39:オリビア・グレイスの失態
ピンクブロンドの縦ロールが特徴的な令嬢オリビア・グレイスは帰る間際、リリアンが呼んでいると第二皇子の側近キースに声をかけられた。
帰り際に呼び止めるなど、無礼極まりないと思いつつも、相手は一応皇子妃になる存在。格上である以上無視はできない。
面倒臭いと思いつつも、オリビアはキースの後についていくことにした。
(……なんだか陰気な雰囲気。いやですわ)
この第二皇子の宮は城の中にある他の宮とは違って非常にシンプルだ。特に調度品などがあるわけでもなく、廊下の窓から見える庭は手入れがあまり必要のない植物で彩られていために味気ない。
これもオープンな第一皇子とは違い、第二皇子が社交のために夜会を開いたりしない人物であるせいなのだが、その事情を把握していてもオリビアはかなり不快な気分だった。
(先ほどの光景についてお話されたいんでしょうけれど、わざわざこんなところに呼び出すなんて、リリアン様は私を馬鹿にしていらっしゃるのかしら)
窓のサンに積もった埃を見て、オリビアは眉を顰める。どうせお茶を飲みながら話すのなら、こんな手入れが行き届いていない場所ではなく、城近くの新しくできたカフェでお茶をする方がよかった。
「クライン卿、もう少し宮の手入れをした方がよろしいわ」
「……はい。申し訳ございません」
「この埃は貴方の主人が軽視されていることを表していますのよ?」
オリビアはそういうと、窓のサンの誇りを指で取り、それに息を吹きかける。誇りはハラハラと宙を舞った。
まるで王道ロマンス小説に出てくる悪役の継母だ。キースは面倒臭いなと思いつつも、適当に謝った。
「さあ、グレイス嬢。こちらです」
「ええ、どうも」
「ハイネ嬢から2人きりで話がしたいと命じられておりますので、自分は扉前に待機しております。御用の際は何なりとお申し付けください」
「わかったわ、ご苦労」
オリビアはキースに案内された部屋の扉の前に立ち、ゆっくりと大きく息を吸い込んだ。
そして背筋を伸ばして姿勢を正し、ドアノブに手をかけると勢いよく扉を開けた。
「ご機嫌よう!リリアン様!お久しぶりですわね!お元気で!?」
緊張のせいか、力みすぎたオリビアは令嬢としてあまりよろしくない声のボリュームで元気よく挨拶した。
自分でもやってしまったと思う。由緒正しきグレイス家の令嬢として、この挨拶は相応しくない。オリビアに恥ずかしさのあまり、カアッと頬を好調させた。
そんな彼女が可愛らしく見えたリリアンは、思わず笑みをこぼした。
「ふふっ。ご機嫌よう、オリビア様。私は変わりなく過ごしております。オリビア様は……、今日もお元気そうですわね」
「わ、わたくし、これでも健康には気を使っておりますもの!ところで、こんなところまで呼び出して、一体なんの用ですの!?」
「実はオリビア様と折り入ってご相談したいことがございまして……。急に呼び出して申し訳ありません」
「いいえ!ちょうど用事も済んだところでしたので問題ございませんわ!」
「そうですか。それならよかったです。よろしければこちらにどうぞ」
リリアンは恥の感情からか、怒っているのかと思うくらいに語尾が強くなるオリビアをバルコニーに案内すると、彼女のために椅子を引いた。オリビアはそっけない態度をとりつつも、大人しくそこに座る。
目の前のテーブルにはオリビアが好きな色とりどりの可愛らしいマカロンとフルーツティーが並んでいた。
「わぁ……かわいい……」
あまりにも自分好みのテーブルにオリビアは感嘆の息を漏らす。
目をキラキラと輝かせるその姿は、18歳にしては少し幼くも見えた。
リリアンは思わず、小動物を愛でるような視線を彼女に向ける。
「よろしければどうぞ、遠慮せずに召し上がってください」
「わーいっ!いただきますですわっ!」
「どうでしょう?美味しいですか?」
「はい!とっても美味しくて、幸せで…………はっ!」
リリアンの愛溢れる視線にハッとしたオリビアは、ようやく自分の素の姿が表に出ていることに気づいた。
意図せず、政敵相手に醜態を晒し続けている。これは大変よろしくない。
オリビアは急いでマカロンを飲み込むと、しれっとした顔で口元を拭き、緩み切った顔をキリッとした令嬢の顔に修正した。
「し、失礼致しましたわ」
「もっと召し上がっていただいてもよろしいのですよ?」
「いいえ。私はこのくらいで大丈夫ですわ」
「そうですか」
必死に顔を取り繕うも、口元のニヤケが治らないオリビアに、リリアンは吹き出してしまいそうになるのを必死に押さえた。
オリビアはなんとか威厳を保とうと、咳払いをして話題を変える。
「それよりもリリアン様!」
「はい、オリビア様」
「よく、このわたくしを呼び出せたものですわね!?わたくしがお茶会にご招待しても最近は全くと言って良いほどお越しくださらないのに、ご自分は都合の良い時に呼び立てて、一体どういうおつもりなのかしら!?」
「それについては本当に申し訳なく思っております。ですが、最近色々と忙しく……」
「存じ上げておりますわ!婚約のことでお忙しいのでしょう!?」
「はい、その通りで……」
「けれど、あまり根を詰めてはお体に触りますわ!たまにはお茶会に参加して息抜きをすることも必要かと存じますの!」
「あの……申し訳ありま……」
「別に怒っているわけではないので謝らないでくださいまし!」
「いや、めちゃくちゃ怒って……」
「だから、別に怒ってなどいませんわ!わたくしは貴女がお茶会に来なくてもこれっぽっちも寂しくなんてありませんもの!だって、わたくしはリリアン様のことなど何とも思っておりませんから?貴女に誘いを断られたくらいで怒りませんわ!!」
「……えぇ……怒ってるじゃん……。ごめんって……」
リリアンの言葉を遮るように、言葉を被せてくるオリビア。
怒っていないと言いつつも、頬を膨らませてそっぽ向くオリビアの姿はどこからどう見ても怒っている。
ジェレミーとのことで一杯一杯だった彼女は、『そういえば、最近ちゃんと社交していなかったな』と少し反省した。
「……本当にごめんなさい。けれど、もう婚約のことも落ち着いたから、よければまたお誘いいただけると嬉しいです。次こそは必ず出席いたしますわ」
「……絶対ですよ?」
「ええ、絶対です。約束いたしますわ」
「では許しますわっ!」
「ありがとうございます」
口を尖らせ、上目遣いでこちらを見てくるオリビアは大変可愛らしい。
リリアンは自分のお皿にあったマカロンを一つ、彼女のお皿に移すと薄く目を細めた。
「それで、今回お呼びした件なんですけど……」
「わかっておりますわ、ジェレミー殿下とのことでしょう?」
「ええ、そうです。先ほどオリビア様たちが見た光景は、その、少し誤解があると言いますか……」
「それならご安心ください!すでにお母様にも、皇后陛下の侍女であるご婦人たちにも、それから今日お会いしたご令嬢たちにもしっかりと事情を話しておきましたから!」
「まだ何も言ってませんが……。事情?」
嫌な予感がする。リリアンはゴクリの唾を飲み込んだ。
「はい!ヨハネス殿下とリリアン様は、まだ互いを思い合っていらっしゃるというお話をしましたわ!」
オリビアは自分の胸を叩き、自信あふれる態度でそう言い切った。
最悪だ。




