まれた。
『はじめまして、クレア様。本日よりあなたのお側にお仕えするルウェリン・マクレーンです』
にこやかに声をかけてやると、クレアは少し恥ずかしそうに微笑みを返した。
可愛らしく従順そうな少女。ルウェリンはこの娘を自分とアルヴィンの妹として可愛がってやっても良いと思った。
クレアの侍女になってから、ルウェリンは以前よりもアルヴィンと会える日が増えた。当然のようにお邪魔虫のクレアがついてくることは気に入らなかったが仕方がない。建前上、二人は夫婦で自分は皇子妃の侍女にすぎないのだから。
だが、それでも我慢できたのはアルヴィンがルウェリンを気遣ってくれたからだ。
アルヴィンは『クレアに必要なものがあればなんでも買え』と言いつつ、ルウェリンが着飾るための予算をくれた。
建前のために子守りを押し付けたことを申し訳なさそうにしつつも、『いつもありがとう』と感謝してくれた。
隣国へ行ったときにはクレアへのプレゼントは食べ物を買ってくるのに、自分には宝石のついた髪留めをを買ってきてくれた。
ルウェリンは明らかにクレアよりも優遇されていた。
けれど、アルヴィンはなぜか一向にルウェリンを寝室へは呼ばなかった。
ルウェリンは悩んだ末、意を決して『なぜ寝室に呼ばないのか』と尋ねた。するとアルヴィンは困ったように笑いながら、『さすがにまだ早いだろう』と答えた。
彼の中ではまだその時期ではなかったのだろう。ルウェリンは不満に思いながらも了承した。
そして、そんなこんなでクレアが嫁いで来て4年ほど過ぎた頃。アルヴィンはクレアを寝室へと呼んだ。
クレアの年齢を鑑みて延期されていた初夜の儀を行うためだ。
星が降る神秘的な夜。二人は真の意味で夫婦となってしまった。
初夜の儀は三日三晩、寝室に篭って行われるのだが、時折クレアの世話をするためにルウェリンたち侍女が部屋に呼ばれる
ルウェリンはクレアの身を清めながら、その体に残る行為の痕跡と、妙に艶っぽい表情を浮かべる彼女を見て心が散り散りになるほどに苦しかった。
彼女の長い黒髪をタオルで優しく拭きながらも、細い首筋に残る鬱血痕を手で覆い、そのまま絞め殺してしまいたいと思った。
けれどその初夜の儀以降。アルヴィンがクレアを寝室に招くことはなかった。
もしかすると、先代皇帝の突然の崩御や隣国との戦争の後始末に追われていたせいもあったのかもしれない。
だが、この時のルウェリンはその事実にひどく安心した。
やはりアルヴィンはクレアを形式上の妻としか思っていない。きっと今まで自分に手を出さなかったのも、クレアの母国に義理を立てる意味でも、妻よりも先に他の女を抱くわけにはいかなかっただけではないか。そんなことまで考えるようになった。
だからある日の夜。彼女は自ら彼の寝室へと向かった。
形だけのお飾りの妻に義理立てしてやったのだ。もう二人に障害はない。これからは思う存分愛し合える。
ルウェリンは困惑するアルヴィンを前にして、当然のようにそう話した。




