12:気づいてくれる人(1)
夜、公爵邸に来た迎えの馬車に乗り、リリアンは最近話題のレストランへと向かった。
そこは南の島国の宮廷料理を出している珍しいお店で、貴族の子息子女も通うような高級店だ。そしてそれ故に、個室が多く設けられている。
リリアンはジェレミーにエスコートされ、VIP専用の裏通路からレストラン最上階の個室に案内された。
「わぁ!!」
部屋に入ってきてまず初めにその目に飛び込んできたのは帝都の夜景だった。奥の方には賑やかな港町の灯りも見える。
リリアンはテラスの方へと走ると、身を乗り出して街を見下ろした。
やはりこの国は活気にあふれている。
「綺麗ね、ジェレミー!」
ふわりと振り返ったリリアンは、花が綻ぶような無邪気な笑顔でジェレミーに語りかけた。
ジェレミーはその笑顔にキュンと胸が疼く。
(あー、かわいい。だめだ。かわいい。むり、かわいい)
かわいいしか出てこない。
なんとか平常心を保とうと、ジェレミーは大きく深呼吸する。
「夜景、気に入った?」
「ええ! とっても!」
「じゃあ、少し肌寒いけど、テラスに食事を運んでもらうか?」
「そうね、それがいいかも!」
リリアンは楽しそうにコロコロと笑う。
ジェレミーがウェイターに目配せすると、ウェイターは何も言わずに頭を下げて部屋を出た。視線だけで伝わるあたり、さすがは一流だ。
「さ、どうぞ。お嬢様」
ジェレミーはリリアンの肩にストールをかけると、椅子をひいて座るように促した。
まるで自分のレディを扱うかのような紳士的な振る舞いに、リリアンは少し気恥ずかしくなり、うっすらと頬を染めた。
それからは、他愛もない話をしながら運ばれてくる食事を楽しんだ。
キースがこの間、騎士団長のワインを割ってしまい、城の木に逆さ吊りにされた話。
ヨハネスのサボり癖のせいか、ダニエルの白髪が一年前よりも増えた話。
皇帝がベッドの足に小指をぶつけて悶絶している場面を目撃した話。
くだらないけれど愉快な城の日常話をして、二人は穏やかで温かい時間を過ごした。
ジェレミーはずっとこの瞬間が続けば良いのにと思った。
……だが、そういうわけにもいかない。
最後のデザートが運ばれてきて、それを美味しそうに頬張るリリアンを眺めながら、ジェレミーは視線を手元に落とした。
そして、ワイングラスに映り込む自分の瞳を見て、ジェレミーは唇を噛んだ。
(忌々しい)
皇帝のものとも皇后のものとも違う、黄金の瞳。父の要素がない顔立ち。
どれだけ父や兄、そして愛おしいリリアンが認めてくれても、自分が正当な血筋であるという自信はない。
自分の存在が母の心を壊し、父の品格を傷つけ、兄の邪魔をしていることをジェレミーはきちんと理解している。
(……本当にこの思いは伝えても良いのだろうか)
自分が正当な血筋である自信がないのに、本当に兄から奪ってしまっても良いのだろうか。リリアンは皇后になるべき人格者だ。この天使のような清く美しい女性を自分のような汚らわしい人間が手に入れても良いのだろうか。
ジェレミーの頭の中には負の感情が渦巻く。
「ジェレミー?」
名を呼ばれたジェレミーは、ハッとして顔を上げた。額には薄らと汗が滲んでいる。
リリアンはジェレミーの青い顔色を見て席を立ち、彼の側まで行くと椅子の横に跪いた。
「どうしたの?ジェレミー」
「……ごめん、少しボーっとしてた。大丈夫だ」
「大丈夫って顔をしていないわ」
グッと覗き込むように顔を近づけるリリアン。
ジェレミーは近すぎる距離に少しだけ体を後ろに逸らせた。
リリアンはそんな彼を少し寂しそうに見つめた。
「私はジェレミーの蜂蜜色の瞳が好きよ?」
「……え?」
「貴方の夜を思わせる髪も、宝石みたいな蜂蜜色の瞳も、可愛らしい顔立ちも、私は好き」
「……ど、どうしたの?」
「それだけじゃないわ。貴方の家族思いなところも、かわいいと言われると怒るところも、本当に楽しい時はクシャって笑うところも、全部好き」
優しい声色で子どもをあやすように、リリアンはジェレミーの好きなところを語る。
指を折りながら話す彼女の目はとても澄んでいた。
(……何も言ってないのに)
いつもそうだ。何も言っていないのに気づいてくれる。
悪い方向に思考を巡らせていると、至極当たり前のようにそれに気がつき、何を思っていたのかを的確に察する。
(気づいて欲しいことには気付かないくせに……)
ジェレミーはリリアンの手をぎゅっと握った。




