13:気づいてくれる人(2)
昔から、父や兄だけでなく、彼らに近しい人たちもジェレミーに対する噂から守ってくれていた。
彼らはジェレミーが不義の子であるという噂を流す者たちを罰し、ジェレミーには『お前は正当の血筋だ』と言い聞かせた。
それが彼らの優しさであり、慰めであることをジェレミーはきちんと理解していた。
だが、理解していても、そう言われるたびに胸が苦しくなった。
ジェレミーは怖かったのだ。彼らは自分が父の子であることを信じている。第二皇子が正当な血筋であることを信じて疑わない。
けれど、それを証明する術などない。
もし本当に血のつながりがなかった場合、彼らの態度はどう変わるのだろう。彼らはどんな目で自分を見てくるのだろう。あの温厚な父が、自分を溺愛してくれる兄が、豹変してしまったらどうしよう。
想像しただけでも死にたくなる。
いっそのこと、虐げてくれればよかったのにとさえ思ったこともあった。
父の最愛の人であり、兄の大事な母である皇后クレアを悩ませ、彼女の精神を壊したのは間違いなく、ジェレミー・フォン・ベイルという人間だ。
自分が存在しているから、全てがうまくいかない。
お前のせいだと、お前は自分の子ではない。自分の弟ではないと、突き放して欲してくれてもよかったのに。そうすれば、素直に自死を選ぶこともできていただろう。
優しくしてくれるから、彼らを思うと死ねない。
ジェレミーはずっと、愛されているのに息苦しかった。
そんな彼が久しぶりに息をすることができたのが6年前。あの国境沿いの魔獣討伐に参加した時のことだった。
彼はそれまでは兄と一緒の時にしか会ったことがなかった兄の婚約者候補と、初めて二人で話した。
自分よりも年上なのに、いつまでも少女のように笑う彼女の名前は、リリアン・ハイネ。
実を言うと、ジェレミーは昔、この年上っぽくない幼馴染のことが苦手だった。
明らかに愛されて育ったリリアンの心は透き通るくらいに美しく、汚れを知らない。純真無垢という言葉を体現しているかのような少女。悩みなんてないような彼女の姿がジェレミーには眩しかったのだ。
そんな彼女が野営のテントの中で言った。ジェレミーの黄金の瞳をじっと見つめて、
『ねえ、何でそんなに死にそうな顔してるの?』、と。
デリカシーをどこに置いてきたのか、それとも、そもそも持ち合わせていないのか。あまりにもサラッと聞いてくるので、ジェレミーはあっけに取られてしまった。
驚きのあまり、ジェレミーはポロッと本音をこぼした。
『皇帝の子どもではないのに皇子として生きる辛さがお前にわかるのか?』
きつい口調だった。思わず口から出た棘のある言葉。
それはまさしく、ただの八つ当たりだった。
やってしまった、ジェレミーがそう思った時には遅かった。
兄の婚約者となる予定の人を傷つけてしまった。
そのことで兄や父に嫌われたらどうしよう。そんな思いが彼の頭をよぎる。
しかし、リリアンはキョトンとした顔で絶望に震えるジェレミーを見つめた。
『えーっと、私、あなたじゃないからわからないけど……?』
あまりに興味なさそうな答え。怪訝な顔をして『何言ってんの? わかるわけないじゃん?』とでも言いたげな目をしている彼女に、ジェレミーは開いた口が塞がらなかった。
こういう場合は普通、気まずそうにごめんなさいと謝るか、気まずさのあまりに何も言わずに立ち去るかだ。それがまさか、こんな風に返されるなんて思ってもいなかったジェレミーは耐えきれず吹き出してしまった。
こんな人、見たことがない。
『ちょっと。どうして笑うのよ』
『君がおかしいから』
『おかしくないわよ。あのねぇ、皇子様。陛下がダメだって仰ったのに、無理矢理ついてきたのは貴方でしょう?無理矢理ついてきたくせに、そんな悲壮感漂う顔されたらこちらの士気も下がるのよ。辛気臭い顔しないで笑っていなさい』
『ふははっ! 何? それが言いたかったの?』
『別に笑うことじゃないでしょう? 何なのよ。さっきから』
『いや、僕が血筋の話をしたら大抵の人は気まずそうにするのに、君は一切そんな素振りがないからおかしくて』
そう言ってケラケラと笑うジェレミー。リリアンはそんな彼に頬を膨らませ、『何? 皇子様扱いされたいの? ならこんな所に来るんじゃないわよ!』と叱責した。
こんな風に叱ってもらうのも、この金色の瞳をまっすぐに見つめて話してもらうのも、ジェレミーは初めてだった。心から嬉しかった。
リリアンとジェレミーが急激に仲良くなったのはそれからだった。
リリアンは決してジェレミーの血筋の正当性を語らない。
まるで『血筋がどうした』とでも言うかのように、ただ、ジェレミーという一人の人間と向き合ってくれる。
それもごく自然に、当たり前のように。
そこには、憐れみも同情もない。
けれど、かといって冷たいと言うわけではなく、彼が悩んでいると真っ先に気づいてくれて、そして何も言わずとも欲しい言葉をくれる。
それが意識的にそうしているのか、無意識的なものなのかはわからないが、彼女の優しさはジェレミーにとってとても心地よかった。
***
「リリアン。聞いてほしい話がある」
静かな個室で、リリアンの手を握りしめたジェレミーは真剣な眼差して自分の前に跪く彼女を見下ろした。触れ合う手にじんわりと汗が滲んできているのがわかる。
リリアンは柔らかい笑顔で『なあに?』と返した。これから何を言われるのか、彼女はおそらくわかっていないのだろう。だからそんな顔をして笑えるのだ。
ジェレミーは椅子から立ち上がると、リリアンの手を引いてソファへと誘導した。
そしてそこに彼女を座らせると、外に待機していたキースに何かを命じる。
しばらくするとキースが戻ってきて、ジェレミーに大きな薔薇の花束を渡した。
彼はそれを手に再びリリアンの元に戻ると、彼女の前に跪いた。
「リリアン。君が好きだ。俺と結婚して欲しい」
定番の薔薇の花束とシンプルな言葉による求婚。
けれど、この言葉には、これまでのジェレミーの苦悩と葛藤、そして彼女への激しい想いが込められていた。




