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【完結】狂愛の騎士は兄の婚約者を所望する  作者: 七瀬菜々


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18:重い想い(2)

「気持ち悪いですか?兄上」

「まあ、正直に言うのなら」

「そこは『そんなことないよ』と言うところです」

「いや、言えんだろう」


 こんなものを見せられて、『そんなことないよ!』と言えるやつがいたとしたら、それはもう聖人だ。

 残念ながら、ヨハネスは普通に煩悩まみれの凡人なので、そんなことは嘘でも言えない。


「リリアンは?」

「先ほど門まで送りました」

「そうか……」

「……」

「……」


 沈黙が気まずい。

 リリアンとどんな話をしたのか。リリアンの反応はどうだったのか。気になるのに聞いて良いのかわからない。

 そんな兄の複雑な心情を察したのか、ジェレミーはクスッと笑みを浮かべて話し始めた。


「兄上。リリアンは俺を好きになる努力をしてくれるそうです」

「….…好きになる努力? 努力だけなのか?」

「そうですね。好きになれるかどうかはわからないとは言ってました」

「ほ、ほう。そうか……」


 ヨハネスは怪訝な顔でジッと弟を見つめる。

 リリアンはリリアンなりに、ジェレミーに対して誠実に振る舞おうと思って『好きになる保証はないが、好きになる努力はする』と約束したのだろうが……。


(あのリリアンだぞ? 恋愛の『れ』の字も知らないようなリリアン・ハイネだぞ? そう簡単に行くだろうか……)


 リリアン・ハイネという令嬢は夫にしたい男NO,1のヨハネスにでさえ恋心を抱かなかったのだ。

 その彼女が今まで弟としてしか見ていなかった男を意識し出したところで、そう簡単に恋愛感情など芽生えるだろうか。甚だ疑問である。

 すると、またしてもそんな兄の考えを悟ったのか、ジェレミーは勝ち誇ったようにフッと笑みをこぼした。


「兄上の言いたいことは十分にわかります。けれど、残念ながらもうすでにリリアンは俺をかなり意識しています」

「それは妄想ではなく?」

「失礼なことを言わないでください。事実です。先ほども俺がちょっと迫っただけで顔を真っ赤にしていましたし、十分に見込みはあるかと」

「それ、単に男に慣れていないからそういう初心な反応になるだけじゃないのか?」

「………どうしてそうマイナスなことばかり言うんですか」


 ジェレミーは半眼で兄を見下ろした。

 

「いや、だって……。お前どうするつもりだよ」

「何がですか?」

「リリアンがお前のことを好きにならなかったら……」

「その時はその時です」

「……その時はその時って。手放すつもはないんだろ?」

「もちろんです」

「でもそれって……」


 辛くなるのではないだろうか。そう言おうとして、ヨハネスは口をつぐんだ。

 ジェレミーがふと見せた表情がそのことを十分にわかってるものだったからだ。

 手放すつもりはないけれど『やっぱり好きになれなかった』と言われてしまった場合、彼はこれから先、絶望しかない人生を歩むことになる。

 また数秒だけ、気まずい空気が二人の間を流れた。


「……」

「……」

「……用事はそれだけですか? ならばもう、お引き取り願いたいのですが。執務もありますし」

「あ、いや。用事はもう一つある」


ヨハネスは弟から視線を逸らせたまま、隣のダニエルの腕を肘で小突いた。

 ダニエルは持っていたファイルを無言でジェレミーに手渡す。


「何ですか? これ」

「新しく採用した騎士の名簿だ。私の宮に配属される予定だったが、お前に譲ろうと思う」

「必要ありませんよ。俺がいるのに」

「お前が強いことは知っているが、それでもこの宮の警備はもう少し厚くするべきだ。お前は皇子なんだから」

「皇子、ねぇ……」

「それにこれからはリリアンが頻繁に宮に通うことになるだろう? 備えておくことに越したことはないと思うが?」

「そうかもしれませんが、リリアンも別に……」

「安心しろ。身辺調査は済ませてある。どの男も信頼できる人の推薦だ」


ジェレミーの住む第二皇子宮は、彼自身が拒否しているせいもあり、必要最低限の人員しかいない。

 それは使用人のふりをして彼の命を狙う不届き者が多かったためだ。そのせいで一時期はヨハネスと共に第一皇子宮で過ごしていたこともあった。

 

 今でこそ、強くなり過ぎたジェレミーを恐れ、暗殺者の魔の手は落ち着いたが、彼の側に彼の弱点となる人物が置かれるとなると、奴らはまた隙をついて何か仕掛けてくるかもしれない。


「標的がお前なら良いが、リリアンとなるとどうだ?」

「リリアンに敵う人間もなかなかいないとは思いますが、まあ、確かにそうですね。リリアンに手を出されたら、俺は帝国そのものを壊してしまいそうです」

「だから、な? 帝国のためにも腕の立つ者を数名近くに置いておいてくれ」

「わかりました。兄上の言う通りにします」

「ん。よろしい」


ヨハネスは満足げに微笑むと、ジェレミーの頭をわしゃわしゃっと撫でまわし、『婚約おめでとう』と言い残して執務室を去って行った。

 この間、必要最低限の呼吸しかしていなかったキースは、カチャッと扉が閉まる音を確認すると、『プハッ!』と息継ぎをするように息を吐き出した。


「死ぬかと思った!」

「そのまま死ねばよかったのに」

「ひどっ!? 酷すぎる!!」

「どうやったら隠し扉なんて見つけられるんだよ」

「それは、その、偶然……。ほんっと、すみませんでしたぁ!」

「安い土下座だな」

「なんてこと言うんですか! ほんと酷い!」


ジェレミーはキースのキレのある土下座を冷めた目で見下ろしつつ、先程のファイルを彼に渡した。


「このリストの騎士の身辺調査。今週中だ」

「ヨハネス殿下が信用できないと?」

「兄上の信頼できる人が全員、()()信頼できる人とは限らないからな」


 自嘲するように、ハッと笑うジェレミー。

 自分が慕う兄の采配すら信じられないとは、哀れなものだと彼自身も思っているのだろう。

その生い立ちを思うと仕方がないのかもしれないが、彼の生き方はあまりにも寂しい。

 キースは大きなため息をこぼすと、手渡されたファイルに目を通した。そして思う。


(ああ、調べろとはこういう事か)


 この主人様は本当に嫌われ者だ。

 キースは痛む頭を片手で押さえて、パタンとファイルを閉じた。

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