52:尋問(3)
朝日と共に紫のローブを身に纏った魔法師が一人、皇后宮を訪れた。
彼女はそのローブを見せびらかすようにして皇后への謁見を要求する。
皇后宮のメイドは早朝からやってきたこの無礼な魔法師に困惑しつつも、とりあえず近くの応接室へと案内した。
来客など滅多にないだろうに、それでも部屋には埃ひとつなく、瑞々しい薔薇の花が飾られている。きっと毎日手入れしているのだろう。これも皇后付きの侍女グレイス侯爵夫人の教育の賜物だ。
「し、しばらくお待ちください」
「ありがとう。あ、悪いんだけど後でハイネ公爵にリリアン・ハイネは特権を利用して皇后陛下に謁見を願い出たと伝えてもらえるかしら」
「……かしこまりました」
案内した気の弱そうなメイドに伝言を伝えると、リリアンはソファに深く腰掛けて大きく息を吸い込んだ。微かな薔薇の香りが気分を落ち着かせてくれる。
「さて、誰が来るかしら」
通常時ならば、ここの侍女がこんな早朝から押しかけてきた無礼なやつに、皇后を差し出したりすることはないだろう。
だが、彼女たちに今のリリアンの要求を拒否する権限はない。
何故ならこの紫のローブを着た魔法師が緊急事態だと宣言して謁見を求めた場合、それを拒否してはいけないという決まりがあるからだ。
決まりを破ればそれは皇室が魔塔を軽視するのと同じこと。今の皇后の危うい立場で国の防衛を担う数少ない魔法師の機嫌を損ねるのは悪手だ。
けれど、かといって素直に皇后を連れてくることも難しいだろう。リリアンの推測が正しければここの侍女たちはリリアンが皇后にあれこれ聞くと困るはずだから。
(さあ、どう出る?)
皇后を出すか、それとも自身でリリアンと対峙するか。二つに一つだ。
リリアンは次にその扉を開けるのは誰かと待ち構えた。
しばらくしてノックと共に扉を開けたのは皇后の筆頭侍女、ルウェリン・グレイス侯爵夫人だった。
艶のある濃紺の生地に金糸の刺繍が施されたドレスを身に纏い、長い金髪を後ろでまとめたシスターのような風貌の彼女は皇后のそばに仕える者にふさわしい所作で一礼した。
「ご機嫌よう、ハイネ公爵令嬢。先触れもなくこんなに早くからお越しになるものだから、クレア様はまだ身支度が整っておりませんの。しばらくお待ちいただけます?」
早朝の訪問に苛立っていることを隠しもせず、ルウェリンは座ったままのリリアンを見下ろす。立ちもしない彼女の態度が腹立たしいのだろう。
リリアンはそんな夫人を挑発するように不敵に笑った。
「わざわざ報告ありがとう。いつまででも待つわよ」
足を組み替え、下々の者に対して接するように侯爵夫人にも尊大な態度を取るリリアン。爵位の継承権も持たない小娘のその態度にルウェリンの眉間の皺はますます深くなる。
だが今のリリアンには何も言えない。その忌々しいローブのせいで彼女は今、公爵と同じ権限を持つから。
「どうぞ、おかけになって?皇后様が来られるまでの間、私の話し相手になってくれるのでしょう?」
「……失礼します」
「さて、何から話そうかしら。……あ、もしかしてこれが気になる?皇后さまとお話をするためだけに取得したのよ。最上級のライセンス」
「……そのローブはそんなに軽いものでしたでしょうか」
「私にとってはとても軽いわ。他の皆さんにはどうか知らないけれど」
「まあ、他の魔法師の方が聞いたら嫉妬に狂いそうな発言ですわね。娘からハイネ嬢は謙虚なお方だと聞いていましたが、どうやら彼女の勘違いだったようだわ。とても自信に満ちていらっしゃる。さすがですわ。二人の皇子殿下もあなたのその自信に溢れた振る舞いに惹かれたのかしら」
「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくわ」
「…….それで、クレア様へはどんな御用で?」
暗に二人の皇子をたぶらかした傲慢でふしだらな女だと指摘されてもサラリと交わすリリアンに、ルウェリンの声色も低くなる。
リリアンはそんな彼女をみて嘲笑うような笑みを浮かべた。自分の無礼な態度に苛立ち、心の余裕をなくしていく彼女の様が滑稽で仕方がないのだ。
「ふふっ。私が何をしに来たのか、それはあなたがよく知っているのでは?」
「さあ、私にはなんのことだか」
「私ね、昨夜イライザ・ミュラーと話したの」
「そうですか」
「彼、あなたのことを吐いたわよ」
「……なっ!?」
ルウェリンは咄嗟に声を上げた。そして同時にリリアンの表情を見て嵌められたことに気づく。
「くっ……。卑怯者がっ!」
「引っかかる方が悪いのよ」
『イライザがあなたのことを吐いた』。その言葉に反応したということは、ルウェリンが彼と協力関係にあるということ。反応してしまった以上、誤魔化せないと悟ったのか、ルウェリンは開き直ったように尊大な態度になった。
「何故私が共犯だと?」
「女の勘よ。イライザ卿が私とジェレミー殿下の婚約を潰そうと画策した事と、貴方たち皇后宮の侍女が私たちの婚約に不満を漏らし、周囲の反応を煽った事。もしかしたら両者の目的は同じなのではないかなーと思って」
「さすがね」
「認めるの?ならこの間の温室でのこともわざとかしら」
「ええ。もし殿下が自分は不義の子だということを再認識して、あなたの相手に相応しくないと自分で身を引けばそれでいいし、逆にあなたが穢れた血筋の者に触れられたくはないと婚約を破棄すればそれでも良いと思っていたわ。まあ、変わり者のあなたに効果はないとは思っていたけれど、一応ね」
ルウェリンはそう言うとケラケラと笑った。
そんなことのために無理やりに主人を連れ出し、ジェレミーと鉢合わせさせ、二人の心を傷つけたのか。
そう思うと内側から湧き出る怒りが抑えきれない。リリアンはギュッと拳を握った。
「……一応確認するけど、私とジェレミーの仲を引き裂こうとしたのは、あなたたちがジェレミーの瞳にかけた黒魔法を浄化されないようにするためで合ってる?」
「少し違うけれどほぼ正解ね。あれは黒魔法ではないけれど、この国の魔法でもないから瘴気を浴びているらしいわ」
「どこの国の……」
「どこの国?エルデンブルクだったかしら。詳しくは知らないわ」
「エルデンブルク……」
「まったく、あなたの浄化魔法は厄介ね。あなたが彼の婚約者となったと聞いて、イライザには急遽予定を変更してこちらに戻ってもらったのに結局邪魔されるし、本当に最悪」
「……あなたたちの目的は何?」
「それはこちらのセリフだわ」
「どういう意味よ」
「私たちの目的にあなたは一ミリも関係ないのよ。ヨハネス殿下と婚約していれば、あなたは幸せに暮らせたのに」
「……は?」
「ねえ、お願いだから邪魔をしないでくれないかしら。イライザは愛のために仕方なくこういうことをしているのよ」
「愛?」
「そう、愛よ。愛する者同士は結ばれるべきでしょう?それなのに、世界は残酷ね」
「あなた、何の話をしているの?」
「……本当はこの宮の主人は私となるはずだったって話よ」
「へぇ……。それは興味深いお話ね」
皇后になるのは自分だったはずだとこの女はそう言っている。想像以上に傲慢な主張にリリアンは顔を引き攣らせた。




