51:尋問(2)
地下牢から地上に出たリリアンは早足で歩き出した。
月明かりに照らされた静かな石畳の回廊に軍靴の足音が響く。
「クライン卿。すぐにジェレミー殿下の元へ行きなさい」
「え、僕は殿下からあなた様の護衛を申し付けられているのですが……」
「自分の身くらい自分で守れるわ。それよりも殿下のお体を確かめることの方が大切よ」
「と、いいますと?」
「……イライザが言っていたでしょう?瞳の色なんて魔法でどうとでもできると」
確かに、幻覚魔法を使えば瞳の色を違う色に見せることは可能だ。けれどそれをするには常時魔法を使用し続ける必要がある。普通の魔法師ですら長時間の魔法の使用はエネルギー切れを起こす危険があるのに、魔力保有量が少ないジェレミーがそれをするなんて不可能だ。
つまりもし仮にジェレミーの瞳が何かの魔法によって変えられていたのならば、それはただの幻覚魔法ではないということ。
「常時魔法を使い続ける方法はただ一つ、黒魔法に頼ることよ。生贄があれば不可能なことも可能にできるのが黒魔法だもの」
「……まさか、イライザはジェレミー殿下に黒魔法を使ったと?」
「わからない。でももしそうだとしたら色々と辻褄が合うのよ」
イライザが吐いた『ヨハネスと婚約していればよかったのに』という恨み言は、リリアンがジェレミーの側にいると都合が悪いということ。
彼の目的のためにリリアンがジェレミーのそばにいるのは好ましくないということ。
そしてリリアンが得意とするのは黒魔法とは相性最悪な浄化魔法。
「……私の浄化魔法で殿下の瞳の色が変わった事を考えると、この推測はほぼ間違いなくあたっているわ」
だからイライザはジェレミーとリリアンの仲を引き裂こうと画策したのだ。自身の悪事を暴かれないようにするためだけに、周囲の目とヨハネスの善意とジェレミーの劣等感を利用して。
……それをよりにもよって、リリアンの大切で大好きな幼馴染ベルンハルトの姿で。
「クソ……っ!」
領地に帰るといつも無愛想な顔で、けれど必ず到着時に出迎えてくれたベルンハルトの姿を思い出したリリアンは舌を鳴らした。
「ハイネ嬢……」
「もしジェレミー本人も預かり知らぬところで何かされているのなら危険だわ。だから……」
「……早いこと確かめないと、ですね」
リリアンの説明にキースは顔を顰めた。自分から使用したわけでなくとも、黒魔法の力を享受した者には等しく罰が与えられる。きっとジェレミーが気が付いていないだけで、彼の体も少しずつ瘴気に蝕まれている。
キースは自身の頬を叩き、気合いを入れた。
「最速で殿下の元へ向かいます」
「お願い。……あ、でもジェレミーには地下で見聞きしたことは言わないで」
「え?でも……」
「確信が持てないことで悩ませたくはないわ。全てに確信が持てたら私から皆に伝えます。とりあえず、魔塔の医師を同行させているはずだからその人の健診を受けろと伝えて。『リリアン・ハイネがそうして欲しいと言っていた』とでも言えば素直に聞くでしょ?」
「ははっ。殿下の転がし方を心得てますね」
「まあね。あと、もう一つ。マクレーン伯爵領を調べるようにとも伝えて。その話をした時の彼の反応が不自然だったから、何がある可能性が高い」
「承知しました。ハイネ嬢はこれからどうなさるのですか?」
「私は夜が明けたら皇后宮へ謁見要請を出すわ。確かめたい事があるの」
そう言うと、リリアンは手に持っていた紫のローブを羽織ってみせた。
それは魔法師の中でも一握りの人間しか着ることの許されない最上級魔法師であることの証。
(ヨハネス殿下と婚約して以降、昇進試験を受けていないはずだから、ライセンスは中級だったはずだけど……、ほんとこの人は怖いな)
キースはヨハネスの婚約者として出会った頃リリアンの姿を思い出し、身震いした。あの頃はふわふわとしたお嬢様にしか見えなかったのに。本人は意識していないのだろうが、猫被りもいいところだ。
「い、いつ試験を?」
「昨日よ。持っていると何かと便利かと思って、ダメ元で魔法師長様に欲しいってお願いしたの。で、無詠唱魔法を披露したら試験なしでもくれたわ。こういうのは言ってみるものね」
「……は、ははっ」
無詠唱なんて見せられたら誰だって認めざるを得ない。キースは苦笑するしかなかった。
「あまり無茶はしないでくださいよ?それ持ってたら何をしてもお咎めなし、というわけではないんですから」
「わかってるわよ。では、殿下のことをよろしく。クライン卿」
「お任せください!」
キースは深々と頭を下げ、ジェレミーの元へと走った。




