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【完結】狂愛の騎士は兄の婚約者を所望する  作者: 七瀬菜々


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38:一番幸せな日

「……えーっと?」


 大きな物音に驚き、慌てて戻ってきたキースは、少しだけ開けたドアの隙間から中を覗き見た。

 彼の目に映るのは、何故か敵襲があったのかと思うほどに荒れた室内と、その部屋の雰囲気とは打って変わり、幸せそうにイチャイチャラブラブしている主君とその婚約者。


「……カオスっ!」


 疑問しかないキースは思わず叫んでしまった。部屋に反響する自分の声で、またやってしまったと気づいた彼はすぐに手で口を塞ぐ。

 しかし誤魔化せるわけもなく、扉の方を振り返ったジェレミーと目があった。キースはブンッと風を切るような音が立つくらいに勢いよく顔を逸らす。

 主人と婚約者の良い感じの場面を邪魔するのはこれで何度目だろうか。そろそろ死刑かもしれない。

 キースが怯えながら再びジェレミーの方を見ると、彼は何故か気持ち悪いほどの満面の笑みで口を開いた。


「やあ、キース・クライン。今日はとてもよい日だね」

「……怖い。何ですか、その笑顔。怖いです」


 キースは自分の身を守るように自身の肩を抱き、一歩二歩と後ずさる。

 もういっそ逃げ出してしまいたい。


「何故後ずさる?」

「生物としての防衛本能が逃げろと言っていますので……」

「ふむ。今日はとても気分が良いので、お前のその無礼な態度は許してやろう」

「え?優しい?……怖い」

「……お前の防衛本能はメンテナンスが必要みたいだな。まあ、いい。そんなことよりもだ。キース、ベルンハルト・シュナイダーをここに連れてきなさい」


 ジェレミーはリリアンの髪を愛おしそうにいじりながら、少し冷たい声色で疑惑の人物の名を口にした。


「……シュナイダー卿を、ですか」

「そうだ」

「つ、連れてきて、その……、何をするんですか」

「ん?ちょっと大事な話があってな?」

「……殿下?だめですよ?彼が何かしたと決まったわけではありません。それに彼はあのイライザの推薦です。下手に手出しは……」


 不敵に笑うジェレミーに、キースは窘めるような口調で進言した。

 彼はイライザの弟子で、ヨハネスが採用し、ヨハネスの善意でジェレミーの元に送られた人間だ。確たる証拠もないのに咎めることはできないのだと。

 しかし、ジェレミーはそれを理解した上で言っているのだと返す。


「……ぼ、僕にどうしろと?」

「だから、お前は奴を捕まえてくるだけで良い。あとは俺がころ……彼と話をして、適切な処分を下す」

「今、殺すって言おうとしましたね?問答無用で殺すつもりですよね?本当にだめですよ?」


 目が本気だ。冗談で言っていない。

 キースは彼の腕の中で大人しくしていたリリアンに、視線で助けを求めた。

 リリアンは呆れたように小さく息を吐き、ジェレミーの手を握る。


「そうよ、ジェレミー。ベルンをどうこうする前に、もっとやるべきことがあるわ」

「やるべきこと?」

「オリビア・グレイス嬢の口止めよ。さっき見た事を口外しないように、早めに口止めしとかなくちゃ。彼女の口は空気より軽いのよ?」


 先程の出来事を目撃したオリビア・グレイスとその愉快な仲間たちは社交界きっての噂好きの女性たちで、昔はヨハネスの婚約者の座を狙ってリリアンの悪い噂を流したりしたこともある人物。

 しかも交友関係は幅広く、その真相を確かめずに聞いた話を誰彼構わず言いふらすほどに口の軽い令嬢達だ。

 だからオリビアの口止めは早めにしておかないといけないのだと、リリアンは困ったように笑った。

 それを聞いたキースは、オリビアが第一皇子の婚約者にならなくてよかったと心底安堵した。そんな口の軽い皇子妃は、きっといつか国を滅ぼすだろう。


「オリビア嬢ならおそらくお父上の仕事場に顔を出しに来たのでしょう。連れてきますか?」

「そうね。都合がつきそうならこの宮の応接室に来るよう伝えてくれないかしら」

「かしこまりました」


 リリアンから指示を受けたキースは『すぐに準備します』と彼女に軽く会釈すると急いで部屋を出た。

 

「さてと、リリアン」

「な、何?」

「邪魔者は消えたけど、どうする?」

「ど、どうする……とは?」

「続き、する?」


 ジェレミーはリリアンの唇に触れるか触れないかと距離で、ニヤリと口角を上げた。

 ()()とは、おそらく真昼間からすることではないことをしようという意味だ。

 冷静さを取り戻したリリアンは、「きゃーっ」と悲鳴をあげて彼を突き飛ばし、入口の方へと走った。


「わ、私、オリビア嬢をもてなす準備をしてくるっ!」

「あ、待って。リリー」


 ひどく優しい声色で呼び止められたリリアンは、ドアノブに手をかけて振り返った。

 すると、ジェレミーが本当に愛おしそうにこちらを見ていた。

 その微笑みが、眼差しが、あまりにも自分のことを好きだと言っているせいか、リリアンの体温はさらに上昇する。


「な、何?」

「好きだよ」

「………っ!?」

「大好き」

「い、言わなくても知ってるから!」

「知られてても言いたいんだよ。愛してるよ、リリー」

「んんーっ!」

「ねえ、リリー。リリーは?」

「そ、それは……」

「俺のこと、好き?」

「……」

「………」

「ねぇ……」

「わ、私もよっ!!私も大好きよ!馬鹿っ!」


 耐えきれなったリリアンは大きな音を立てて扉を閉めた。

 パタパタと可愛らしい足音が遠ざかる。

 ジェレミーはベッドに飛び込むと、枕を抱きしめて身悶えた。


「ああ、なんて幸せな日なんだろう」

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