50:尋問(1)
会議から数日が経過したとある夜、皇宮の地下牢へと足を運んだリリアンは鉄格子の向こう側で無様な姿と成り果てたかつての英雄の姿を見た。
浄化により完全に黒魔法が解かれた彼の顔は半分が焼け爛れ、眼窩は窪み、全身には隠しきれないほどの瘴気が蔦が這うように纏わりついている。
医師の所見では持って三ヶ月といったところらしい。
「ごきげんよう、イライザ卿。あなたが近衛をお辞めになって以来ですわね」
リリアンは鉄格子の前に立ち、軍服姿のまま淑女らしく一礼した。イライザは彼女の姿を目にし、眉根を寄せた。彼女の微笑みが大層不快だったのだろう。
「…….何の用かな?ハイネ公爵令嬢」
「お加減はいかがかと思いまして。ついつい手加減を忘れてしまったものですから」
「あまり年寄りを痛ぶるものじゃないよ。君のせいであちこち痛い」
「それは申し訳ございません。けれど卿がいけませんのよ?私の愛しの婚約者を害そうとなさるんだもの」
リリアンは童女のようにコロコロと笑う。物々しい地下牢には不釣り合いな姿がとても不気味に感じたのか、イライザは柄にもなく身震いした。
これだからハイネ家の人間は嫌いだ。
「ねえ、イライザ卿。晴れて第1級犯罪者となった気分がいかがですか?」
「それは嫌味かい?」
「いやですわ、純粋な興味です。陛下からの信頼も厚く、騎士を目指す帝国中の男子の憧れでもある卿がここまで落ちぶれて何を思うのか。誰だって気になるでしょう?」
「……見ての通りさ。おかげさまで最悪な気分だよ。悔しくて涙が出そうだ」
「おかげさま?まるで私のせいでこうなっているような口振りですわね?」
「君のせいだろう。ずっとヨハネス殿下の婚約者をしていれば良いものを、余計なことをしてくれたね。おかげで予定が狂ってしまった。君が邪魔をしなければ僕は彼女を助け出す英雄となれていたのに」
「……まあひどい。卿は私とジェレミー殿下の婚約を認めてはくださいませんの?」
「当然だろう!」
「何故です?」
「何故って……」
「だって、私と殿下の婚約にあなたは関係ないでしょう?」
「それは……、あの不義の子が幸せな結婚をするなど、ク……、皇后陛下のことを思えば許し難いからに決まっているではないか!」
イライザは不自然に声を荒げた。彼の怒鳴り声が地下牢に響く。それはジェレミーとの婚約後、皇后の侍女たちに言われたセリフと全く同じもの。リリアンは小さく息を吐き、「それは残念です」と返した。
「さてと、ではそろそろ本題に入りましょうか」
パンッと手を叩き、ここから先は大事な話をしたいからと監視の兵を下がらせる。するとイライザは何故か苛立ったように顔を顰めた。
「……君は僕を甘く見ているようだ」
「ん?どういう意味ですか?」
「兵を下がらせて大丈夫かい?どうなっても知らないよ?」
「ああ、馬鹿にされていると感じたのですね。そんなつもりはありませんわ。ただ……、ふふっ。今のあなたに何が出来るというの?」
無駄なプライドだけは今も尚、持ち合わせているらしい。リリアンはそんなイライザを鼻で笑った。
それがまた、彼の自尊心を刺激する。
「……なあ、知っているか?対魔法師用に術が施された枷は普通の枷に比べて物理攻撃に弱いんだ。念のためにと用意したものが仇となったね」
イライザはそう言うと力任せに枷の鎖を引きちぎった。砕けた鎖の破片が床に落ち、カランと音を鳴らす。
『どうだ、恐れ入ったか』とでも言いたげにこちらを見て不敵に笑う彼に、リリアンは思わず半眼になった。
力任せに鉄の鎖を引きちぎるとは一体自分はどこのゴリラと対峙しているのだろう。そんなふうに思ってしまう。
「まったく、野蛮ですこと」
リリアンは仕方なく、転がった弾みで鉄格子の隙間から出てきた鎖のカケラを軍靴の先で思い切り蹴り飛ばした。
そのカケラはヒュンと風を切るような音を立て、イライザの頬をかすめ、煉瓦造りの牢の壁に突き刺さる。
イライザは目を大きく見開き、頬から流れる雫にそっと触れた。指先からは少し鉄臭い匂いがした。
「ふふっ。卿はゴリラと人間のハーフなのですか?たしかに、あなた様にこの枷は無意味でしたね」
「……ははは……、そ、そうだろう」
「クライン卿。対ゴリラ用の手枷って持ってる?」
「普通のものならここに……」
「後でつけといて」
「は、はい……」
リリアンがそう指示を出すと彼女の背後からフッとキースが姿を現した。
今まで息を潜めていたのか、それとも元より影が薄いだけなのか。隠密のような彼にイライザは驚いたように目を見開いた。
「……二人きりではなかったのだね、驚いたよ」
「他の男と二人きりになることを私の婚約者は許してくれませんもの」
「嫉妬深いのだね。そっくりだ」
「誰と?」
「……さあ、誰だろうね」
「ちなみにですけど、クライン卿はあのジェレミー殿下が長く側に置く騎士です」
「なるほど、気弱そうに見えても腕は立つと」
「ええ、ですからお気をつけて」
「……そうか。なりすますなら君にすべきだったかな、クライン卿」
全く反省の色が見えないイライザは悔しげに奥歯を鳴らした。
「ベルンハルトになりすましたのは失敗だったと?」
「失敗ではない。ただ、もっと良い選択肢があったことを今知って少し悔しいだけさ」
「ふーん、そう。ところで、ここからが本題なのですが本物のベルンハルトはどこにいるのですか?彼は私の大事な幼馴染なのです」
「どこにもいないよ。死んだ」
「本当に?」
「本当だよ。魔法師の君ならわかるだろう?黒魔法を使われて生きている奴なんていない」
「そうかしら?他人になりすます方法は対象者の体を乗っ取る方法と、自分の体を対象者と同じ外見に作り変える方法があるけれど、あなたが使ったのは後者でしょう?確かに、前者は魂を移し替えるから乗っ取られた対象者は必ず死ぬ。だけど後者なら対象者から情報をコピーするだけで良いから多少魂に傷がついても生存している可能性はゼロではないかと。完璧になりすますためにはそばに置いて仕草や癖を真似る練習も必要だし」
「……詳しいね」
「私の魔法の師匠は父ではなく魔法師長様ですから」
「魔塔出身か」
「ええ。ちなみにですが、昨日より魔塔とジェレミー殿下の合同チームがベルンハルトの捜索が始めました。あなたが最後に目撃されたハイネ領の酒場とハイネの城を中心に、その近くの森の奥深くまで隅々まで捜索してくださるそうです」
「無駄なことを」
「そこにはいないということですか?」
「さあな」
「必要とあらば隣のマクレーン伯爵領の森まで捜索範囲を広げる予定だとおっしゃっていました」
「…….あそこはグレイス侯爵夫人の故郷だろう?下手に手を出せば殿下の立場が悪くなるのでは?」
「皇室の権限を使うそうなので伯爵も拒否はできないかと」
「半端者の分際で皇室の権限を使うのか」
「皇族なのだから当然では?」
「瞳の色が変わろうとも彼が不義の子であることに変わりはない。瞳の色なんて魔法でどうとでもできるんだから、あの群青が彼自身の色とは限らないだろ?」
「…………へぇ、そう」
イライザの言葉にリリアンはギュッと強く拳を握った。爪が食い込み、手のひらから薄らと血が流れるほどに強く。
「フッ、何をそんなに怒ることがある?事実だろう?」
「……ねえ、ずっと不思議だったのだけど、何故皇后陛下に近いし人間ほどジェレミーを不義の子だと言い張るの?」
ジェレミーを不義の子だと主張することは即ち、主人が姦通したことを認めるということ。
それなのに皇后の元護衛であるイライザも、皇后の侍女たちもみんな、彼女の味方のふりをしてジェレミーを不義の子だと言う。リリアンはそれがずっと不思議でならなかった。
最初こそ、教会や貴族たちからの攻撃の矛先を皇后ではなくジェレミーに向けるためなのだと思っていたが、もしやそうではないのだろうか。そんな事を考えてしまう。
「ジェレミーが不義の子である方が都合がいいからそんな事を言うの?それとも、確信できるだけの何かがあなたにはあるの?」
リリアンがそう問うと、イライザは怪しく口角を上げた。
「ああ。あるよ」




