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【完結】狂愛の騎士は兄の婚約者を所望する  作者: 七瀬菜々


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12/72

11:約束の期限

  あの食べ歩きデート以来、ジェレミーは毎日のように公爵邸を訪れるようになった。


 新しくできたカフェに行こう。

 異国の劇団がきているらしいから見に行こう。

 街の酒場に行こう。

 

 毎日訪れてはリリアンを屋敷から連れ出すジェレミー。彼女はそれを、『婚約を解消した自分が暇をしていると気を使ってくれているのだ』と捉えていた。


「おかしい」


ロイヤルガーデンの薔薇を摘みながら、ジェレミーは眉間に皺を寄せた。

 

 何度も好きだと伝えた。

 特別な女性にしか贈らないような贈り物もした。

 彼女はそれを恥ずかしそうにしながらも、笑顔で受けとった。

 そして、昨日は腕を組んで歩いた。

 

 それなのに、あの鈍感娘はジェレミーの想いに気付く気配がない。


「何がいけないんだと思う?」

「僕に聞かれても困ります」


 15で騎士団に入隊し、そこからなんやかんやあり、気づいたら第二皇子の騎士……、ではなく補佐官になっていた仕事一筋の男に女の落とし方など聞くものではない。

 キースは自分でそう答えつつ、そんな返答しか言えない自分が悲しくなった。

 

「あの、殿下。今日が最後ですけど……」

「わかっている」

「今日中にどうにかしないと。せっかく無理を言って礼拝の日をずらしてもらったのに無駄になりますよ」

「わかっているって。しかし、今日で最後だからこそだからこそ慎重にいくべきだろう」


 正直、普通の女ならもうすでに落ちているはずだ。だが、リリアンにその気配はない。

 もう少し時間をかければ彼女の気持ちがこちらに傾いてくれそうな気もするが、期限は待ってくれない。

 ジェレミーは手折った薔薇をキースに託すと、公爵邸に行く準備をしろと命じた。

 するとキースは少し悩んだ後、遠慮がちに口を挟んだ。


「殿下。今日は夜に公爵家を訪れてみてはどうでしょう」

「夜?」

「今まで昼間に会っていたじゃないですか。その時のお二人は確かに仲が良かったですが、どこか今までの幼なじみの雰囲気のままだったというか、色気がないというか……」


 楽しい時間を過ごしているが、リリアンの行きたいところに合わせているせいか、大人のデートというには些か子供っぽい時間の過ごし方だった。

 リリアンも今年で20歳。もういい歳だ。

 最後の日くらい、夜に大人なデートをしてみるのも良いのではないかとキースは言う。

 

「夜に会えば、また違った雰囲気のデートができるのではないかと」

「なるほどな」

「よければ、最近話題のレストランのディナーを手配しましょうか?」

「ああ、頼む」

「かしこまりました」

 

 キースはペコリと頭を下げると、すぐにディナーの手配をしに走った。

 ジェレミーは一人温室に残り、青い薔薇を1本手折った。


「リリアン……」


 この色はリリアンを彷彿とさせる色。ジェレミーはこの薔薇を見るたびに彼女のとこを思い浮かべていた。

 

 今日が最後。今夜、きちんと自分の気持ちを伝えて、リリアンとの関係を一旦リセットせねばならない。

 彼女の答えがイエスだろうとノーだろうと、二人の関係は確実に変わる。


「ま、受け入れてもらえるなんて思ってないけど」


 たった1日、ディナーをともにしただけで、リリアンの自分に対する認識が変わるなんて本気で思っているわけではない。

 それでも気持ちを伝えないという選択肢はもうない。


「せっかくもらえたチャンスなんだ。頑張ろう」


 今までは気持ちを伝えるチャンスすらも与えられなかった。

 なぜなら、ジェレミーの彼女に対する感情は、持つこと自体が許されないものだから。

 いつからか、その感情を持ってしまったと自覚してからは、自分の思いが外に漏れ出ないよう必死になって隠してきた。

 

 率直に言えば、それは苦しくて辛い日々だった。


 兄の隣で笑うリリアンを見て、その隣で笑うことも、手を引いて連れ去ることもできない。

 公式の場で、兄にエスコートされるリリアンの後ろ姿をただ眺めることしかできない。

 

 なんの苦行がと思ったこともあった。全てを投げ打って、奪ってしまおうかと思ったこともある。

 それでも、彼女の近くに居続けることができるのであれば、ずっと我慢できると思っていた。


 でもあの日。自分が他の女と結婚するという未来が現実のものになるかもしれないと知ったあの日。

 ジェレミーは直感的に『無理だ』と思った。


 こんなにリリアンを想っているのに、他の女に気持ちを割く余裕など、彼にはないのだ。

 きっと、どんなに美しい姫君がジェレミーの前に現れたとしても、『チャンスすら与えられなかった』という思いが邪魔をして、彼はリリアンを忘れることができない。

 

 皇族として、結婚せねばならないことはわかっている。けれどこのままではダメだ。 

 不本意な結婚を受け入れるためにも、一度ちゃんと、気持ちを清算する必要がある。


「……好きだよ。リリー」


 ジェレミーは青い薔薇の花びらにそっと口付けると、温室を後にした。

 


 ***


「おかしい」


 リリアンは侍女のケイトが入れる紅茶の香りを嗅ぐと、険しい顔でカップに口をつけた。

 ケイトは味がおかしかったのかと心配するが、彼女は首を横に振る。


「違うのよ、ケイト。お茶はいつも通り美味しいわ」

「では、一体何がおかしいのでしょうか」

「ジェレミーよ」

「ジェレミー殿下ですか?」

「ええ。あなたも知っているでしょう? 婚約が解消されて、公爵邸に戻ってきてから毎日のように顔を出してくれるの」

「そうですね」

「多分、私が婚約の解消を聞いて落ち込んでると思っているのよ。詳しくは言えないけれど、この婚約の解消はあの子にも原因があるから」

「……そうですか」

「責任感じているのかなぁ。気にしなくていいのに……」


 最近のジェレミーはいつもよりずっと優しくて、いつもより良く笑うけど、時折寂しそうな顔をする。

 それが何故なのか、リリアンは考えてもわからなかった。

 

「どうしたんだろ……?」


 何か悩みがあるのなら相談して欲しい。

 そう言ってため息をこぼすリリアンに、ケイトは生暖かい視線を送った。


「お嬢様は時々ポンコツでいらっしゃいますよね」

「え、何よ急に。ひどい」


 唐突の暴言にリリアンは頬を膨らませた。

 ケイトは彼女に近づくとその風船のように膨らんだ頬を押して、グッと顔を近づけた。


「ひどいのはお嬢様かと」

「な、何よ。何がひどいのよ」

「お嬢様が鈍いせいで、使用人たちがジェレミー殿下の屋敷への出入りをあからさまに嫌がっております」

「どうして?」

「皆、殿下がお嬢様につきまとっていると思っているのでしょう。このままでは6年前のようになりそうです」

「……し、執事長はなんと?」

「使用人の再教育に力を入れるとのことです」


 ジッと非難するような目で見てくるケイトに、リリアンは気まずそうに目を逸らせた。


 実は6年前。リリアンがヨハネスと婚約した頃、ヨハネスはよく公爵家を訪れていた。

 その時にジェレミーも兄と共に公爵家を訪れていたのだが、当時は今よりも『下の皇子は皇后の不義の子』という噂が広まっていたため、噂を聞いた一部の使用人たちが暴走して陰でジェレミーに嫌がらせをしていたのだ。

 それを知ったハイネ公爵は激怒し、その使用人たちを即時解雇した。これは不敬罪で首を切られてしまうかもしれない使用人たちへの配慮でもあったのだが、公爵から謝罪を受けたジェレミーは、使用人たちを解雇してくれたため、この事は大ごとにならずに済んだ。

 しかし、一歩間違えは公爵家と皇家の関係性を崩しかねない大問題に発展するところだったわけで、ケイトはもうそんな風にヒヤヒヤしたくないとため息をこぼした。

 

「お嬢様がはっきりとジェレミー殿下との関係性を明言しないから、使用人が暴走しそうになっているのです」

「関係性って……、ただの幼なじみよ。弟みたいなものだわ」

「それ、本気でおっしゃってます?」

「……どういう意味よ」

「私もつい4、5日ほど前まで気がつきませんでしたが、ジェレミー殿下は明らかにお嬢様を好いていらっしゃいます」

「そりゃあそうでしょう! 私たちは仲良しですもの。私だってジェレミーが大好きよ?」

「いや、そういうことではなくて……」


 『好き』に込められた意味が違う。

 ジェレミーの好きは明らかに『恋愛』の意味での好きだ。リリアンのような『親愛』の情ではない。 


(使用人たちすらも気付いているのに。なぜうちのお嬢様は気づかないのか……)


 ケイトは自分のお嬢様が思っていたよりも鈍いことに額を抑えた。頭痛がする。


(使用人たちは、ジェレミー殿下がずっとお嬢様に恋情を抱いていたにも関わらず、それを隠してお嬢様のそばにいたことに嫌悪感を抱いているわ)


 兄の婚約者に横恋慕していたという事実と、それを隠してずっとそばにいたという事実。

 それは好意的に捉えてれば一途な片思いにも見えるが、否定的に捉えればリリアンやヨハネスに対する裏切りとも言える。

 そして使用人の解釈はまさしく後者だった。


「まあいいです。ジェレミー殿下も今日で決着をつけるおつもりでしょうから、いやでも自覚なさるでしょう」


 ケイトは呆れたようにそう言うと皇城の伝令が持ってきた手紙をリリアン渡した。

 その手紙の内容は、今夜一緒にディナーでもどうだというものだった。


「あら、珍しい。ディナーですって」


 最近、平民に扮して街を散策してばかりだったリリアンは小首を傾げる。


「なかなか予約の取れないレストランです。そこの個室なんて、きっと皇家の権力を使ったのでしょうね」

「それこそ珍しいわね。ジェレミーは皇家の立場を利用するのを嫌がるのに」

「それだけ本気ってことです」

「何が本気なの?」

「……とりあえず、今夜に向けて準備しましょう。最近町娘スタイルが板についてきてしまって、本来のお嬢様の輝きが失われつつありますので、このケイト、腕によりをかけて磨かせていただきます」

「だから本気って何?」


 ケイトはキョトンとするリリアンに一瞥をくれると、パンパンと手を叩き、メイドたちを呼んだ。


 それからみっちり2時間。

 リリアンはツルツルスベスベに磨かれたらしい。


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