27:ジェレミーと母親(3)
皇帝アルヴィンと隣国から嫁いできた皇后クレアはまごう事なき政略結婚ではあったが、それを感じさせないほど仲睦まじい夫婦だった。どんな時も互いに尊重し合う姿は国民の憧れの的であり、ヨハネスもそんな両親が自慢だった。
仲の良い夫婦とその二人に愛される皇子。まさに理想的な家族だった。
そんな彼らの生活に変化が訪れ始めたのは、皇后の二度目の妊娠が発覚する少し前の頃からだ。彼女の情緒はなぜか不安定になり始めた。
何があったのかは誰にもわからない。ただ、ある日を境に、夫の顔を見ると『あなたは偽物ですか?』と尋ねるようになり、『本物だ』と答えると泣き出すようになった。
当初は、それからしばらくして二人目の妊娠が発覚したこともあり、妊娠による体調の変化で不安定になっているだけだと思われた。
だが、段々とそうでないことがわかりはじめる。 皇后は妊娠を拒絶したのだ。
わざと階段から落ちてみたり、自分の腹を殴ったり……。すべて護衛のイライザ・ミュラーのおかげで難を逃れたが、助けられるたびに彼女はこの子は生まれてはダメなのだと泣いた。
このままでは子供が生まれる前に妻が死んでしまうも知れない。そう思った皇帝は堕胎することを考えた。だが勿論のこと教会は堕胎を許さず、仕方なく皇后は出産までの期間を南の離宮で静養することに決まった。
景色の綺麗な海辺の宮殿だ。彼女は信頼できる侍女を数人と護衛のイライザ・ミュラー、そして息子のヨハネスと共に産前産後の一年ほどをそこで過ごすことになった。
そして十月十日、お腹の中で二人目の息子を育てた皇后は無事に出産した。難産の末、生まれてきたのは黒髪の元気な男の子だった。過去に皇帝を取り上げたこともある産婆は、生まれたばかりの赤子を見て父親である皇帝にそっくりだと言った。
しかし、皇后は赤ん坊を拒絶した。おそらく、彼の瞳の色が黄金に輝いていたせいだろう。
この時、周囲の人間は初めて正しく理解した。皇后がおかしくなった、その理由を。
-----皇后を姦通罪で処刑しろ。生まれた不義の子を殺せ
そんな声が教会から上がった。
帝国では皇族の姦通は死刑が常だ。そして不義の子は災いを呼ぶとして、その魂を清めるために教会の聖水の池に生きたまま沈められる。
つまり慣例に乗っ取れば、皇后も2人目の皇子もその時死ぬはずだった。
しかし、皇帝はその慣例には従わなかった。本当に姦通することは物理的に可能なのだろうか、と皇后を擁護したのだ。
皇后の周りには常に侍女がおり、基本的に彼女が一人になる時間は少ない。彼女の就寝中は常に選りすぐりの護衛騎士が目を光らせており、彼らの目を掻い潜って彼女に近づくことのできる男などそういない。だから瞳の色が違うというだけで姦通を疑い、帝国の繁栄に貢献した皇后を亡き者にするのはおかしいとした。
皇帝の決定には逆らえない教会は渋々、毎月教会に通い、身を清めることを条件に第二皇子を皇族として認めることにした。
「もう、何が正解かわかんねーな」
母親を部屋に送り届けたヨハネスは、母の部屋の前で必死に笑顔を作った。
医者の勧めでジェレミーは生まれてすぐ母親から引き離されている。ジェレミーさえ視界に入れなければ、彼女は笑うことができるからだ。
だからずっと、ヨハネスは母の前ではジェレミーの存在を隠してきた。母のためだと自分に言い聞かせながら、ジェレミーを除け者にして父と3人でパーティー出たこともあれば、彼がいない所で食事を楽しんだこともある。
自分たちが笑い合って食卓を囲むその裏でジェレミーがひとり、母の付き人たちから責められ、教会の司祭から不義の子だと罵詈雑言を浴びせられているのを知っていたのに、見て見ぬ振りをした。
最低なことをしているという自覚はある。けれど、心の奥深くで『ジェレミーさえいなければ』と思ってしまう自分がいることも、ヨハネスは自覚していた。
だから、罪滅ぼしのように、ただ弟を溺愛するそぶりを見せていたのだ。彼は自分にはそれしかできないと思っていたから。
それなのに……。
『もう1人います』
リリアンは堂々と皇后にそう進言した。
今まで守っていた暗黙の了解を破ってまで、ジェレミーの存在を母親に教えた彼女はとても辛そうに見えた。
「あれは本来、私が言うべき言葉だったのにな……」
ヨハネスは自嘲するような笑みを浮かべた。
弟を本気で可愛いと思うのならば、早々に彼の存在を母に認めさせるべきだったのに。
「ダニエル。リリアンとジェレミーは?」
「……ジェレミー殿下は執務室です。ハイネ嬢は先ほど帰られました」
「そうか」
「あの、ジェレミー殿下については特に心配はないと、先ほどクライン卿から連絡がありましたので……」
「心配はないって?」
「はい」
「……まあ、そうだろうな。リリアンがそばにいたんだから」
リリアンはジェレミーを笑顔にできる数少ない人物だ。
ヨハネスはやはり彼女を弟の婚約者にできてよかったと笑った。
その笑顔に隠された複雑な感情をダニエルが理解することはできない。
「陛下のところに報告へ行こう」
「はい……」
ヨハネスは先ほどの出来事を皇帝の元に報告に行った。




