48:神聖な会議室(2)
「閣下、ここでするお話ではないかと。皆さまお困りですわ」
熱くなりすぎている父を宥め、リリアンは辺りを見渡す。皇帝派の貴族たちはリリアンの口出しに安堵したような表情を浮かべた。
こういう時に穏やかなリリアンがそばにいてくれるのは心強い。
「……はあ、仕方がないな」
怒りがおさまらないハイネ公爵だが、娘がわざわざ部下として進言してくるのならば仕方がない。部下の言葉には耳を傾ける上司でいたい彼は、内圧下げるようにゆっくりと息を吐いた。
「関係のない話で盛り上がってしまったな。失敬」
ニコッと笑みを貼り付けた公爵。無言の圧力を感じるその笑みがまだ怖い。
リリアンはもう少し愛想よく微笑むことができぬものかと思いつつも、とりあえず安堵した。
しかし、せっかくの休戦の提案を蹴るのが枢機卿団の得意とするところなわけで。
神に仕えるおバカな集団はこりもせず、また口を開いた。
「しかしながら、公女様もご苦労が絶えませんな」
「……どういう意味でしょう?苦労などしておりませんが」
「いやいや、ご苦労されていらっしゃるでしょう?ヨハネス殿下との婚姻目前で、婚約を解消させられた上に次に当てがわれたのが彼では、ねえ?」
「本当にお気の毒です」
「お可哀想に」
エイドリアンを筆頭に枢機卿たちが顔を見合わせ、うんうんと頷き合う。グレイス侯爵はリリアンを憐れむようにフッと嫌味な笑み浮かべた。
リリアンを逆上させるためにわざとそうしているのか、それともただただ頭が悪いのかどちらだろう。
いや、どちらにせよ不愉快極まりない。リリアンは口元を押さえて優雅に笑った。
「あら、いやですわ。お気の毒ですって?おかしなことをおっしゃいますのね。私はあの方の妻となれることをこの上ない幸せに感じておりますのに」
「……さすがはハイネ公爵閣下のご息女。海のように広いお心をお持ちで」
「あなたのようなお方が皇后となられたら、この国はさらに発展できたでしょうに」
「皇帝陛下はまだ後継者を指名されておりませんが」
「指名も何も、後継者はヨハネス殿下以外いらっしゃいませんよ」
「まあ、不穏当な発言ですわね。いつから教会が皇室の後継者問題に口を挟めるようになったのかしら」
「我々あってこその帝国ですよ」
「あら、帝国あっての教会でもありますわ。…………枢機卿は先程、私の心が広いとおっしゃいましたが、私は今、うっかり手袋を外してしまいそうになるくらいには導火線が短いタイプですよ?」
そう言いながら、真顔で真っ白な手袋に手をかけるリリアン。それはつまり、これ以上下手な発言をするなら決闘を申し込むぞと言っている。
グレイス侯爵はリリアンの行動にギョッとしたのか、目を泳がせているが、噂程度にしかリリアンの実力を知らない枢機卿たちは小娘が何をいうかと鼻で笑う。
どうやらこれはまずいと青ざめる魔法師たちの顔が見えていないらしい。
「ははっ。押し付けられただけの婚約者のために決闘までしようとなさるとは、やはりお優しい。涙が出そうです」
「……ふふっ、そうですか。私は今ほど、自分が騎士でなく魔法師であることに感謝したことはありませんわ」
まるで挑発するかのような彼らにリリアンは青筋を立てた。騎士ではない彼女には私闘禁止の規律は適用されない。
父を宥めたはずのリリアンまでもが怒り出した会議室は何とも言えない緊張感に包まれる。
この娘、使えるのは浄化魔法だけではない。あくまても得意分野がそちらだというだけで、本気を出せばこの城を吹き飛ばすくらいの攻撃魔法だって使える。
キースは口を挟むべきかと慌てた。
すると、呆れたようなため息と共に扉が開いた。上等な黒のマントを羽織った皇帝と二人の皇子が入室する。
ヨハネスは枢機卿たちを見て鼻で笑い、珍しくメガネをかけたジェレミーは俯きながらも、こっそりとリリアンにウインクした。
「その辺でやめておけ。本当に泣くことになるぞ」
「ヨハネス殿下……!」
「前線を離れて長いのに、力は衰えておらぬのか。お前の婚約者は素晴らしいな、ジェレミー」
「いつの間にか無詠唱を習得していて驚きました」
「ははっ、さすかだな。貴殿らの内に潜む闇も浄化してもらったらどうだ?」
「は、ははは……」
いつから聞いていたのかはわからないが、外に漏れるほど大きな声でジェレミーを侮辱していたことに腹を立てているのだろう。
さすがに皇帝のいる前でジェレミーを批判するようなことはできないのか、枢機卿たちは愛想笑いを浮かべつつも冷や汗が止まらない。
「急な招集で苛立つのも無理はないが、言葉には気をつけたまえ。神に仕える身なら尚のこと」
「も、申し訳ございません……」
なんて言ってはいるが、本当に心からの言葉でないのは顔を見ればわかる。不服そうに歪められた枢機卿の表情にリリアンは小さく舌を鳴らした。
「では本題に入ろう。クライン卿が説明してくれるのだろう?」
「は、はい!」
ここまで息が詰まるような思いだったキースは、皇帝の優しい微笑みにホッと胸を撫で下ろした。




