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【完結】狂愛の騎士は兄の婚約者を所望する  作者: 七瀬菜々


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46:顔を剥ぐ(2)

 それはほぼ直感に近かった。

 リリアンはタンッと軽やかに地面を蹴るとすぐに加速し、ベルンハルトの顔面を掴んで地面に叩きつけた。

 そして彼に馬乗りになると、先程のジェレミーとの痴話喧嘩の時のようにその顔面に浄化の魔法を浴びせた。

 顔面の皮膚が無理やり剥がされるような痛みが彼を襲う。ベルンハルトは絶叫した。

 だがリリアンは真顔で彼の全てを浄化する。

 反撃しようと伸ばされた手にも容赦なく魔力の塊を投げつけた。殺気立っているために威力が増しているのか、今度は骨が折れたような音がした。嫌な音だ。

 徐々に姿を変えるベルンハルトと、その怪しげな男にまたがり無慈悲に浄化し続ける噂の皇子妃。

 周囲はその光景を呆然と眺めていた。


「ダニエル・ミュラー」

「は、はい……」

「これは貴方の叔父で間違いありませんか?」


 リリアンは痛みで気絶したのか、大人しくなったベルンハルトだった男の胸ぐらを掴み無理やり体を起こさせると、冷たい声色でダニエルに確認させた。

 ダニエルは見せられた男の顔面をみて、息を呑む。

 彼が叔父を最後に見たのは数年前のこと。その時からかなり痩せたように見えるし、人相も戦争帰りの軍人のような鋭さがあるが、それでも見間違えるわけがない。 

 自分と似た相貌の、赤髪と金色の瞳の、憧れてやまなかったこの男を。


「間違い、ありません……。イライザ・ミュラーです」


 そう言ったダニエルの声は少し震えていた。

 この状況がいまいち読み込めない。何が起こっているのだろう。

 他人の姿を装うなど、物理的に不可能だ。それなのに、ベルンハルトの皮をかぶっていたイライザ・ミュラーが目の前にいる。


「これは、一体、どういうことなのでしょう……」

「……さあ?あとで本人に聞いて」


 リリアンは困惑した様子のダニエルを気遣う事もなく、医務室から戻ってきたキースを呼んだ。そして彼に手枷をつけるよう促す。


「クライン卿はこの者をミュラー卿と共に騎士団の屯所に連行して。彼から魔力の反応はありませんが、くれぐれも油断せぬよう、注意してください。そして屯所に着き次第、ミュラー家門の人間の拘束を要求してください。禁術使用の疑いがあると言えばすぐに動いてくれるはずです」

「はっ!」 

「ミュラー卿はそのまま屯所にて待機を。身内が犯罪に関わっている可能性がある以上、自由にさせてはおけません。わかりますね?」

「……はい」


 キースは支持に従い、ダニエルと共にイライザを騎士団に連行した。


「リリアン、これは一体どういう……」

「……おそらく、黒魔法です。浄化の魔力で苦しんだということは即ち瘴気を纏っていたということですから」


 黒魔法は少しの魔力と複数人の生贄があれば誰でも使うことができるが、使えば最後。生贄にされた人間の怨念が瘴気となり、その身を蝕まむ。そして最終的には精神と体がボロボロになる邪悪な魔法。 

 帝国では使用が禁じられており、使用者や使用に加担した者には重い罰が下される。

 リリアンは汚れたドレスの裾を払うと、ヒールの踵を揃え、軍人らしく二人の皇子に向かって敬礼した。


「ヨハネス殿下。本件について直接陛下にご報告いたしたく存じます。謁見の許可をお願いします」

「……わかった。すぐに場を整えよう。ハイネ公爵は呼ぶか?」

「閣下には私から連絡します。ついでに魔塔へも連絡し、術者の招集と禁術書の所在確認を急ぎ行います」

「わかった。では詳しい話は皆が集まってから、ということで」

「よろしくお願いします。あと、申し訳ございませんが、ミュラー家門の人間の一時的な拘束についてもお願い致したく」

「まかせろ」

「それと……、もう一つ願いが……」


 突然声を詰まらせたリリアンにヨハネスもジェレミーも首を傾げた。

 リリアンはぐっと唇を噛み、深呼吸してから言葉を紡ぐ。


「もし、可能なら……、本物のベルンハルト・シュナイダーの捜索を、お願いします……」


 リリアンの声が少し震えていた。ジェレミーは彼女の様子を見てハッとした。


 ベルンハルトが領地を出て首都に向かったことは領地の屋敷の全員が知っている。

 そして彼は複数人の使用人とともに首都に入ったあと、公爵邸を訪れており、その時に母親のシュナイダー夫人や公爵とは面会した。その後すぐに騎士団の試験を受けて合格。以降は騎士団の宿舎にいた。

 つまり、本物のベルンハルトとイライザが入れ替わったとするならば、それは首都に入る前のこと。おそらくは……


(リリアンに見せてもらった手紙の筆跡が変化していたのは、1年ほど前のものからだ)


 ベルンハルトが消息を絶ったのは1年以上も前の可能性がある。

 ここにいるのがベルンハルトでないのなら、彼が生きているかどうかも怪しい。

 

「……すぐに手配しよう」

「ありがとうございます」


 リリアンは深々と頭を下げた。彼女にとってはもう一人の大事な幼馴染。卑屈だが優しく、頼りないけど努力家で、少し手のかかる大切な男の子。


「ベルン……」


 どうか生きていて。





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